14将たる者、逃れられず
翌日。
隊長レンジの執務小屋で、俺たちは顔をそろえていた。
昨日の宴会の余韻――というより、後遺症で、砦の兵士たちの大半は、
二日酔い。
寝坊。
そして若干名、行方不明。
という有様で、小屋の中は昨日の喧騒が嘘のように静かだった。
一方で、
オルフィナ、スズナ、アヤメの三人は、けろっとした顔で席についていた。
……女冒険者、見くびるなよ、というやつだ。
◇
隊長レンジが、地図を指しながら口を開いた。
「この時期になると、砦の北方に――“霧獣”が現れる。
狼に似ているが、あれは別物だ。大きく、凶暴で、群れで襲ってくる。
近隣の村を守るために、ここで押し止めるのが砦の役目でな」
鋭い指先が、霧深い地帯をなぞる。
その説明を引き継ぐように、エリオットが手を挙げた。
「近々、その群れが一気に押し寄せてくるらしい。
それを迎え撃つ――これが、俺の“最後の仕事”だ」
その顔には覚悟があった。
昨日より、ずっと引き締まっている。
◇
「いいだろう」
俺は隊長の正面に立った。
「仲間が世話になったんだ。俺も参戦する」
「私も……!」
オルフィナが手を挙げる。声は強いが、どこか怯えも混じっている。
「アレクス様!」
アヤメは満面の笑みだった。
「もう狼退治の方法は学びました! 実戦あるのみです!」
「ふふ……乗りかかった舟だからね」
スズナは余裕の笑みを浮かべる。
「ただし報酬ははずんでね、隊長さん?」
隊長レンジは、腕を組んで満足そうに頷いた。
「ありがたい……!
Sランクを中心に、これほどの冒険者が手を貸してくれるとは、
砦としてこれ以上心強いことはない!」
そこで、隊長は言葉を整え、こちらをまっすぐ見据えて言った。
「そして、アレクス殿。
今回の戦――
あなたに指揮を取っていただきたい」
「へ?」
一瞬、間抜けな声が出てしまった。
(いやちょっと待て待て待て……!
俺の本来の実力は せいぜいCランク相当。
末席で剣を振るだけのつもりで言ったのに、
なんで急に“総指揮官”なんて大役が飛んでくるんだ!?)
断ろうと口を開きかけた、その瞬間。
「アレクスは強いよ。最近ちょっと調子悪そうだったけどな!」
エリオットが背中をバンと叩く。
「アレクス様! 今回も学ばせていただきます!」
アヤメがきらきらした目で言う。
「楽しみね、Sランクの指揮官殿?」
スズナは肘でつついてくる。完全に面白がっている。
最後の頼みの綱、オルフィナへ視線を送ると――
「カ……カタカタカタカタ……!」
真っ青な顔で震え、
手のティーカップをぶるぶる揺らしながら、
床にお茶をこぼし続けている。
(…………だめだこりゃ)
助けてくれる味方は一人もいない。
逃げ道ゼロ。
こうして俺は、
“本当の自分の実力”を誰より理解しているのに、
Sランクの期待を背負ったまま――
《霧牙の砦》防衛戦・総指揮官に任命されてしまった。
――仕方がない。
こうなった以上、やるしかない。
「まずは……これまでの戦い方を教えてくれ。
霧獣の出現地点、兵の配置、砦の対応――全部だ」
隊長はすぐに地図を広げ、今までの戦闘を説明してくれた。
「基本は力押しだ。
砦の上から弓兵が援護し、騎兵が突撃、歩兵がとどめを刺す。
それが今までの流れだ」
典型的な“正面衝突型”。
しかし霧獣相手では隙が大きい。
その時――
俺の脳裏に、アレクス勇技総合大学の講義がよみがえる。
――《砦防衛戦略論:基礎》
――《狼の倒し方:応用編》
――《指揮官入門:初級》
大学での教えと、いま目の前の戦力を重ね合わせながら、
俺は頭の中で作戦を組み立てていく。
――魔法使いオルフィナの遠距離火力。
――僧侶エリオットの防壁と回復。
――Bランク最強格スズナの高速制圧。
――そして急成長中のアヤメの精密射撃。
(これは……組み合わせれば、十分いける)
隊長やメンバーと相談しながら、
いくつかのパターンを検討し――
「よし……これでいこう」
俺は一つの作戦をまとめ上げた。
「この作戦を――《対霧獣 三段構え戦術》と呼ぶ」
霧獣の突撃を“受け・止め・削る”。
最も犠牲を減らせる方法だ。
すると横で、オルフィナが誇らしげに手を挙げた。
「アレクスよ……作戦名なら、こういうのはどうだ?
《深淵に蠢く千魔百裂の――》」
「却下だ」
「まだ言い終えていないのだが!?」
オルフィナが涙目で抗議する。
「覚えられん。噛む。長い」
と俺が小声で返すと、スズナが吹き出した。
◇
「とにかく、三段構え戦術でいく。
みんな協力してくれ」
全員が頷く。
(……本来の俺はCランク相当の実力しかない。
それでも――仲間がいる。
逃げるわけにはいかない)
外では、朝霧が静かに砦を包み始めていた。
――霧獣との決戦は、もうすぐだ。




