第13話 すごくあったかいナリ……とか言っている場合ではなさそうですな!
聖王の座。
それは、枢軸教会における聖地であり、中心地。いわゆる総本山とでも呼ばれる場所だ。マニー王国の王都にあり、この世界において最大勢力を誇る宗教団体の全てを牛耳っている。
その昔、そこには聖王が住んでいた。
聖王がその身をもって魔神アルバガルマを封印した後は、象徴として崇められている。
その後、千年をかけて宗教施設として拡張が続けられた。
枢軸教会のシンボルはその名のとおり軸。世界の中心を貫く天軸をイメージしたもので、枢軸教会関連の建築物も円筒形をモチーフとして作られていた。
現在の聖王の座は、白黒模様の円柱が乱立し、いくつもの回廊で繋がりあうという複雑怪奇な様相を呈している。その偉容は見る者を圧倒し、畏敬を抱かせるには十分なものだ。
その聖王の座の上層部。そこには、大司教の執務室が用意されていた。
聖王のいない今、枢軸教会は十人の大司教の合議によって運営されている。
大司教は、普段はそれぞれが担当する教区で執務を行っているのだが、常に一人は聖王の座に詰める形をとっていた。これは輪番制となっていて、今いるのはホラリスという男だ。
ホラリスは、執務室の窓際に立ち外を眺めていた。
聖王の座は王都で二番目に高い建物であり、そこからは王都の街並みを一望できた。
何やら事件があったらしく、街のかなりの部分が壊滅的な打撃を受けている。だが、この程度のことは、今さらどうでもいいとホラリスは思っていた。これから先、人類に未来などないことをホラリスは確信していたからだ。
ホラリスは、魔神マナの復活をその身で感じ取っていた。
人類は知らない。
魔界の魔物など、とっくに外へと出てきてしまっていることを。
その気になれば、この国を滅ぼす程度造作もなかったことを。
だがホラリスには、魔界という名の封印にとらわれているマナを楽しませる役目があった。
そのために、世界最大の宗教団体に入り込み、この街の地下に広がる魔界への入場を管理する権限を得るにいたったのだ。
外に出られないのだから、変化は外から呼び込むしかない。だが、ただ無秩序に呼び込んでも、そこに娯楽性は発生しないため、ある程度のルールを設けた。そして、探索者と呼ばれる者たちが魔界で冒険する様を、マナへと提供したのだ。
しかし、それももう終わりだ。マナが復活した以上、探索者どもなどどうでもいいし、大司教などという立場を続ける意味もなくなった。
マナが地上に出てきて何をしようとするのか。
それは、一介の僕にすぎないホラリスにはわからない。だが、どんな命令であろうと従うまでだ。
ホラリスは、マナの顕現を心待ちにしていた。
*****
「……その、封印を解いたのですが、何か変わったでござるかね?」
花川は魔界の全権限を入手し、マナの封印を解除した。
確かに目の前にあった、寝台を囲む半球形の膜は消え去っている。
だが、マナはもともとこの封印など意に介さずに出入りをしていた。いまさら封印がなくなったところで何が違うとも思えなかったのだ。
「私はお兄様からここを出てはいけないと厳命されておりました。その象徴が結界なのです。ですが、封印が解けたということは、お兄様が私の外出をお許しになったということに他なりません!」
「うう……理屈がさっぱりわからんでござる……」
そのお兄様である魔神アルバガルマはもう死んでいる。ならば、もうその約束は反故にしてもいいのではとも思うが、それは封印を解かないとダメらしい。
では、約束は永遠に守らねばならないような気もするが、それはアルバガルマが鍵を託した人物が封印を解けば、約束もなかったことになるらしい。
なんだかおかしいような気がしたが、花川は考えるのをやめた。彼女の中ではそういう理屈になっているのだ。
「ま、まあ、約束どおり封印は解きましたので、リュート殿は助けていただけますよね? で、我々はもう帰っちゃっていいでござるよね?」
「そうですね。あなたのような小太りで醜い姿の者を見続けていると不愉快な気持ちになりますので、気が変わらないうちに出ていかれては?」
