16戦功小憩(せんこうしょうけい)
霧獣の王が崩れ落ちた瞬間――
戦場を覆っていた白い靄が、
糸の切れた操り人形のようにふわりとほどけ、
風に吸い込まれるように消えていった。
耳に残るのは、霧獣たちが森の奥へ退いていく足音だけ。
誰も追う気力は残っていなかった。
俺は深く息を吐き、剣をそっと下ろす。
(……終わったんだな)
胸の奥で張りつめていたものが、ようやく溶けていく。
まず向かったのは、スズナとアヤメのもとだ。
スズナは地面に片膝をつき、アヤメに支えられながら笑っていた。
「……あいたた。さすがに霧獣王の一撃は効いたね」
「スズナ先輩、あの戦い……本当にすごかったです!」
二人の隣には、霧獣王の亡骸が横たわっていた。
近くで見ると、あまりの大きさに息を呑む。
(これを……二人で倒したのか。やっぱり、すごいな)
◇
俺は二人を馬に乗せ、オルフィナたちのもとへ戻った。
オルフィナが魔力切れでへたり込んでおり、
エリオットが兵士たちの怪我を次々と回復していた。
「はぁ……はぁ……アレクスよ……
わ、わたし……もう限界だ……」
「よく頑張った。お前の魔法がなきゃ前線は耐えられなかった」
「うむ……褒めるがいい……もっと褒めよ……」
どこまでもオルフィナらしい。
◇
やがて。
霧の晴れた丘を駆け上がってきた兵士たちが、
霧獣王の倒れた姿を見つけ、歓声を上げた。
「王が倒れているぞ!!」
「勝ったんだ! 砦は守られた!!」
その声は広がり、熱となり、砦全体を包み込んだ。
俺は――本当はCランク程度の実力しかない。
派手な英雄でも、前線を無双する剣士でもない。
だが。
(……仲間がいれば、ここまで来られるんだな)
胸の奥が熱くなる。
空はすっかり靄を失い、どこか柔らかく澄んでいた。
まるで戦場の痛みを静かに癒やすような、穏やかな空だった。
◇
その夜。
砦では、ささやかながら熱気に満ちた戦勝祝いが開かれた。
焚火が赤く揺れ、酒樽はあっという間に空になっていく。
そしてまたしても――
美女三人の周りには兵士の人だかりができていた。
だが、昨日とはまるで様子が違う。
「オルフィナ殿! 戦場での凛々しい魔法、感服いたしました!」
「スズナ殿の霧獣王との一騎打ち……あれは芸術でした!」
「アヤメ殿! オレンジジュースのおかわりをお持ちします!!」
可愛い子扱いから、完全に“英雄待遇”である。
(げんきんなもんだ……まあ、それだけ三人が強かったってことだな)
◇
一方――俺への声はこんな感じだ。
「Sランク冒険者の戦いって、もっと派手なのを想像してました。」
「ほら、爆発バーンとか! 王との一騎打ちドーンとか。」
「いや、もちろん作戦や指揮は立派でしたよ?」
「でもその……意外と地味というか……」
……言いたい放題である。
返す言葉に困っていると、
バンッ、と卓を叩く大きな音が響いた。
「お前ら、まったく分かっていない!」
隊長レンジが立ち上がっていた。
「アレクス殿は、本気を出せば爆発の一つや二つ、容易く起こせる。
だがな――」
俺に向けて、誇らしげに指を向ける。
「我々が“次から自力で戦えるように”、
あえて教科書どおりの基本戦術を身をもって教えてくださったのだ!!」
兵士たちが「おお……!」とどよめく。
その時――
「そうです!!」
遠くの席からアヤメが勢いよく立ち上がった。
「アレクス様は、いつも私のために
“基礎基本の手本”を見せてくださるんです!!
今日も、本当に……本当に、勉強になりました!!」
その声が、宴の熱に火をつけた。
「なんて深いお考えだ……!」
「さすがSランク……器が違う!!」
「アレクス先生と呼ばせてください!!」
いや、違うんだ。
本当に、これしかできなかっただけなんだ。
(……まあ、いいか)
仲間が笑っているなら、誤解くらい心地いい。
俺は静かに杯を掲げた。
砦の夜は、穏やかに、温かく――
ゆるやかに更けていった。
◇
数日後。
戦後処理が一段落したのを見計らい、俺たちは《霧牙の砦》を後にした。
見送りに出てきた兵士たちは――
最後の最後まで、騒がしい。
「オルフィナ殿、また遊びに来てください!」
「スズナさん、今度こそ食事でも!」
「アヤメちゃーん!! すきだー!!」
……おい。
ほんと、最後までブレないんだな、お前ら。
けれど、
「アレクス殿! 本当にありがとうございました!!」
その声が黄色い歓声にまぎれて耳に届いたとき、
胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
(……まあ、悪くないな、こういうのも)
◇
砦を出た俺たちは、霧湯の村へ戻り、
温泉に浸かってようやく積もった疲れを洗い流した。
みんなの表情はどこか晴れ晴れとしている。
あの激戦を乗り越えたのだから、無理もない。
「さて……私はここでお別れね」
湯上がりの縁側で、スズナが軽く手を上げた。
「ジルドが待ってる。
……それに、あなたたちと一緒にいると、退屈しなくて逆に困るわ」
どこか楽しげな微笑みだった。
「スズナ。またな」
「スズナ先輩、ありがとうございました!」
「ジルドによろしく伝えてくれ。」
俺たちがそう返すと、
スズナはひらりと手を振り、森の方へと軽い足取りで消えていった。
◇
こうして――
長い捜索の末、
俺たちのパーティはようやく、再び揃うことができた。
霧の村の空は、今日も静かで温かい。
新しい旅の始まりを、どこまでも穏やかに祝福してくれているようだった。




