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即死チートが最強すぎて、異世界のやつらがまるで相手にならないんですが。(書籍準拠版)  作者: 藤孝剛志
4章 ACT2

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第16話 無敵だからじゃない? 私、どんな攻撃も効かないの。

 花宮盟は、この世界に来る前から聖女だった。

 目から光線を放つ猫に殺され、聖女となり、異世界へとやってきたのだ。

 順を追って説明するなら、発端は修学旅行の数日前、通学途中のことだった。

 一人で学校へ向かっていると、どこからか赤ん坊の泣くような声が聞こえてきたのだ。猫好きの盟には、猫が喧嘩をしている時にあげる声だとすぐにわかった。

 盟は腕時計を確認した。

 始業時間までにはまだ余裕がある。猫の喧嘩を見てみたいと思った盟は通学路をそれた。

 住宅街の間にある小路を歩いていくと、家と家のあいだにある、ぽっかりとあいた空間に出た。

 そこで二匹の猫が威嚇し合っていた。

 黒猫と白猫。どちらも綺麗な毛並みの美猫だ。

 盟はこっそりと見学することにした。

 猫の喧嘩はじゃれ合いのようなもので勝敗がつけばそれ以上には発展しない。残酷なことにはならないはずだし、あまりにもひどいようなら止めに入ればいい。

 威嚇は終わり、白猫が黒猫に飛びかかる。黒猫は大きく口を開き、炎を吐き出した。


「はい?」


 黒猫の火炎放射を、白猫が空中で軌道を変えて避ける。

 着地した白猫が前足で地面を叩くと、その部分が隆起し槍となって黒猫を襲った。

 黒猫はそれをサイドステップでかわすと、白い息を放つ。あたりは凍り付いたが、白猫は自らの周囲に光を纏わせてそれに耐えた。

 盟は呆気に取られていた。猫の喧嘩がこんなことになるとは思っていなかったのだ。

 そして、終わりは唐突に訪れた。

 白猫の目が強烈に輝く。

 それは光線となって黒猫に襲いかかるが、黒猫はそれに対して前面に鏡のようなものを展開する。

 鏡は光線を弾き、それが盟に直撃したのだ。


  *****


 盟は白い空間にいた。

 目の前には黒猫と白猫が並んで座っている。


「ごめんにゃ。あんた死んだにゃ」


 白猫が言う。猫が喋っているというのに盟は特に驚きはしなかった。

 火を吐いたり、目から光線を放ったりするのだ。今さら喋ることぐらいどうということもない。


「えーと、異世界に連れていってもらえるんでしょうか?」

「え、いや、普通に生き返らせるけど?」


 黒猫はおかしな語尾はつけずに普通に喋っていた。


「うわー、なんか、おかしな人を殺しちゃったにゃ」

「え? でも、これって異世界転生とか転移とかの前フリですよね?」

「おい、どうするよ? 説明とかせずに、生き返らせて知らんぷりでよかったんじゃないか?」

「いや、でも神ともあろうものが、説明責任を放棄すんのもどうかと思うにゃ」

「神様! ということは、チート能力をたくさんもらえたりするんですよね?」


 猫たちは顔を見合わせた。処置に困ったと言わんばかりだ。


「えーと、おちついて聞いてほしいにゃ。確かに喧嘩に夢中で周りが見えてなかったうちらが全面的に悪いんにゃけど、それは謝るし、ちゃんと生き返らせるから許してほしいにゃ。お詫びにちょっと運がよくなるぐらいのことはするにゃ」

