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01後悔先に立たず

――もう、動けない。


肺が焼けるように痛い。

足は鉛みたいに重く、剣を握る手すら震えていた。


さっきの鷲獅子(グリフォン)は、なんとか撒いた。

俺が囮になって森の奥へ誘い込んだおかげで、仲間たちは無事に逃げおおせた……はずだ。


あの程度の魔獣、

以前の俺なら難なく斬り伏せられた。


――リオがいたころは。


喉の奥が、かすかにひりついた。

疲労のせいか、それとも別の何かのせいかは分からない。


方向感覚が狂っている。

森の匂いも、風の流れも読めない。

ただ闇雲に走り、ただ必死に逃げ、その結果が――このざまだ。


かつて、俺たちの足取りには迷いがなかった。

罠も奇襲もなく、魔獣に囲まれることなんて一度もなかった。


あれは全部、

リオのスキルが支えていた。


……なのに。


「荷物持ちなんていらない」

「お前がいなくても困らない」


そう言って、俺はリオを追放した。


リオを追放した影響は、すぐに表れた。


最初は、小さな違和感だった。

道を一度だけ間違えた。

魔獣の足跡の読みが外れた。

気に留めるほどのことではないと思った。

――そう思い込みたかった。


だが、変化は積み重なった。


二度目の迷い。

初めての奇襲。

採取品の質の低下。

失敗した依頼。


原因は一つだった。


リオがいた頃は、一度も起きなかったことばかりだ。


偶然ではなかった。

間違いなく――リオが支えていた。


そう認めるまでに、時間はかからなかった。


◇◇◇


遠くで、悲鳴が聞こえた気がして目が覚めた。


昨日は、ほとんど気を失うように眠ってしまったようだ。

夏でよかった。冬なら、間違いなく凍え死んでいた。


耳を澄ませると、今度ははっきりと悲鳴が響く。

人の声――女?


身体を起こす。

節々が痛むが、一晩眠ったことで、動ける程度には回復している。

悲鳴の方向へ向かった。


薮を抜けると、ぽっかりとした開けた場所に出た。


大イノシシがいた。大きい。

突進の構えで後ろ足を踏み鳴らし、地面が震えている。

視線の先には、戦士らしき男が片膝をついていた。

頭部を血が伝っている。


一目で、今はもう動けないと分かった。


そのすぐ前に、女の子が立っていた。

小柄な身体で、倒れた男を庇うように位置を取っている。

弓を構え、狙いを外すまいと必死に踏みとどまっていた。

さっきの悲鳴は、この子だろう。


状況の把握は早かった。


このままでは、二人とも助からない。


俺は剣の柄に手をかけた。


痛む肩が軋んだ。

それでも、まだ戦える。

戦士として、ただ見ていることはできなかった。


大イノシシが、低くうなりを上げる。

もう突進まで数秒もない。


女の子は必死に弓を引き絞った。

一歩も引かず、ただ前を向いている。

倒れた戦士を守ろうとする気持ちが、はっきり伝わった。


その姿に、俺はわずかに息を整えた。


足に力を込めて、一歩踏み出す。


――間に合うかどうかは分からない。

それでも、やるべきことはひとつだった。


大イノシシが地面を蹴り、突進してきた。


女の子が矢を放ち、見事、肩に命中。

大イノシシは一瞬たじろぐ。

良い腕だ。


この機会を逃すまいと、俺は踏み込んだ。


全力で走れるほどの体力は残っていない。

それでも、側面へ回り込む距離だけは詰めた。


突然の伏兵に、大イノシシの判断が一瞬遅れた。


狙いを定め、横から剣を振り抜く。

手応えは重く、腕が痺れた。


大イノシシは崩れ落ちた。


勢いで体勢を崩し、俺も膝をつく。

なんとか、しとめることができた。


◇◇◇


呼吸を整えながら、俺はゆっくりと二人に近づいた。


女の子は倒れた戦士の肩に手を置き、必死に呼びかけていた。


「父さん……しっかりして」


父娘、なのか。


戦士は重症のようだったが、意識はまだあるらしい。

片目だけこちらへ向け、苦痛に顔をゆがめながらも状況を理解しているようだった。


戦士の娘が俺に気づくと、小さく息を整えて、落ち着いた声で言った。


「助けていただき、ありがとうございます。

 父の手当てをしたいのです。……手を貸していただけませんか?」


年齢に似合わぬ冷静さだった。


俺は黙って頷き、弓使いと共に応急処置に取りかかった。

止血、固定、呼吸の確保。

必要最低限の処置だけだが、何もしないよりはずっといい。


「旅の方、かたじけない……」


戦士が掠れた声で言った。

意識を保つので精一杯、という状態だ。


傷は深い。

このまま放置すれば命は危うい。


弓使いが顔を上げた。


「この近くに、小さな集落があります。

 そこまで……父を運ぶのを手伝っていただけないでしょうか?」


その問いに、迷う理由はなかった。


「ああ、任せろ」


本当は、俺自身が倒れそうだった。

脚はまだ震えているし、腕にも力は入らない。


それでも、最後の力を振り絞って戦士を背負い上げた。


背中にずしりと重みが落ちる。

息が浅くなる。


ふと、思った。


――こんなとき、リオがいれば。

――もっと早く、もっと正確に、もっと冷静に対応できたのだろう。


あいつなら、きっと迷わず処置し、最短ルートで集落へ向かえただろう。


その事実が、静かに胸を刺した。


「……行こう」


そう告げると、戦士の娘も力強く頷いた。

読んで頂きありがとうございます。

次回、少女の父親からのむちゃブリにアレクスは…

毎日19時更新します。

ぜひ、次回作も読んでみてください。

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