18弓巫凱旋(きゅうふがいせん)
俺たちはついに――バンジの待つ村へと帰ってきた。
アヤメと二人で旅立ってから、ひとつ季節が巡り、
森の葉はすっかり秋色に染まっていた。
村の入口に足を踏み入れた瞬間――
「アヤメちゃんだ!」「帰ってきたぞー!」
人々が一斉に駆け寄ってくる。
アヤメはぱっと笑顔を向けて、元気よく手を振った。
「皆さん、ただいま帰りましたー!」
だが、アヤメの後ろに並ぶのは――
美しく誇り高き魔法使い(※見た目は女神)
重厚な威厳をまとった僧侶(※見た目だけだが)
巨大イノシシをずるずる引きずる戦士(※俺)
村人の視線が、一瞬で点となり、次にギョッと見開かれる。
「ア、アヤメちゃんの……凱旋だぁぁ!」
「ひ、一回りどころか十回り成長しておる……!」
「Sランク連れてきた……本当に連れてきた……!」
アヤメは「えへへ」と照れ笑いを浮かべ、
村中が勝手に盛り上がっていく。
……すごいな、田舎の情報拡散速度。
◇
俺たちはそのまま、バンジが療養している施設へ向かった。
扉を開けると、ベッドに起き上がったバンジがこちらを見た。
「アヤメ……よく帰ってきたな。元気だったか」
「うん! 父さん、体調どう?」
「ああ、ずいぶん良くなってきた。
アレクス殿、この度は本当に……お疲れ様でした。
アヤメは……少しはお役に立てましたでしょうか?」
少しどころじゃない。
むしろ俺の方が助けられっぱなしだ。
「ああ。とても頼もしかった。こちらこそ礼を言わせてほしい」
かしこまって言うと、バンジは逆に恐縮してしまい――
「そう言っていただけるとは……冒険者冥利に尽きます……!」
と、涙ぐんでいた。
◇
そこへ――誇り高き魔術師、オルフィナが一歩前へ。
「初めまして、アヤメの父上。
私は、この世の理を司る魔道を探求する者――
オルフィナと申す。以後、お見知りおきを」
言い回しが完全に中二である。
バンジは、美女の圧に完全に飲まれた。
「は、は、はいっ!! よろしくお願いします、オルフィナ様!」
その返事は、もはや村長に向けるそれだった。
続いてエリオットがひょいと前に出る。
「どうも、エリオットです。お父さん、怪我はどう?
ちょっと回復呪文、かけておきますね」
「お、おお……助かる……!」
気さくすぎる僧侶の登場に、
バンジはようやく呼吸を取り戻すことができた。
アヤメはそんな父の姿を見て、胸の前で手をぎゅっと握る。
その横顔には――どこか誇らしい光が宿っていた。
「積もる話もあるだろう。
あとは、親子でゆっくりされるのが良い」
そう言って一歩下がろうとした俺は、ふと「ああ、そうだ」と思い出した。
「これを渡しておく」
腰袋から、小さな布袋を取り出し、バンジに手渡す。
袋の中で、金属が澄んだ音を立てた。
「こ、これは……金貨……?」
「アヤメの戦利品だ。
しばらくの入院費と生活費に使ってくれ」
バンジは完全に固まった。
一方で――
「いけません、アレクス様! これは受け取れません!」
アヤメが慌てて手を伸ばす。
「これは、お前が“身を挺して勝ち取った”正当な戦利品だ。
お前のものだよ」
「……っ」
アヤメのまつげが震えた。
感動しているのか、混乱しているのか、たぶん両方だ。
そして俺は、調子づいて余計な一言を添えてしまった。
「それに――この程度、俺にとってははした金にすぎない」
もちろん、盛大なハッタリである。
横でオルフィナが、
“その見栄、あとでツケが回るぞ”
という顔でこちらを見ていた。
エリオットは「すげぇ……!」と本気で信じている。
アヤメはと言えば――
「……ありがとうございます。では、お言葉に甘えて頂戴いたします」
深々と頭を下げ、そっとバンジに寄り添った。
その一部始終を、村人たちが遠巻きに見ていた。
そして次の瞬間――
「い、今の見たか!?
アレクス殿が……アヤメちゃんの父親に……金貨を渡したぞ!」
「ま、まさか――
アレクス殿……アヤメちゃんへの“結納金”……!?」
「アヤメちゃん……!
Sランクの婿を連れて帰ってきたぁぁぁ!!」
噂は瞬く間に爆発し――
尾びれ、背びれ、ヒレですらない謎のパーツがつきながら、
村を光の速度で駆け巡っていった。
◇
その夜――
村では大げさすぎるほどの“俺たちの帰還祝い”が開かれた。
広場に大きな囲炉裏が組まれ、
料理が並び、
酒樽がいくつも開けられ、
村人総出の大宴会である。
気づけば俺たちは、なぜか上座に鎮座していた。
「ささ、婿殿、いっぱいどうぞ!」
村の長老が満面の笑みで酒を注いでくる。
「いや、あの……婿では……」
と言いかけたが、もう諦めた。
「ああ、うん、ありがとう、ありがとう。ぐびぐびぐび」
完全に流れに身を任せた。
「アレクス様も、ちゃんと否定してください!
ああ、もうぅぅ~~~!!」
アヤメが村人の間をちょこまか走りながら、必死に訂正して回っている。
その慌てっぷりが、まあ……かわいい。
俺を見つめて
「アレクス様ぁぁ……!」
と涙目で訴えてくる姿が、さらにかわいい。
(……いやもう、知らん……今日は飲む……)
◇
一方、オルフィナとエリオットはというと――
「オルフィナ様!こちらの焼き魚をぜひ!」
「オルフィナ様!彼氏いますか?」
「エリオット殿、あなたの呪文、見事でしたぞ!」
「さあさあ、飲んでください!!」
二人とも村人に囲まれ、超・厚遇を受けていた。
酔いのまわったオルフィナが、こちらを見ながら言う。
「お前は、ほんと“わきが甘い”んだ。
だから、いつもこういう勘違いをされるんだぞ……」
呆れ顔だが、声はどこか優しい。
一方エリオットは――
「ええ!? いつのまに!?
言ってよ!おめでとうアレクス!!」
村人と一緒になって誤解していた。
◇
けれど――
賑やかな声に包まれながら、ふっと心が軽くなるのを感じた。
達成感。
安心感。
そして……ようやく肩の力が抜ける、この感覚。
リオを追いやってしまってから、ずっと、必死で生きてきた。
何をしても満たされず、泥の中をもがくような日々だった。
けれど――
仲間を見つけた。
アヤメを無事に連れ帰れた。
オルフィナも、エリオットも、こうして笑っている。
“目的を果たした”という実感が、胸を静かに温めていく。
今後のことは、正直まだ何もわからない。
視界は真っ暗で、足元すらはっきりしない。
それでも。
――今夜だけは。
この暖かいざわめきに、身を預けていたかった。
(……まあ、いいか。今日は飲む日だ)
杯を掲げると、村人たちがどっと沸いた。
アヤメが、遠くからじーっとこちらを見つめている。
(……かわいいな、ほんと)
そんなことを思いながら、俺は静かに笑った。