「えーっ! チートもらえないんですかぁ! 全属性の魔法が使えるとか! 無限の魔力とかぁ!」

「そう言われてもな。魔法とか普通ないだろ?」

「さっき使ってたじゃないですかぁ!」

「それは神にゃし……一般人がそこらで魔法を使うとかありえないにゃ」

「やだやだやだぁ! せっかくの機会なのに、ただ生き返るとかありえない!」


 盟はだだをこねた。

 何もない空間に寝そべり手足をじたばたとさせてみる。


「どうするにゃ……」

「まあ、これはこっちが悪いしな……異世界ってなにか伝手があるか?」

「なくもにゃいけど……魔法をおおっぴらに使える世界となるとちょっと……基本的にはうちらの世界と似たりよったりで、ベースは科学文明にゃし……」

「ふむ……ああ、穴を開けようとしている奴がいるな……これを利用してみるか」


 猫たちはひそひそと相談していたが、結論が出たようだった。


「えーと、花宮盟にゃん。異世界に行ったら戻ってこれにゃいけど、かまわないかにゃ?」

「OK! どんとこいだよ! こんな世界に未練なんてないし!」

「では説明しよう。まずは普通に生き返らせるが慌てないでくれ。異世界に行くのは数日後、異世界への穴が開ききった時となる」

「穴?」

「君らは知らないだろうが、世界はいくつも存在していて階層的な構造になっている。穴を通して下の世界に落ちることができるのだ。この穴をあけようとしている奴がいるので、それに便乗しようというわけだな」

「それは異世界で異世界召喚しようとしてる人がいるってこと?」

「そのとおりだ。かなり大きな穴をあけようとしている。大量の転移を目論んでいるのだろう」

「おお! ということは、巻き込まれ召喚ってやつですね!」

「よくわからんが、そうなのだろう。穴の位置をこちらで調整して、君がそこに落ちるようにする」

「で、チートは? すんごい能力は?」

「これも落ち着いて聞いてほしいのだが、ただの人間の君に魔法の力を与えるのは無理だ。ただし、我らの力を使って擬似的に行使することは可能となる。つまり、君には我らの巫女となってもらい、君の要請に応じて、力を貸し与えることになるのだ」

「あの! それ、聖女ってことになりませんか? 巫女って和風だしなんか微妙じゃないですか?」

「まあ、呼び方はなんでもいいにゃ」

「やったー!」


  *****


 そういうことで、花宮盟は聖女となり、無事異世界にやってくることができた。

 一応、システムのインストールを受け入れてはいるが、そのあたりは神の力で調整されている。

 つまり、賢者側からすると支配下にあるように見えているがそれは見せかけであり、盟はなんの制限も受けてはいないのだ。

 彼女は自由だった。

 何も恐れる必要はなく、何を強制されることもない。これまで賢者候補だの偉業達成だのに付き合ってきたのは、ただ面白そうなイベントだったからだ。

 何が起こったところで神の力でどうにでもなる。盟はただ流れに身を任せてここまでやってきた。

 そんな彼女なので、殺し合いを強制されてもわざわざ逃げ出すことはしなかった。

 盟は、大工(カーペンター)の造り出した砦に残っていたのだ。

 皆が逃げ出した後に悠々と自分の部屋に戻り、ベッドで横になっていた。


『盟にゃん。どうするんにゃ? 殺し合いなんて付き合う必要はないと思うのにゃ。賢者なんて無視して旅にでも出ればいいにゃ。異世界を満喫するってのはそういうことにゃ?』


 何もない白い空間に、白猫が浮かんでいる。

 そんな非常にわかりにくい映像が盟の脳裏に浮かんだ。


「うーん。そういうの違うと思うんだよ。やっぱイベントは乗っかってかなきゃね」


 盟は異世界を堪能したいのだ。異世界の秩序を無茶苦茶にしたいと思っているわけではなく、あくまでこの世界における常識やルールに則って楽しみたいと思っている。


『仲間を殺して平気なのかにゃ?』

「それはそれで面白いんじゃない? みんなさ、自分が一番強いとか思ってんだよ。賢者から与えられた力なのにさ。そんな奴らが本物の神の力の前に為す術なくやられていくって痛快じゃない?」


