21旅路再縁(たびじさいえん)
森の朝は、ひんやりとして気持ちがいい。
小鳥のさえずりが、ゆっくりと意識を浮かび上がらせてくれる。
目を開けると、アヤメちゃんがひとりで朝食の準備をしていた。
細い影がぱたぱたと動き、湯気がやさしく立ちのぼっている。
ぼくらは今、グレイムの街へ向けて森を旅している。
アレクス曰く、「リオの所在の情報を集めるため」。
そしてもうひとつ――「ジルドに改めて礼を言うため」だという。
アヤメちゃんは、ぼくが起きたことに気づき、
「おはようございます。エリオット様」と小さく頭を下げた。
「ああ、おはよう。アヤメちゃん。
……で、アレクスたちは?」
「アレクス様とオルフィナ様は、
山菜を取りに行くと、朝早く出かけていきました。
まだお戻りではありません」
「なにそれ? あやしい。もしかして、逢引き??」
冗談交じりで言うと、アヤメちゃんは静かに首を横に振った。
「いえ、そうではないのです」
そして、少し寂しそうに言った。
「私に内緒で、お二人だけで、特訓をされているのです。
私も参加したいのですが……おそらく、かなわないでしょう」
あの二人、そんなに頑張ってるんだな。
見栄っ張りで“かっこつけ”なところがあるから、
努力している姿を見られたくないのだろう。
「なるほどね。あいつら、ホントそういうところあるわ」
「はい。ですので、ずっと気づかないふりをしています」
その表情があまりにも心細げだったので、ぼくは思わず口をついて出た。
「よかったら、あの二人が特訓してる間……
ぼくらも特訓しようか? ぼく、付き合うよ?」
その瞬間、アヤメちゃんの顔がぱっと明るくなった。
「よろしいのでしょうか?」
「もちろんだよ」
こうしてぼくらは、
アレクスたちに内緒で“秘密の特訓”を始めることになった。
正直、ぼくは浮かれていた。
こんな可愛い子と二人きりで、秘密の特訓……
青春イベントの香りしかしない。
(……いきますよー。えい、ぽかっ!)
(おっと、やったな。おかえしだ!)
(きゃあ、もぅ、エリオットさんったら。)
……
…………
萌える。
これ、ご褒美では??
普通に天から降ってきた幸運なのでは??
――だが。
実際に特訓が始まってみると。
――地獄。
まずは基礎訓練。
……これはまだいい。密度が人外なだけで。
本当の地獄は、そのあとに待っていた。
模擬戦。
ぼくは防戦一方になる、と言えば、聞こえがいいが、
これは、
完全に 狩る側と狩られる側 だった。
スイッチが入ったアヤメちゃんは、別人のように鋭い。
ぼくは必死で逃げ回り、
アヤメちゃんは嬉々として追い詰めてくる。
防御魔法を張っているから致命傷にはならない。
でも痛い。とても痛い。
矢がかすっただけで涙が出そうになる。
何度も狩られ、何度も地面に転がされ、
ぼくは毎回、「一思いに殺してくれ……」と心から願った。
「私に合わせて手加減して下さってますよね?申し訳ないです」
可愛い顔でニッコリ笑うアヤメちゃん。目が笑ってない。
軽率な提案をした自分を心の底から殴りたい。
そんな日々が続いたある朝――
「エリオット。最近、やせた?」
アレクスが呑気に言ってきた。
……半分はお前らのせいだからな!!
ぼくは、胸の内でこの世界に届かない叫びを上げるのだった。
◇
俺たちは、グレイムの街に到着した。
季節は、すでに冬の気配をまとい始めている。
吐く息は白く、街道沿いの木々は黄金を落としきり、
かつてこの街でジルドと騒ぎを起こしたあの日が、
まるで遠い昔のことのように思えた。
……そして俺は今回も例によって、
巨大な大イノシシを引きずりながら街へ入っていく。
俺たちは、
イノシシ売ったのち(肉屋の親父とはすっかり顔なじみだ)、
ギルドへ向かった。
扉を開けると、以前よりも賑やかな声が響く。
「アレクス様だ!」
「お仲間が増えてらっしゃるぞ! 今回はSランクが三人!」
「オルフィナ様、今日もお美しい……!」
「アヤメちゃーん! がんばってるかい!」
冒険者たちの視線がいっせいに向く。
俺たちはすっかりこの街で“名前の通る冒険者”になっていたらしい。
受付嬢に声をかける。
「賢者ジルドの所在を知りたい。まだこの街に?」
受付嬢は、ぱっと笑顔を向けた。
「はい、ジルド様は滞在中です。
今日は外に出ておられますが、夕方にはお戻りになるかと」
「助かる。ありがとう」
それならば、と俺たちはしばらく街をぶらぶらして時間をつぶした。
露店の温かい串焼きの匂い、冬支度をする住人たちのざわめき、
旅の疲れが少しずつ解けていくようだった。
◇
夕方、ふたたびギルドを訪れると――
すでに、ジルドは待っていてくれた。
落ち着いた佇まいに、静かな笑み。
そして、以前よりもどこか大らかな気配をまとっていた。
「これは、アレクス殿。
エリオット殿と無事合流できたようですな」
エリオットが胸の奥から漏れるような声で答える。
「ジルド。久しぶり。……世話をかけたようだね」
「いやいや。人の縁とは不思議なものですな。
立ち話もなんでしょう。よろしければ――夕食でもご一緒に?」
こうして俺たちは、久しぶりの再会に、そっと笑みを交わした。




