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02臍を噛む(ほぞをかむ)

大イノシシを倒したあと、

俺は戦士を背負い、娘と共に村へ向かった。


戦士の娘は、俺たちの武具や道具をすべて抱え、

必死についてきていた。


よっぽど重いはずなのに、

弱音ひとつ吐かず、ただ黙って歩いていた。

倒れた父を助けたい、その一心なのだろう。


森の奥にある道を抜けると、小さな村が姿を見せた。

木造の家々が立ち並び、煙突からは細い煙が上がっている。

俺たちが入ると、村人たちがざわつきはじめた。


「バンジさん!?」「アヤメちゃん!」

「怪我か!? 誰か診療所へ!」


駆け寄ってきた人々に導かれ、

俺たちは瀕死の戦士を診療所へ運んだ。


中に入ると、白い法衣の僧侶が慌てて駆け寄ってきた。


「バンジ! こりゃ大変だ……!」


僧侶はすぐに回復呪文を唱えた。

淡い光がバンジの身体を包み、苦痛にゆがんでいた顔がわずかに緩む。


どうやら、この親子は村の人々と顔見知りらしい。

声をかける村人たちの表情には、心配と、そして親しみがあった。


しばらくして、僧侶が息を吐いた。


「命に別状はない。よく運んできてくれたね」


ほっとした瞬間、俺の膝が少し震えた。

疲れが一気に押し寄せてきた。


その後、バンジは簡易ベッドに移され、

しばし休息をとることとなった。


俺が部屋の隅で様子を見ていると、

バンジがゆっくりと目を開けた。


「……戦士殿。この度は命を救って頂き、ありがとうございます」


ベッドの横で、アヤメも深々と頭を下げる。


「私はバンジ。御覧の通り、戦士です。

 こちらは娘のアヤメ。

 私たち親子は旅の冒険者でして、

 ここしばらくは、この村を拠点に活動しておりました」


アヤメが軽く会釈する。

きりっとした目をしているが、その奥には疲労が見えた。


バンジは続けた。


「今日もクエストをこなすつもりで森に入ったのですが……

 思いもよらず、大イノシシに遭遇してしまいました。

 Dランクの私では、力の及ばぬ相手でした……」


そう言って、悔しそうに唇を噛んだ。


その言葉を聞いて、俺は自然と“冒険者ランク”のことを思い返した。

この世界で、冒険者の力量は明確に区分されている。


Fランク 見習い

Eランク 初級

Dランク 一般冒険者

Cランク 熟練

Bランク 上位

Aランク 英雄候補

Sランク 英雄級

SSランク 伝説級


F・Eランクは、いわば訓練生や新人。

危険な依頼は受けられず、村の雑用や小魔獣退治が主になる。


Dランクでようやく“一人前”。

森の浅い地帯なら単独行動もでき、村の守り手として信頼される。


Cランクは熟練者。

冒険者ギルドの主力として扱われ、

護衛依頼や中級ダンジョンの攻略が任される。


Bランクになれば、一地域で名が知られるほどの実力者。

危険地帯での任務、単独での大型魔獣討伐などもこなす。


Aランクは“英雄候補”。

国家級の依頼にも呼ばれる、別格の存在だ。


そしてSランク――英雄級。

軍隊一つより頼りにされ、

災害や魔獣の大暴走が起これば、真っ先に呼ばれる。


SSは歴史に名が残る伝説級。

数百年に一度現れるかどうかの化け物だ。


バンジはDランク――一般冒険者。

大イノシシの危険度からすれば、むしろよく生き残れた方だ。



その夜、俺は村に泊まることにした。


村の宿は、木造であたたかみのある造りだった。

蝋燭の明かりが揺れ、窓の外では虫の声がしている。


俺はひとり、ベッドの縁に腰かけ、深い溜め息をついた。


――やっぱり、思い出す。

リオのことを。


俺とリオは、『アレクス勇技総合大学』で知り合った。

伝説の英雄アレクスが創設した、

冒険者育成のための名門校だ。


ちなみに俺の名前、「アレクス」は――

両親が「英雄アレクスのようになってほしい」と願ってつけたものらしい。

今となっては、なんとも皮肉だ。


大学で俺は戦士科、リオは探索(レンジャー)科。

最初の俺は、平凡も平凡。

実技も座学も、どれも“平均点”ばかりだった。


だが、統合実践でリオとパーティを組んでから、

俺の成績はみるみるうちに上昇していった。


当時の俺は、それを“自分の才能”だとうぬぼれていた。

実力が開花したんだ、と。


――でも、今はわかっている。

あの頃からすでに、リオは裏で俺を助けてくれていたのだと。


俺が知らないところで、正しい道を選び、

罠を見抜き、脅威を察知し――