 今までは、皆で冒険するというイベントだった。それがバトルロイヤルになっただけであり、それはそれで面白いと盟は思っている。


『うちの力頼りの盟にゃんがそれを言うのかにゃ……』

「あ、でも、春人くんは生かしといてもいいかな」


 賢者を殺すのもありらしいし、どこかでそちらのイベントに突入するのもいいかと盟は考えた。


『まあ、好きにするといいにゃ。そっちの世界で誰が死のうとどうでもいいしにゃ』


 神の声が遠ざかる。

 盟はベッドの上でゴロゴロとしはじめた。


『呆れたな。僕の領域内でのんきに寝ているなんて』

「あ、おはよー、有馬くん」


 呼びかけられて盟は目を覚ました。いつの間にか寝ていたようだ。

 きょろきょろとあたりを見回したが誰もいない。

 どうやら大工(カーペンター)の力で、建物内に声を届けることもできるようだった。


「んー? なんで声かけたの? そのまま殺せばよかったんじゃない?」

『ちょっとばかり気が引けてね。けど、僕も覚悟を決めた。やれる奴からやっていこうと思う』

「ふーん。がんばって」


 途端にベッドが消えた。


「わ」


 少し落下し、尻餅をつく。ダメージはないが、突然のことだったので、盟は驚いた。

 そして急に目の前が暗くなる。何が起こったのか一瞬理解できなかった。


「ああ。私を囲ったのか」


 大工(カーペンター)はブロックを組み合わせて様々な物を造ることができる。

 それを利用して、盟を壁で取り囲んだのだろう。


「で、どうするんだろう?」


 次の瞬間、強烈な打撃が盟の頭頂部に加えられた。


  *****


 有馬理の作戦は単純だった。

 煙突状の空間に敵を閉じ込めて、高所から高重量のブロックを落として敵を押しつぶす。

 人のいる場所には直接ブロックを出現させられないが、上空に出現させることは可能なのだ。

 もしかしたら、防御力によってはその程度は耐えるかもしれない。

 だが、ブロックは無尽蔵に出現させることができる。一度で死ななくとも、ブロックを落とし続ければいい。いずれは耐えきれない重量となり、押しつぶすことができるだろう。

 それに加えて、密閉空間に閉じ込めることになるので窒息死を狙うこともできる。

 領域内の敵が相手ならこの作戦が有効なはずだった。


「……どうやって……」


 だが理は、突然出現した盟に驚いていた。

 どのように必殺のトラップを抜け出したのかもわからないし、どうやって離れた場所にある理の部屋にやってきたのかもわからない。


「サーチして、テレポートだよ。長距離は無理だけどね。あれ、虻川(あぶかわ)くんもいるじゃない」


 虻川正弘(まさひろ)運送屋(トランスポーター)の力を持つ少年だった。


「聖女の力は魔物を消すだけじゃなかったのか!?」


 虻川も驚きに目を見張っていた。


「ごめん。嘘ついてた」

「喰らえ!」


 すると天井から何かが落ちてきた。

 溶岩だ。どろどろに溶けた、灼熱の流体が盟へと降り注ぐ。

 真っ赤な粘性の塊を浴びながらも、盟は平然と天井を見上げた。


「ああ、天井に扉が付けてあるのか。で、もう一つの扉は火口にでも沈めてあるって仕組みねー。なるほどねー。コンビでやっていこうってわけね」


 運送屋の能力に、扉と扉を繋ぐというものがある。それを利用したのだ。

 大工(カーペンター)の造った扉は一際頑丈で、マグマにも十分に耐えることができた。


「な、なんで平気なんだよ!」

「んー。無敵だからじゃない? 私、どんな攻撃も効かないの」


 理と正弘の顔が驚愕に歪んだ。


「そう、それ。それが見たかったのよ。自分の力を過信してた人たちが、それ以上の力を見せつけられて絶望に顔を歪ませるみたいな?」


 盟は満足したとばかりに頷いていた。


「さてと。じゃあ、そろそろこっちの番ね」


 そして、盟は正弘のほうへと歩いていく。


「聖女パンチ!」


 盟は正弘の側まで行き、腰の入っていない、適当な拳を振るった。

 正弘は簡単にそれを避けた。

 理はその瞬間を見ていた。へろへろで勢いもないパンチなど誰にでも避けられるはずだった。

 なのに。

 盟の拳は、正弘の顔面を捉えていた。

 拳の命中した箇所が輝く。

 そこから糸が解けるように正弘は分解されていき、瞬く間にその姿を消した。


「なんだ……それは……」


 理は絞り出すような声を出した。目の前で見たものがまるで信じられなかったのだ。


「あー。私の攻撃には必中特性があるの。で、聖女パンチは敵を完全消滅させるってわけ」

「……そんなことができるなら……賢者にだって勝てるんじゃないのか……だったら! 俺たちはこんなところで殺し合いなんてしなくていいはずだ!」

「できるかもしれないけどさー。賢者殺して、その後どうすんの? 面白イベントは誰が考えてくれるってのよ。正直さ、異世界でなんでも自由にできますって言われても困るの。方向性ぐらいは誰かに決めてもらわないとさ」

