第15話 話し合いが通用した記憶がまったくないんだけど
テオディジアの前に広がっているのは、ここまでにはない形状の部屋だった。
直径二十メートルほどの円形で、床には土が敷き詰められている。ここは塔の二階なので、わざわざ用意したのだろう。周囲には階段状に席が設けられているところを見ると、闘技場を模しているようだった。
入ってきたのとは反対側に出口らしきものがある。そこが一階への扉であり、ポイントを判定する場所のはずだったが、その前には一人の男と、三人の少女が待ち構えていた。
テオディジアは目を疑った。
男は玉座らしき大きな椅子に座り、女たちは媚びるようにしなだれかかっているのだ。
何を馬鹿なことをと思ったが、すぐにテオディジアは気を取り直した。
他に誰かいないかと周囲を見回す。観客席に数人の人影があった。だがそれは、ゴミのように無造作に放り捨てられている死体と、試練の管理をしている魔導人形だ。生きているのは扉の前にいる者たちだけのようだった。
「ここまで来れたってことはそれなりには強いし、ポイントも集めてきたってことだよな?」
テオディジアが近づくと、玉座の男が話しかけてきた。
闘技場内で玉座に座っているなど少々間抜けなようにもテオディジアには思えたが、そんな物をこの塔の中で用意できるというなら、やはりただ者ではないのだろう。
男が着ているファー付きの白いジャケットは、眩しいほどに白く、汚れ一つついていない。見たところ何の変哲もないただの服で、その様子は男の実力を物語っていた。
「おおかた察しは付く。ここで待つのが手っ取り早いということなんだろう?」
男はポイントを集めて回るのが面倒だったのだろう。出口を抑え、やってきた参加者を狩るつもりなのだ。この部屋の様子からすると、その行為は推奨されているかのようだった。
「その通り。俺の分はもう集め終わってるんだけどな。こいつらの分がまだってわけだ。うーん、けど女かぁ。俺、女は殺さないことにしてるんだけど……」
男が値踏みするように見つめてきた。
テオディジアは黒髪黒目で平凡な顔立ちだ。肌の色は白く、身長は高い方だが、体の起伏は少ない。身に着けているのは薄汚れた外套で、とても見栄えのするものではないだろう。男に好まれる容姿をしていないことはテオディジアも自覚していた。
「ま、俺が殺すわけじゃないからいいか」
男は己の主義を曲げるつもりになったようだ。あるいは、女の範疇ではないと判断したのだろう。
「お前にはこいつと戦ってもらう。白ってんだ」
男が促すと、しなだれかかっていた少女の一人が恐る恐る前に出てきた。
獣人だ。
目は赤く、白く長い髪の間からは長い耳が伸びていて自信なさげに垂れている。兎の獣人なのだろう。着ているのは丈の長い白い戦闘装束なので、白一色というイメージだ。
「あ、あのぉ! 昌樹様が戦ってポイントを譲ってくださるというのでは駄目でしょうかぁ」
「駄目なんじゃないか?」
「で、ではぁ。昌樹様が瀕死に追い込んで、私が止めだけさすというのはぁ」
白は震えているが、言うことは小狡かった。
「んー、それはどうなんだろうな? なあ、そのへんどうなってんの?」
男が観客席の魔導人形に話しかける。
「あのですね。これ、戦闘力を測る試練なわけですよ。うまく立ち回るってのも実力のうちかもしれませんけど、そんな止めだけさすとかでポイントはあげられませんよ?」
「だ、そうだ。なので、安心しろよ。一対一だ」
男がテオディジアに話しかける。
「多勢に無勢に変わりはあるまい」
一人を倒せたところで、次が出てくるだけだろう。結局全員を倒さない限り活路は見出せない。
「こいつに勝てたなら通してやってもいいぞ?」
本気なのかはわからなかった。だが、向こうが一対一のつもりでいるならそれを利用すればいい。隙があれば他の三人を先に殺す手もある。
テオディジアは外套の内から、片刃の小剣を抜き放った。
「いきなりだな。名乗るとかないわけ?」
テオディジアは答える気になれなかった。
殺す相手と馴れ合うつもりはないし、殺し合いの前に名乗る趣味もない。
「あのさあ。せめて、人に尋ねる場合は自分から名乗れ、ぐらい言ってくれよ。やるせねーじゃん。ま、一応名乗っとくと、俺の名は鹿角昌樹。ぶっちゃけ聖王だとか剣聖だとかはどうでもいいんだけどな」
テオディジアは昌樹を無視して、白に集中した。
兎の獣人だからなのか、ぶるぶると震えている。それが油断を誘う演技だとすればたいした物だが、その立ち姿は素人同然だ。
「そうそう。武器ぐらいないと困るよな」
そう言って昌樹は、長剣を白に向かって放り投げた。
「きゃあああ! もう! いきなりはやめてくださいよぉ」