「お、おう……これまでものすっごく、てっきとーに扱われてきた拙者でござるが、こうも真っ向から醜いと言われたのは初めてでなんだかへこむでござるよ……」
だがそんなことで気落ちしている場合ではなかった。マナの気まぐれがいつまで続くかはわからないのだ。
「さ、さあ。リュート殿。一緒に行くのでござる。マナ様は解放されましたし、あとは勝手に高遠が死ぬまで暴れて……暴れる程度ですむのかはわからんでござるが、もう奴の命は風前の灯火というやつでござるよ! と、ヒール!」
花川は隣でうずくまっているリュートに回復魔法を使った。
だが、失われた腕が再生することはない。リュートの腕をよく見てみれば、血を流しているわけでも怪我をしているわけでもなかった。ただ、肘から先がない。そういう状態なのだ。
「がんばるでござるよ。高遠が死ぬところをみたいでござろう? 仇を討ちたいのでござろうが!」
「あ、ああ、そうだね。ここまできたんだ」
リュートがよろよろと立ち上がり、花川と一緒に歩きはじめた。
まずは、この薄暗い部屋を出なければならない。花川はちらりと振り返る。マナはこちらに興味を持っていないようだが、のんびりしてはいられない。
マナを刺激しないようにと、そっと歩いているためか出口までが実に遠く思える。
「ん? というか、妙に歩きにくいような……」
足を取られるような気がする。暗くてよくわからないが、足元が沈み込むような感覚がするのだ。
「うえええええ、なんか気持ち悪いでござるよ……」
次第に足元の様子がはっきりとしてくる。
ぶにぶに、ねちゃねちゃといった、確認したくもない感触が足裏から伝わってくるのだ。
「……マナ様の封印が解け、そのお身体が封印外へ拡張しているんだ……」
「うぃ!? てことは、この床は……」
「……おそらくだけど……主様を産む準備に入られている……」
「え、あの、考えたくもないんでござるけど、ここってその」
「マナ様の中だ」
「すごくあったかいナリ……とか言っている場合ではなさそうですな! 急がないと!」
だが慌てれば慌てるほど何かが足にからみつき、ろくに前へと進めない。
「このままだとマナ様にその意思がなくとも、僕らは異物として排除されるかもしれないな……僕が蹴り飛ばしてやる。お前はそのまま全力で逃げろ」
「に、逃げるってどこへ行けばいいんでござるか!?」
「魔界の全権を得ただろ。それでショートカットの場所がわかるはずだ。そこから全階層につながってるはずだから、一層まで行けば脱出するのは簡単だ」
「で、でしたら、一緒に……」
「無理だろ。このままじゃ共倒れするだけだ。それとも、花川。お前に僕を外へ放り出すだけの力があるっての?」
「うう……そう言われましても……」
「じゃあな」
別れを惜しむ間もなくリュートが花川を蹴る。
花川は勢いよく、宮殿を飛び出した。顔面から地面にぶつかり、そのまま滑っていく。
「リュート殿!」
花川はがばりと身を起こし振り返った。
白い宮殿は、赤黒い塊へと変化していた。
剥き出しの筋肉かこぼれ落ちた内臓かのようになった宮殿には、構造を支えるだけの力はないのだろう。自らの重みに耐えきれず、ぐちゃりと押し潰れて形を変えた。
そして、その変化は宮殿だけに止まらなかった。ゆっくりとだが、その影響は周囲へと及んでいるのだ。そのうち周囲にある街や、そこにいる人々も呑み込んでいくのだろう。
「ひ、ひいいいぃぃいぃい!」
このままでは自分も肉の海に呑み込まれる。
花川は、慌てて街へと駆けだした。
*****
魔界六層。中心部付近の森の中にある砦内部の大食堂。
そこでは賢者シオンが、賢者候補たちに説明を続けていた。
「さて、今すぐ殺し合えということですと、さすがに不公平ですよね。この場にいる者を一気に全員殺せちゃうような方もいらっしゃいますし。ですので、開始は一時間後としましょうか。この一時間の間はもちろんお互いに手出し無用ですよ。ルールを破った場合は、即座に失格ですからね。それと、あなたがたがかけあっているスキルも解除いたしますね。正々堂々とやりあいましょう!」