「だったら……それはみんなで考えて……」

「それ、絶対面白くないと思う。だから聖女ビーム!」


 盟が人差し指を、理に向ける。

 理はどうすることもできず、盟から放たれた閃光に消し飛ばされるしかなかった。


  *****


 盟は理が作りあげた砦を出た。

 砦自体は、大工(カーペンター)が死んでも残り続けるものらしい。


「ノルマは達成してるし、一時間後までのんびりしててもいいんだけど」


 すぐに全滅させてしまうのも面白くない。だが、それも他のクラスメイトの動向次第だろう。

 盟はシステムウインドウの、参加者リストを確認した。

 全十六名で、開始したばかりなのに四人が死んでいた。

 死亡者は、死神の深井聖一、読書家(リーダー)の愛原幸正、運送屋(トランスポーター)の虻川正弘、大工(カーペンター)の有馬理。

 このペースで進行していけば一時間以内に決着がついてしまいそうだ。

 どうしたものかと考えていると、お知らせが表示された。


『花川大門の賢者候補選抜戦への参加を承認しました』


 参加者リストを見ると、確かに花川の名前が増えている。

 どういうわけか、今さら合流してきたらしい。


「せっかくだから、こいつ殺そうっと」


 花川のことは、前々から気持ち悪いと思っていた。この手で殺せるものなら、殺してやりたいと常々思っていたのだ。

 なので、他の者に殺されるより先に殺してしまおうと考えた。

 花川の居場所をサーチするとすぐに見つかった。

 壁の中にいるらしく、外に出ようと移動しているところだった。

 盟は城門の前にテレポートした。

 そこで待っていると、予想どおり花川が出てきた。

 なぜか気絶した男を背負っていて、隣には高遠夜霧までいる。


「うぉっ! 盟たんではないですか! その格好は聖女ですかな! いやー眼福でござるよね!」


 外に出たところで出くわせば驚くだろう。それは予想どおりだったのだが、相変わらずの気持ち悪い声と口調に盟は吐き気を覚えた。


「なんか、クラスに応じた格好してるらしいよ」


 夜霧がやる気のない声で、花川に説明していた。


「おお! ということはですよ!? 蒼空たんのアイドル姿を間近で拝めるのでござるよね!」

「戦うときは、アイドルみたいな格好してるらしいね」

「おうふ! って! 喜んでいる場合ではないでござるよ!? このままでは拙者の女神たちが、次々と高遠殿の毒牙にかかってしまうということではないですか!」

「人聞き悪いな。別に襲ってこないなら無視するよ。で、襲いにきたの?」


 夜霧が盟に聞いた。

 妙に余裕のある二人の態度が盟には面白くなかった。

 やはり先ほどのように、絶望に顔を歪ませるところが見たいものだと思う。


「そりゃ殺し合いだもの。仕方がないよね」


 絶望させるには、先ほどと同じように力を見せつける必要がある。

 特に恨みはないが、まずは夜霧から始末しようと盟は考えた。花川が絶望して命乞いするさまを見てみたかったからだ。

 一瞬で消してしまっては花川にも理解できないことだろうし、これも先ほどと同じように近づいて殴ってみるのがいいのかもしれない。


「聖女パンチ!」


 夜霧へと駆けより、右拳を振るう。

 格闘技などやったこともない盟のパンチは実に適当だが、どれほどやる気のない一撃だろうと絶対に当たるし、当たれば死ぬのだから気合いを入れる必要もない。

 夜霧の左手が、盟の手首に触れる。

 無駄なことを。

 そう思った次の瞬間、盟は激痛に身をよじっていた。