白が大げさに身をかわし、長剣が地面に突き刺さる。白はおっかなびっくりという様子で剣を手にした。剣を持った途端に覚醒するなどということもなく、危なっかしい手つきで剣を握りしめている。
「おもっ! これって使う必要あるんですかぁ! 使わない方がよっぽどましだと思うんですけどぉ!」
「聖王の騎士になるってのは剣聖の部下になるってことなんだろ? 剣士らしいところ見せてみろよ」
テオディジアは白の構えなどどうでもよくなっていた。
昌樹は立ち上がり、背を壁に預けて腕を組んでいる。女たちがしなだれかかっているのは相変わらずだ。
すっかり観戦者気分のようだが、先ほどまで座っていた椅子が消え去っていた。
それに先ほどまで昌樹は長剣など持っていなかったはずだ。
「貴様……賢者に与するものか?」
常軌を逸した力を目の当たりにし、テオディジアはまずそれを疑った。この世界には数々の強者がひしめいているが、多くは賢者から力を与えられた者だ。賢者は比較的気軽にその力をばらまいているのだった。
「俺は、賢者にも剣聖にも関係はないぜ。ただ強すぎてやることがなくなっちまってな。なんか面白そうだから参加してるまでだ」
剣聖の敵対勢力ならば戦う必要はない。泳がせておけば、目的達成の役に立つかもしれないとテオディジアは思ったのだが、そううまくはいかないようだった。
ならばまずは兎人の白を倒す。テオディジアは覚悟を決めた。
逃げ隠れできない闘技場での、一対一の対戦。採れる戦術はそう多くはない。ならば先手必勝。
テオディジアは、届くはずもない間合いで剣を振り切った。
ドン!
打ち下ろしの一撃が闘技場を斬り裂いた。剣圧により生じた衝撃波が地面を削りながら一直線に疾り抜ける。白はまるで反応ができず、なすすべもなく斬撃をその身で受け止めた。
「いったーい! なんなんですかぁ! いきなりひどいですよぉ!」
だが白は無傷だった。真正面から攻撃を食らい、吹き飛ばされたものの、額をさすりながら平然と起き上がったのだ。
手加減をしたわけでも、油断をしたわけでもない。テオディジアはこの一撃で確実に決めるつもりだった。
――全力を出せない状態とはいえ、今のが効かないとなると……。
力押しは通用しない。工夫が必要になってくるだろう。
「白ぉ。これでわかったろ? そいつの攻撃なんてたいしたことないんだ。怖がる必要なんか全然ないんだよ」
「あ、これって、もしかして、私でもやれちゃいますかねぇ?」
「やれるに決まってるだろ。ぽりぽりぽりぽり、どんだけステータスアップの種を食ったと思ってんだよ」
「じゃあ、いっきまーす!」
おぼつかない足取りで白が近づいてくる。
剣を上段に構えようとしているので、そこにテオディジアは横なぎの一閃を叩きつけた。
だが、無傷だ。衣服は横に切り裂かれたが、やはり体には傷一つついていない。
テオディジアの攻撃などお構いなしに、白が剣を振り下ろす。
刃筋の立っていない、素人同然の攻撃だ。魔力を併用しているわけでもなく、なんの脅威も感じはしない。
だが、テオディジアは大げさに飛び退いた。
白の剣は何の抵抗もなく床を斬り裂き、その刀身を深く埋めた。
「ちょっとぉ! よけないでくださいよぉ!」
尋常ではない威力だ。こちらの攻撃はまるで通用せず、一撃でも食らえばそこで終わる。
こうして、テオディジアにとっての絶望的な戦いが幕を開けた。
*****
中に人の気配がある。
もこもこがそう言うので、夜霧たちは扉を少し開いて中を覗いた。
そこには五人の男女がいて、そのうちの二人が奇妙な戦いを繰り広げていた。
一人は薄汚い外套を纏った、歴戦の勇士を思わせる黒髪の女だ。部屋の中をめまぐるしく動き回りながら的確に攻撃を繰り返している。
もう一人は、白く長い髪の間から兎のような長い耳を生やしている少女で、裸同然の姿でふらふらと剣を振り回していた。
「剣士同士が戦ってるのをこの塔に来てから初めて見たよ!」
夜霧たちは色物ばかりに襲われていたので、どこか新鮮な光景だった。
だが、夜霧には剣闘よりも気になっていることがあった。
「兎人間ってことか。ほら、尻尾が丸いし」
兎少女の服はボロボロになっていた。尻はほとんど丸出しで、白く丸い兎のような尻尾が見えていたのだ。
「今気にするのそこ!? てか、あんまりじろじろ見るもんじゃないでしょ!」
兎少女は長大な剣を無闇矢鱈と振り回していた。余程その剣が重いのか、振る度に体が流れる始末だ。もちろんそんな攻撃が当たるわけもなく、外套の女は剣の届かない死角から思う存分に斬り付けていた。
夜霧にでも二人の実力差は十分にわかる。だが、この戦いが奇妙な点はこれほどの実力差がありながらまるで終わる気配がないことだった。