「こ、殺し合いなんて馬鹿なこと、するわけないだろ!」
「そ、そうだ! なんだってそんなことしなきゃなんねーんだよ!」
「そうよ! そんなことする理由も意味もない!」
誰かが口火を切り、それに追随するものがあらわれる。それで勢いづいたのか、皆が口々に不満を漏らしはじめた。
「それはもちろん、みなさんが殺し合わずにはいられない設定をご用意するに決まっているでしょう? そうですね。スタートから一時間ごとに判定を行います。その一時間の間に誰も殺してない人は、私が殺すというのでどうでしょう?」
「……だったらあんたが死ねばいい……」
ゆらりと立ち上がったのは、死神のクラスを持つ深井聖一だった
「あ、それでもいいですよ。もし私を殺すことができるなら、そこでみなさんの試練は終わりとしましょう。その場合、賢者の数は変わらないことになりますけど、私を殺せる者でしたら賢者二人分ぐらいの価値はあるでしょうし」
「……まさか、俺たちのギフトはあんたに効かない。なんて、ことは言わないよね?」
それはあからさまで、そして必要な挑発だった。
シオンは与えたギフトを自在にコントロールできる。ギフトを無効にされては、賢者に対抗する手段がなくなってしまうのだ。なので、言質を取る必要がある。挑発し、同じ土俵に乗せる必要があるのだ。
「言いませんけど……あなたたちに勝ち目なんてないと思うのですけど? 素直に殺しあったほうがまだ生き残る目があるかと」
「死ね!」
聖一が力を放つ。
シオンがぴくりと揺れた。だが、それだけだった。
「き……効いてないじゃないか! 嘘吐きめ!」
「いえいえ、ちゃんと効いてますよ。あなたが力を使う前に殺すこともできましたけど、あえて受けてあげたのです。即死の力というのがどのようなものか、興味がありましたので」
「ふざけるな! なんで死なないんだ!」
「いえ、ですから効いたのですよ。先ほど私は死にましたから。けれどまあ、死んだなら生き返ればいいだけのことですよね?」
「死ね! 死ね死ね死ね死ね!」
聖一が何度も力を放つ。
だがシオンは悠々と聖一へ向かって歩いていった。
「な、なんなんだよ! どうなってんだよ、お前!」
「ああ、私がどのような力を持っているか教えていませんでしたね。一言で言うなら、自動レベルアップとでもいうんでしょうか? 秒間隔でレベルアップし続けるんです。その度に、体力と魔力とステータス異常は全て全快しますし、死んでいる場合は生き返るのですよ」
聖一は馬鹿の一つ覚えのように死ねと連呼する。聖一にはそれしかなかったのだ。
シオンはそれを意に介さずに近づいていく。
「まあ、即死させる能力なんてこの程度のものですよね」
シオンは聖一の前に立ち、何かを確認するように言う。
「さて。みなさんはぼうっとしていていいんですか? 今私は、全ての魔術防壁を解除しています。私に攻撃が届く絶好のチャンスですよ。もっとも、攻撃されれば反撃はしますけどね。このように」
シオンが拳を振るう。
真っ向からのストレートを聖一はかわすことができなかった。
パン!
乾いた音とともに、聖一の頭が弾け、その身体が崩れ落ちる。
シオンの能力からすれば、わざわざ近づいて殴りかかる必要などまったくない。なのに、直接暴力を振るい、血と脳漿をぶちまけて、これ以上ないほどに死というものを実感させる。
これはわかりやすい見せしめなのだ。
「では、ルールについてまとめますね」
聖一を殺したことなどどうでもいいことのように、シオンが微笑む。
「試練の開始はこの説明が終わってから一時間後です。この一時間の間はお互いに手出し無用です。手出ししたら殺します。試練を行う舞台はこの魔界六層の壁の内側のみです。外に出たら殺します。試練開始から一時間後、誰も殺してない人は殺します。一時間ごとに試練を行う範囲を狭めていきます。もちろん範囲外にいたら殺します。最後に生き残った一人は試練達成者です、殺しません。では、説明終了です」
賢者候補たちは、我先にと食堂を飛び出していった。




