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荷物持ちを追放したら、酷い目にあった件について。  作者: しばたろう


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15/18

15牙は牙に沈む

 森の奥底から、白い靄が溢れはじめた。

 いつもの兆候だ。狩りの時刻が来た。


 私は、小高い丘の上へゆっくりと歩み出る。

 眼下には、人間どもが築いた石の塊――《霧牙(むが)の砦》。

 去年も一昨年も、我らの進撃を押し留め続けた忌々しい壁だ。


 周囲には、私に忠誠を誓う獣たちが並び立つ。

 百、二百……もっとか。

 そのどれもが、牙を研ぎ、喉を鳴らし、私の号令を待っている。


(また――砦ごと踏み潰すことは叶わぬのか?)


 私は苦く思う。

 人の肉の味は忘れられない。あれは他と違う。

 あの砦ができてから、二度と味わえていない。


 だが、嗅ぎ取っていた。

 砦の守りは、年々弱まっている気配がある。

 今年こそ――突破できる。


 私は喉奥から低く吠える。

「行くぞ。あの砦の向こうへ――狩りを再開するのだ」


 群れが一斉に雄叫びを上げ、地を蹴った。

 森が流れ出るように、影が走る。壮観ですらあった。



 だが――人間どもは油断ならぬ。


 例年、砦は近づけば矢を降らせてくる。

 だから私は特に言いつけておいた。


(砦には近づきすぎるな。射程に入るな)


 言いつけを破る愚か者が毎年混じっていたが、

 今年は繰り返し念を押した。だから犠牲は減るはずだった。


 ……と思っていた。


 刹那。


 ――前方の平地に、人影。


 弓を構える者たち。

 中央には杖を掲げた女――魔術師か。


(なぜ、そこにいる?)


 次の瞬間、炎が弾けた。


 バーン!


 先頭を駆けていた手下が燃え上がり、地面を転げた。

 続いて四方から矢が雨のように降り注ぐ。


(砦よりも手前……! 待ち伏せか!)


 一瞬だけ、群れの足並みが乱れた。



 だが、この程度で我らの進撃が止まるものか。


「進め! 蹴散らせ!」


 私は吠え、手下たちは再び速度を上げる。

 弓兵の距離が縮まり、今にも爪が届く――


 その瞬間だった。


 盾と剣を持つ戦士が、弓兵たちの前に飛び出した。

 守るつもりか。愚かだ――そう思った次の瞬間、


 見えない“壁”が発生した。


 ドンッ!


 手下が跳ね返される。

 中心に立つ杖を持つ人間――僧侶か。何か呪文を唱えている。


(壁を張る僧侶……厄介な)


 だが、人間の戦士たちは不意に身を翻し、左右へ散った。

 敗走かと思いきや――


 すぐ先に、また布陣が完成していた。


 魔法使い。

 弓兵。

 そして例の僧侶。


 再び火球。

 再び矢の雨。


(引いては撃ち、下がっては撃つ……)


 これを繰り返すつもりか。

 実に鬱陶しいが――確実に我らの勢いが削がれていく。



 その時だ。


 ドドドドド――ッ!


 横方向から地響き。

 歓声と怒号が混じる。


 見ると――

 馬に乗った兵士たちが横合いからなだれ込み、

 轟音とともに手下たちの列を蹂躙していく。


 先頭には、ひとりの戦士。

 強い気配をまとっている。あれが大将か。


(まずい……! このままでは崩される)


 私はついに決断した。


(加勢する……!)


 丘から飛び降り、前線へ走った。



 その瞬間。


 ヒュッ。


 矢が飛んできた。

 私は容易く避ける。


(どこから射った?)


 振り向く。

 そこには――いつの間にか間合いを詰めた人間の女。


 短剣を逆手に構え、

 迷いのない足取りで踏み込んでくる。


(速い……!)


 紙一重でかわす。

 女は止まらない。

 次々と短剣の刃が襲う。

 が、私の速度には届かない。


 反撃を叩き込むと、女は地面を転がった。

 受け身を取ったが、すぐには立てまい。


(所詮は人間……勝負あったな)


 私は跳びかかる。


 刹那。


 ――殺気。


 刺すような鋭さ。

 空気が凍り、私の四肢が反射で硬直する。


 女の背後。

 そこには、弓を構えたもう一人の人間の女が立っていた。


 静かに。

 揺るぎなく。

 まるで森そのもののように。


(いつのまに……!?)


 目が合った。


 その瞳は――

 “狩る側”のものだった。


(……怖い)


 生まれて初めて、そう感じた。

 

 獣としての本能が叫ぶ。

 逃げろ――と。

 

 同時に、

 矢は、私の額へ吸い込まれるように突き刺さった。


 世界が、白い靄に沈んでいく――。

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