兎の少女はどんな攻撃を食らおうと傷一つつかず、まるで気に留めていない。実力者であろう外套の女の方が必死になっている有様だった。
「裸って言っても兎人間だし、気にするほどのことでもないと思うけど」
「いやいやいや、耳と尻尾以外はほとんど人間でしょ?」
「そう? 差別的に思われるのもいやだけど、動物の耳と尻尾が生えてる時点で人間じゃないと思うし、欲情できないよね」
「でも、おっぱいあるじゃん! 大きいじゃん!」
「あればいいってもんじゃないよ。おっぱい単体ならいいけど、それが兎人間についてるって時点で論外だ」
「なんなの、そのこだわり!? いいじゃん、美少女じゃん!」
「どれだけ美少女でも余計なもんついてると思うだけで萎えるよ」
「あー、そういや、猫耳の子を見た時も反応は薄かったよねー」
『うむ。小僧のこだわりはともかくとして、この場はどうするつもりなのだ?』
焦れたのか、もこもこが先を促した。
「いや、関係ないよな。この先に進めばいいだけだよね」
「確かに関係ないんだけどさ、この状態の部屋を突っ切るってできないよね? まさか殺しちゃうわけじゃないでしょ?」
兎少女がよたよたと剣を振り回し、外套の女が縦横無尽に駆けながら小剣で斬り付けている。それだけなら外周部を通れそうなものだが、彼女たちの繰り出す攻撃は時に衝撃波のようなものを伴っている。安全な場所などどこにもなく、とても反対側にある扉まで辿り着けそうにはなかった。
「なんで通行の邪魔だってぐらいで殺すんだよ。ちょっと待ってればいいと思うんだけど」
敵は問答無用で殺す方針だが、現時点では敵かどうかはわからない。確かに邪魔ではあるが、殺意を向けてこない者を殺すつもりなど夜霧にはなかった。
『しかし、終わりそうにはないのだがな。外套の女はたいしたもので的確に急所を狙っておるのだが、まるで効いている気配がない。目玉すら攻撃を受け付けんようだ。おお、秘所への攻撃も効かぬとは』
外套の女が滑り込むように兎少女の股の間に入り込み、下から剣を突き上げながら、潜り抜ける。攻撃の通りそうな場所を探っているのだろう。だが、そんな脆弱そうな部分への攻撃でさえ、まるで効いている様子はなかった。
「そろそろ本気を出せば? このままじゃ埒があかないぜ? 変装に力割いてる場合じゃないだろ?」
外套の女が一旦距離をとったところで、奥にいる男が話しかけた。
「バレているのなら出し惜しみしても仕方がないな」
そう言った途端に女の雰囲気が変わった。もともと鬼気迫るような戦いを見せていたが、さらに迫力を増したように夜霧には見えたのだ。
そして、雰囲気だけではなく、その見た目もが変わりはじめた。
黒かった髪は銀色に。白い肌は褐色へと変わっていく。
「へえ。何か隠してるとは思ってたけど、あんた半魔ってやつだろ」
変身を終えた女は無造作に剣を振った。同時に兎少女の右腕が落ちた。
「きゃあああああ! 昌樹様! 痛いっ! これは痛いですよ!」
重傷の割にはどこかのんきな様子で兎少女は叫んでいた。
「この姿を見られたのならあとは時間との勝負だ。邪魔が入る前に先に行かせてもらう!」
このまま一気に片を付けるつもりなのか、女が剣を振りかぶりさらなる力を込めた。
女の剣が闇を纏っていく。黒く朧気な刀身が倍以上に膨れあがり、女はその力を一気に解放した。
剣圧が影となり、床を割りながら走る。
その圧倒的なまでの威力は、兎少女を真っ二つにする。夜霧にはそう思えたのだが、その光景は実現しなかった。
兎少女は長剣を残して忽然と消え失せたのだ。
「何!?」
それに女が反応できたのは修練の賜か、はたまた偶然か。横から殴りつけてきた兎少女の拳を、女は剣の橫腹で防いでいた。
数歩横に飛ばされながらもかろうじて衝撃を受け流す。
だが、この瞬間から女と兎少女の立場は逆転していた。
腕を断たれ剣を捨てたからなのか、兎少女は目にも止まらぬ速度で動きはじめたのだ。
「なんか、まだまだ終わりそうにないね」
知千佳が困ったように言う。
「確かにね。けど、こんな場合は話し合いでどうにかすればいいと思うんだ」
殺すわけにもいかないが、黙って待っていても埒があかない。ならば話をするしかないと夜霧は単純に考えた。
「ここまでで話し合いが通用した記憶がまったくないんだけど!?」
呆れたように言う知千佳を置いて、夜霧が扉を開いた。
「すみませーん、ちょっと通してもらっていいですか?」
そして部屋に入った夜霧は、全員に聞こえるように声を張り上げた。
「高遠くん、空気読んで!? 今、そんな感じじゃないから! 死闘が繰り広げられてるから!」
知千佳が背後から夜霧の肩をつかみ、がくがくと揺さぶる。
部屋の中にいた者たちの動きが止まり、いっせいに夜霧たちを見つめた。




