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11朝露決意(あさつゆけつい)

 ごそごそ……。


 物音で目が覚めた。

 窓の外はまだ暗い。夜明け前だ。


 昨晩は卓球ではしゃぎすぎて、部屋に戻った途端、

 布団に倒れ込むように眠ってしまった。

 体が軽く痛い。楽しかった証拠だろう。


(……あれ?)


 隣のベッドで、オルフィナ様が静かに身支度をしていた。

 湯気の残る髪を束ね、衣服もきっちり整えている。


(朝風呂に行かれる……? にしては、妙にきっちりした服装……)


 オルフィナ様は、そっと扉を開け、そのまま部屋を出ていった。


 ――気になる。


 胸の奥がざわついた。

 罪悪感を抱えつつも、好奇心が勝った。


(少しだけ……後を追ってみよう)



 オルフィナ様は、

 宿から少し離れた林の中の、木々に囲まれた広場へ向かった。

 朝の空気は冷たく、霧湯の名のとおり白い靄が立ち込めている。


 物陰に身を潜め、そっと様子を見る。


(こんな場所で……いったい何を?)


 空は薄明るくなり始め、東の空が白んでいく。

 やがて――


「……アレクス様?」


 広場の向こうから、アレクス様が歩いてきた。


 ふたりは近づき、柔らかく微笑み合う。


(ま、まさか……逢引き(あいびき)……!?)


 胸が大きく跳ねた。


 オルフィナ様は優雅で美しい大人の女性。

 アレクス様も、きっとああいう方が好みなのだろう。


 そう思った瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ……気がした。


(こんなの……見てちゃダメ。すぐに戻らないと――)


 踵を返し、数歩進んだ、その時。

 

 ――バンッ!


 空気を裂くような鋭い音が響いた。

 思わず心臓が跳ねる。


(えっ……!?)


 慌てて物陰から覗き込む。


 そこには――

 オルフィナ様がアレクス様に向かって火球を次々と放ち、

 アレクス様はそれを剣で弾いたり、身を翻して避けたりしていた。


 その動きはまさに真剣勝負。


 アレクス様が懐に入り込むと、オルフィナ様は杖を構え直す。

 アレクス様が一本取ると、互いに軽く頷き、また構え直す。


 その攻防を、何度も、何度も繰り返していた。


(……逢引き……なんかじゃない。特訓だ……!)


 脳裏に、これまでの朝の出来事が蘇る。

 オルフィナ様は時折、夜明け前に姿を消していた。

 気にしていなかったが、きっと毎日こうして鍛錬をしていたのだ。


 Sランク冒険者という名誉に甘えることなく、

 誰にも見られないところでも地道に努力を続けている――。


 胸の奥が熱くなる。


(なんて……なんて立派なんだろう)


 逢引きなどと勘違いした自分が恥ずかしくなる。


(私も、負けていられない……)


 アレクス様もオルフィナ様も、あれほど努力している。

 ならば私も――レンジャーとしてもっと強くなりたい。


(アレクス様……オルフィナ様……

 私も、必ず強くなります)


 静かにその場を離れ、朝の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込む。


 東の空から、ゆっくりと朝日が昇り始めていた。

 

 ◇

 

 朝の食堂。

 アヤメは、昨日の卓球大会優勝のご褒美として――

 「好きなものを好きなだけ」 という権利を、早速フル活用していた。


「霧湯特製・温泉卵カルボナーラ大盛りをお願いします!」


 運ばれてきた瞬間、アヤメの目が輝いた。

 湯気とともに立ちのぼる濃厚な香り。とろりと落ちる温泉卵。


「……玉子と麺の調和が絶妙で、頬が落ちそうです……っ」


「たんとお食べ」

 オルフィナが微笑ましそうに言う。

 

「おいしそうに食べるなあ」

 俺も純粋に感心した。



 朝食後。


「さて、今日はどうしたものか?」

 気がかりなのは、やはりエリオットの行方だ。


「すこし手詰まりだな……」

 オルフィナが腕を組む。


 しかし、その表情は何かを思いついたときのものだ。


「ここは今一度、温泉に入って頭をリフレッシュしようではないか。

 きっと名案が浮かぶ」


「賛成です!」

 アヤメは即答。


 俺たちは再び温泉へ。

 湯にゆっくり体を沈め、昨日の疲れがほどけていく。



 上がったあとは、浴衣姿のまま縁側で涼みながら、

 よく冷えたヤギの乳をぐびぐび飲む。


 そこへ、女将が軽やかな足取りで近づいてきた。


「アレクス様。お客様がお見えです」


「客?」


 誰だ?

 この村で俺を訪ねてくるような相手なんて――



 ロビーに向かうと、周囲の視線をさらいながら立つ、

 美しい女レンジャーの姿があった。


「スズナ? どうしてここに?」

 思わず声を上げた。


 賢者ジルドのパーティメンバー――スズナ。

 その口元が、柔らかく笑った。


「ふふ。温泉、満喫しているようね?」



 俺たちはロビーのテーブルで事情を聞いた。


「朗報よ。

 ――僧侶エリオットが見つかった。」


「……ええ!?」

 思わず身を乗り出す。


 スズナは続ける。


「あなたたちが出発してからも、

 ジルドは冒険者仲間の情報網を使ってエリオットを探していたの。

 そうしたら――

 北方の《霧牙(むが)の砦》 で、

 それらしい人物がいるとの報告が入ったのよ」


 霧牙の砦――

 スズナ曰く、

 魔獣の類が出没する危険地帯に立つ砦であり、

 普通の旅人はまず近づかない場所なのだそうだ。


「あなたたちがこの村を立つ前に知らせなければてことで、

 私が使いに出されたの。森を行くのは私が速いからね」


 ……ジルド、なんていいやつだ。

 

「スズナ……ありがとな。この恩は忘れない。

 すぐに霧牙の砦へ向かおう」


 すると、スズナは肩を軽くすくめ、いたずらっぽく笑った。


「それと――ジルドからの伝言。

 “そのまま砦までの道案内もしてこい” だって」


 ……ジルド、なんていいやつだ。(二度目)


 いや、ここまでされると逆に気になる。


 もしかして――裏があるんじゃないだろうか?


 俺がそんな疑念を抱いた瞬間。


「恩は、売れるうちに売っておくつもりみたいよ?」

 スズナが涼しい顔で言った。


「……読まれてる……」


 完全に心を読まれた気分だ。



 こうして、

 スズナを加えた俺たち四人は、

 霧牙の砦を目指すことになった。


 霧湯の穏やかな朝は終わり、

 再び冒険の気配が風を走り抜けていく。

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