俺を、成功へ導いていた。


そのことに、十八になった今まで気付きもしなかった。


今もどこかで――

リオはひとり、戦っているのだろうか。


窓の外を眺めていると、胸の奥がきゅっと痛んだ。


俺は布団に横になりながら、

静かに目を閉じた。


その夜、なかなか眠れなかった。



翌日。

宿を出て、診療所へ向かった。


扉を開けると、バンジの枕元にアヤメが座っていた。

夜通し看病していたのか、少し眠たげな顔をしている。


昨日は泥だらけで髪も乱れていたアヤメだが、

今日は髪を整え、普段着に着替えていた。

改めて見ると、年頃らしい落ち着いた雰囲気の娘だった。


俺の姿を見ると、バンジがゆっくりと身体を起こした。


「アレクス殿……お見舞いに来てくださるとは、痛み入ります」


アヤメも軽く頭をさげた。


しばらく、取り留めのない雑談を交わしたあと――

バンジの表情が、ふと真剣な色を帯びた。


「……アレクス殿」


声は弱々しいが、その目には強い意志が宿っていた。


「ご覧の通り、私はしばらく動けません。

 前回の怪我よりも深く、

 回復には少なくとも半年はかかるだろうと……

 そこで、重ねてで恐縮ですが……お願いがございます」


背筋が自然と伸びる。


バンジは、俺の胸元――首から下げている、銀色のプレートを見つめた。


「アレクス殿、その首のプレート……Sランクの冒険者とお見受けします。

 名高い冒険者であられることでしょう。

 Sランク冒険者殿を見込んでのお願いです」


アヤメが、そっと父の袖を握った。


「アヤメに、

 アレクス殿のパーティのお手伝いをさせていただけないでしょうか」


バンジは深く息を吸って、言葉を続けた。


「アヤメは今年十五歳。

 来年には成人し、正式に冒険者登録ができますが……

 今はまだ“登録前”ゆえ、依頼を受けるにも制限があります。

 しかし、幼いころからレンジャーとして育ててきました。

 きっと、お役に立てると思います」


アヤメは小さく頷いた。

その眼差しは、真っ直ぐで強い。


「私がこのような状況では、アヤメを見てやることもできません。

 どうか……お願いできないでしょうか」


そう言ってバンジは、ゆっくりと頭を下げる。

アヤメも、ぺこりと頭をさげた。


困った。


俺は――嘘をついている。

リオを追い出してからのことなど、とてもこの親子に言えなかった。

情けなさすぎるからだ。


だから俺は、

「この辺りを拠点に、ソロで活動している」

と、咄嗟に口にした。


そして、たしかに、俺はSランク冒険者だ。


だが――。


冒険者のランクは、戦闘力だけを反映しない。

人格や品格、協調性や功績なども評価対象となる。


Sランクともなれば、

「品格ある模範的冒険者」「誰からも信頼される英雄」

といったイメージを持たれる。


バンジが娘を任せられると思ったのも、きっとそのためだ。


……だが。


俺は知っている。

Sランクになれたのは、リオのおかげだ。


実際の俺の実力はせいぜいCランク。

バンジと同じDの可能性すらある。


アヤメを守れる保証なんて、どこにもない。


荷が重い。


なんとか断らねば――そう思って、口を開いた。


「……俺は今、ソロで活動している。

 いくらSランクと言えども、娘さんの安全を保証できるかは……」


しかし、バンジは食い下がった。


「ふがいないことに、私が動けぬ以上……

 アヤメにも働いてもらわねば、生活が成り立ちません。

 それに、Sランク冒険者殿のもとで修行できるなど……

 冒険者として、これほどの機会はありません」


アヤメも、静かに言った。


「危険があることは、わかっています」


バンジが、さらに深く頭を下げる。

アヤメも、その隣で頭をさげた。


もう――逃げ道がない。


胸の内で、見栄っ張りの自分が顔を出した。


(……ここまで頼まれたら、断れないだろ)


「……わかった。引き受けよう」


バンジとアヤメが同時に顔を上げる。

その瞳は、驚きと、安堵と、喜びに満ちていた。


「ただし、アヤメさんの安全を第一に考える。

 危険なクエストには同行させない。それが条件だ」


「ありがとうございます……!

 ありがとうございます、アレクス殿!」


アヤメの瞳が、キラキラと輝いた。

そのまぶしさに、俺は思わず目をそらした。


――本当に、俺でいいのだろうか。


胸の奥に、不安が静かに沈んでいった。

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