第20話 では、難易度を上げてみましょうか
王都の一画にひっそりと存在する館。
そこは賢者シオンの地上における拠点の一つだった。
その館が、賢者の拠点であることは秘密にされている。賢者に刃向かう者もそれなりにはいるからだ。賢者に太刀打ちできる者などそうはいないが、かといって襲撃を受けるがままというのも面倒な話だろう。
その館の奥。豪華な居室でシオンはくつろいでいた。
ソファの上でだらしなく横になっているのだ。
ソファの前には賢者の従者であるヨウイチが立っていた。
「賢者候補たちの魔界攻略は六層に到達している。この調子なら七層に辿り着くのも時間の問題だろうな」
「そうですか。簡単すぎるのも困ったものですね」
なにもシオンは人類のためを思って帝国の侵略を阻止しろだの、魔界を攻略して魔神を倒せだなどと言っているわけではない。
ただそれが困難であり、達成が不可能に近いから指定しただけのことだった。ただ達成されただけでは意味がないのだ。
彼らには賢者としての資質がありはしても、実力はまだまだだ。もっともっと苦しんで、追い込まれて、覚醒してもらわなければならない。
「では、難易度を上げてみましょうか。ちょっと邪魔をしてみましょう」
「いや、魔神を倒すのがそもそも容易ではないはずだが……」
ヨウイチが眉を顰めた。ろくでもないことを考えているとでも思ったのだろう。
「それと、賢者候補に死者が出た。死ぬこと自体はそう珍しくはないが状況が奇妙なんだ」
「と、いいますと?」
「街の中で殺された。どうやら、彼らを狙う者がいるらしい。聞いたところ篠崎綾香という生徒が犯人だと言っているが、これはバスに置いていった生徒ということだ」
彼らがバスに置いていったのは、システムのインストールに失敗した者たちだ。
そうなるように仕向けたし、そうなったことはシオンも確認していた。
「バスに置いていかれた四人のうち、三人が生きていたということですか。そうなると四人目が気になるところですが」
「ああ。バスを見にいってきたよ。男子生徒の死体がバスの中に残されていた。念のため回収し、バスも処分しておいたが」
「そうですか。今後はインストール失敗者についても慎重に管理したほうがいいかもしれませんね」
基本的に、インストール失敗は相性の問題でしかないし、毎回数人は発生する。これまでは特に問題がなかったが、こう立て続けに失敗者による問題が発生するなら警戒は必要になってくるだろう。
「そいつは始末しなくてもいいのか?」
「クラスメイトへの復讐が目的で動いているのなら放置でいいでしょう。それで難易度が上がるようならちょうどいいですし」
「それで、結局あの少年はどうするんだ?」
「そうですね。まだ迷っているのですが……」
高遠夜霧の居場所は判明しているし、その能力のおおよそについても花川から聞いた。
対策はいくつか考えているし、それで始末できるはずなのだが、一欠片の不気味さを払拭することができなかったのだ。
特に問題がないのなら、下手に手を出さないほうがいいのではないかとも考えてしまう。
「賢者殺しは明らかに問題だろう? 放置はできないと思うが」
「ですが、殺されるようならしょせんはその程度だった、とも言えます。実力がともなっていなかったのなら仕方がありません。それに賢者殺しということならヘッジホッグについても対処する必要がありますね」
そもそもの発端はヘッジホッグだった。全身に刃を生やした黒尽くめの異形。それにより賢者が減ったので、補充するために賢者候補たちを召喚したのだ。
ヘッジホッグについてはほとんどが謎のままで、こちらについても調査を進めなければいけないだろう。そんなことを考えていると、ドアからノックの音がした。
「どういうことだ?」
ヨウイチが訝しがる。なぜならドアの向こうは寝室で、そこには誰もいるはずがないからだ。
「なるほど。トランスポーターのドアツードアですね」
シオンがヨウイチにドアを開けるように促す。
あらわれたのは、制服を着た少年だった。
「賢者候補の鳳春人ですね」
ヨウイチが補足する。シオンは必要がない限り、賢者候補の名前など覚えていないからだ。
「確かにドアツードアを使えばここに来ることはできますが、どうやってここがわかったんです?」
建物間を自在に繋ぐスキルだが、使用するにはお互いの建物を知っている必要がある。だがここは秘密の隠れ家であり、その存在を知っている者は限られているのだ。
「そうですね。少々困った問題が出てきましたので、問題解決スキルを使ってみました」
シオンの質問に、春人はこともなげに答えた。
「なるほど。コンサルタントの問題解決スキルは、ランク4にもなればその程度の芸当はできるということですね。チートじみていて大変結構ですよ」
名前は覚えていなくとも、目の前の人物のクラスはシステムを通して知ることができる。
問題解決スキルはその名のとおり、問題の解決方法を知ることができるスキルだ。
将軍も似たようなスキルを持っているが、それは戦術面に限定されている。問題解決スキルはより大局的な回答を得ることができるのだ。
システムをインストールしたのはシオンだが、どのようなクラスが発現するのかはシオンにもわからない。コンサルタントというクラスの潜在能力も未知数だ。
だが、賢者候補はこうでなくてはならない。予想の範囲内のことしかできないようであれば賢者に至る資格などないからだ。
「それで、どのようなご用件ですか?」
「率直に言いますと、時間が足りません。期限を延長してもらえないかとお願いにあがりました」
シオンが提示した期間は一ヶ月。その間に賢者になれと言ったのだ。
「そうですね。期限は背中を押すためのものですから、みなさんが賢者を目指して頑張ってくださっているのなら、特に問題はないのですが」
避けたかったのは、皆が適当にだらだらと異世界で暮らしはじめることだ。
賢者になる見込みがあるのなら、期限で区切って全ておしまいとすることは本意ではない。
「では」
「ですが、ただ期限を延長するというのも面白くないですね。そんな簡単に条件を変更できると思われるのも問題ですし……そうですね。ではこうしましょうか。高遠夜霧さんを始末していただけませんか?」
「高遠を、ですか?」
意外に思ったのだろう。ここまで終始冷静だった春人が、訝しげな顔になっていた。
「クラスメイトを裏切るなんてできないとかおっしゃいます?」
「いえ、一度は切り捨てた相手です。それほど有用な者でもないですし、もう一度ということならそうしますが」
「では、こんな簡単なことで期限の延長が許されるのかと思われたわけですね」
「そのとおりです」
「ですが、そう簡単なことではないのですよ」
シオンは高遠夜霧について知り得たことを全て伝えた。
「なるほど。通常の手段では殺すことができず、返り討ちにあうということですね」
「やっていただけますか?」
どうなるにせよ、とりあえずやらせて様子を見ればいい。
シオンが期待したのは、彼の問題解決能力だった。それで、夜霧を始末する方法を思いつくのではと考えたのだ。
「わかりました。やりましょう」
春人は了承した。
夜霧を恐れている様子はない。どうやら、攻略可能だと考えているようだった。