 両膝をついた状態で、息ができないまま地面を見つめている。

 それは、ごく普通に生きてきた少女が経験したことのない、信じがたいほどの苦痛だった。


「ちょっ! それ八極拳でござるよね?」

「壇ノ浦エルボーって、壇ノ浦さんは言ってたけど。護身術を習ったんだ」


 わけがわからないまま、よろよろと顔を上げる。

 盟が鳩尾に肘を喰らったらしいと気付いたのは、夜霧と花川の会話を聞いてからだった。


「な、なんで……」


 神の力によってどんなダメージも受け付けず、痛みも感じないはずだった。


「殺さないんでござるか?」

「まあ、こっちが死ぬような攻撃を、花宮さんからはされてないし」


 盟は自らが持っている唯一の力、祈願を使用した。

 神に祈り、願いを届ける聖女の力。要は神と対話することのできる能力だ。

 脳裏に神が座する空間が浮かび上がる。

 いつものように白猫の姿が見えてきたが、盟は驚きに動きを止めた。

 白猫の四肢に力はなく、ただだらりと倒れてぴくりとも動いていなかったのだ。


『神様! どうなってるの!? 無敵の力はどうしたのよ! こんなの契約違反じゃない!』


 必死に呼びかける。だが、盟は心のどこかでわかっていた。白猫は二度と返事をしないのだと。


『ねえ! どうしたらいいの!? こんなところで、力が使えなくなってどうしたらいいの!?』


 魔界の奥底での、殺し合いの最中。ここで神の加護を失ってしまえばどうなるかは自明だった。


『馬鹿な……これはいったい……』


 すると、神の座に黒猫があらわれた。白猫と争っていたことのある、もう一体の神だ。


『何があったかなんて知らない! あんたでもいいからとにかくなんとかしてよ!』

『……状況は把握した。俺が力を貸そう』


 途端に、痛みが消え去った。神の力が身体を覆い、あらゆる傷を瞬時に癒やしたのだ。


「もう手加減なんかしない! あんたらなんか消えてなくなっちゃえ!」


 花川を絶望に染め上げるなどどうでもよくなっていた。

 そんなことよりも、耐えがたいほどの痛みを与えてきた、高遠夜霧を始末したくて仕方がない。

 全てを消し去る神の閃光。

 盟は、それを全方位に放つことにした。膝をついた姿勢のまま、目標を定める手間すら惜しんで全てを殲滅する。

 だが。

 やはり何事も起こらなかった。

 脳裏に浮かぶのは、二体の猫が倒れている光景。黒猫も、白猫と同じように倒れて、白目を剥いているのだ。


「あんたみたいに力の発生源と指示者が分かれてると、実にやりやすい」


 夜霧が平然とそんなことを言う。


「……なんなの……なにを、したの……」


 恐怖に声がかすれる。引きつったようなその言葉は、絶望に彩られていた。

 ようやく盟は、脳裏に浮かぶ光景をもたらしたのが目の前の夜霧だと気付いたのだ。

 なにをどうすれば、そんなことが可能なのかはわからない。

 だが、もう盟がなんの力も使えないことは厳然たる事実であり、それがもたらす現実がありありと思い浮かんでくる。

 丸裸にされたような不安と恐怖が盟を包み込んだ。

 力を失った盟は、なんの取り柄もないただの高校生にすぎない。そんな存在が、地下深くの闇の中、異能を用いた殺し合いに巻き込まれる。ただですむとはとても思えなかった。

 だから。

 助けてくれと言うべきなのだろう。

 庇護を求め、一緒に連れていってくれと懇願すべきなのだろう。

 だが、この場において、何よりも恐ろしいのがこの夜霧だった。

 無敵と思えた神の力をあっさりと打ち破り、力の源であった神すら屠る。そんなバケモノのそばになど、とてもいられるわけがなかったのだ。


「あれぇ? 殺さないんでござるか? 無慈悲な高遠殿なら、あっさり殺すかと思ったのですが」


 盟が恐怖に震えていると、花川が余計なことを言いだした。


「別に俺は無闇に殺したいわけじゃない。殺さないとこっちが殺されるからそうしてるだけだ」

「なら、力だけ殺すとかはどうなんでござろうか。みんなハッピーになれる気がするでござるが」

「今回はやりやすかったからそうしてみた。普通は力とそれを行使する人間ってのは不可分だから、力だけ殺すなんて器用なことはできないよ」

「まあそれはそれとして、もう盟たんは無力なわけでござるよね? だったら持ってってもいいでござるか?」

「ひぃっ!」


 花川が下卑た笑顔を見せる。

 持っていかれて何をされるのか。想像するのは容易かった。

 今の自分は何の力もないかよわい女にすぎず、花川程度が相手でも抵抗すらできないだろう。

 逃げなきゃ。反射的にそう思った。

 夜霧のそばにいるのは恐ろしいし、花川の気持ち悪い笑顔をこれ以上見ていたくもない。

 ここで逃げることに意味はないだろう。むしろ逃げてはいけなかったのだが、盟は生理的嫌悪感を抑え込むことができなかった。

 立ち上がり、夜霧たちに背を向けて一気に駆けだす。

 幸い、怪我は全快していて、体調も問題ない。

 盟は全力で駆けた。夜霧たちの目が届かない場所へと、必死になって逃げ続ける。

 なぜこんなことになったのか。

 盟は、異世界で楽しくやりたかっただけだ。

 神の力で、大活躍し、さすがだすごいともてはやされる。

 そんな、どこかで見たことのあるような、あたりまえの異世界生活を送りたかっただけなのだ。

 なのに。

 いつの間にかこんなことになっている。

 力を失い、泣きながら、息も絶え絶えに逃げ惑うようなことになっている。


「こんなの……こんなのおかしい! 絶対におかしいよ! だってそうでしょ! こんな展開ありえない!」


 恨みを込めて神に訴える。だが、それを聞き届けるはずの神はぴくりとも動かなくなっていた。


「私が……なんで……こんな……」


 盟の逃走は、そう長くは続かなかった。限界が訪れ、足を絡ませて転んだのだ。

 もう、動けなかった。神の力を失った盟には、ただの女子高生としての体力しかなかったのだ。

 どれほど走ってきたのか。気付けば、盟は月明かりが届かない、深い森のただ中にいた。

 じわりと恐怖が湧き上がってくる。

 間違えた。

 冷静になってくれば、簡単にそう思いいたる。


「くすくす」


 何かが笑う声が聞こえてきた。


「あはははは」


 何かがいる。


「げふげふ」


 それは、盟の周囲から聞こえてきている。

 姿は見えない。だが、それらが近づいてくる気配だけが伝わってきた。

 盟は、ここが魔界の奥底であり、モンスターの巣窟であることを、今さらながらに思い出した。


  *****


「花川。おまえが気持ち悪いこと言うから逃げちゃっただろ」

「拙者のせいでござるか!?」

「完全にそうだな」

 

 だが、逃げ出した者を追いかけて守ってやるほどの暇は夜霧にはなかった。

 まずは、知千佳と合流しなくてはならないのだ。

 今はどういうわけか電話が不通だが、最初に通話した際に、おおまかな集合地点は聞いている。

 夜霧は、城門周辺から探すことにした。

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