第14話 偶然そうなったなら、その状況は楽しんでいくスタイル
塔は混乱していた。
正確に言うのならば、結界の保全を司る人造精霊たちが、ありえない状況を前にしてうろたえていた。
最初はソウルパスの分断だった。
塔はソウルやスピリットと呼ばれるエネルギーを収集し、結界の維持に利用している。それらのエネルギーは、塔内部を駆け巡っていて、複雑な経路を形作っているのだ。
その一部が壊れた。複数の経路を結びつける結節点が、突如として機能を停止したのだ。
ありえないことだった。
特に頑丈で壊れる可能性がほとんどない場所であり、たとえ壊れようともすぐに自己修復が開始されるはずなのに、その結節点は何も通さなくなってしまったのだ。
もちろん、この程度で魔神が復活することはない。結界は人類を守る最後の砦だ。幾重にも安全措置が施されており、今回の事象も不可解ではあったが、すぐに迂回経路を設定して事なきを得た。
だが、まったく何事もなかったわけではない。
塔周辺を覆う第一結界に揺らぎが生じたのだ。
それは一瞬のことではあるが、その一瞬を捉えた者がいないとは言い切れない。
世界には、魔神を崇める邪教徒や、魔神の眷属など、魔神復活を虎視眈々と狙っている者どもがいる。それらに気付かれた可能性は少なからずあるだろう。
だが、結界外の問題は塔の管轄外だ。塔は結界を維持し続けることしか考えておらず、結界さえ無事ならば他のことはどうでもいいからだ。
塔はすぐに通常運用に戻ったが、しばらくして、またしても機能不全が発生していることに気付いた。
扉の開閉機構だった。
結界とは直接関係のない、余剰エネルギーを利用しているに過ぎない機構だが、それもそう簡単に壊れるものではないはずだった。
扉が、罠が、仕掛けが、次々に停止していく。
塔は原因を探り、それはすぐに見つかった。
二人の男女だ。その男女が近づくと、塔の一部が機能を停止する。その二人が謎の機能停止に関わっていると類推するのは簡単だった。
塔はその二人を殺そうとした。すると、人造精霊の一部が機能を停止した。
そして、混乱した。
塔は自分が何をしようとしていたのか、わからなくなったのだ。
塔は再び自己診断を開始し、塔内の異常を知る。二人の男女が原因だと気付き、対処しようとし、そして再び混乱に陥る。
塔は、ゆっくりと機能を停止しつつあった。
*****
「九十七番さん、おめでとうございます。百ポイントです」
魔導人形はリックにそう伝えた。やはり参加者を倒すことで、保持ポイントをそっくり奪うことができるようだった。
リックとしても積極的に命を奪うつもりはなかったが、なにしろ敵の方からやってくる。返り討ちにしているうちに、自然とポイントが溜まってしまっていた。
ここは五階のセーフエリアだった。
一階まではもう少しというところだが油断はできない。何しろリックを倒すだけで規定のポイントに到達するのだ。
もちろん、他の参加者のポイントはそう簡単にはわからないが、下層にいる者ほどポイントを多く持っているのは容易に想像できる。ここから先はさらに熾烈な戦いになるだろう。リックは気を引き締めて先へと進んだ。
四階に下りるとすぐにバトルエリアだった。
扉の陰からの攻撃を躱し、反射的に斬り付ける。そんな攻撃を仕掛けてきたものはここまでにいくらでもいた。今さらそんな攻撃が通用するはずもない。
何者かに止めをさし、さらに先へ。
部屋があった。手に入れた地図を見るにそこを通る必要はない。だが、中からは剣戟の音が聞こえてくる。
漏れ聞こえる声が気になり、リックはその部屋の扉に手をかけた。聞いた覚えのある声だったのだ。
「ひゃあああああああ! も、もう、いやです! 勘弁してください!」
「ち、畜生! 何やってんだよ! もう、いっそのこと殺せよ、こんちくしょう!」
「もうさっさとしてよね! そんな奴楽勝でしょうが!」
中は奇妙なことになっていた。
二人の男が、炎の柵で作られた囲いの中で戦っているのだ。そして、その様子を離れた場所から少女が観戦していた。
炎の柵は数メートル四方の網目状のもので、出入りはできないようになっている。
リックはその内の二人に見覚えがあった。
観戦している少女は、魔法使いのフレデリカ。そして、戦っている男の一人がライニールだったのだ。
「ん、あんた誰?」
フレデリカがリックに気付いた。
「リックと言います。屋上でライニールさんと一緒にいたのを覚えていませんか?」
「ああ、そういえばいたわね。あなた、運がいいわ。私はついさっき百ポイント溜まったところなの」
溜まってなければ殺していたと言わんばかりだった。
「はい。私もポイントは足りていますので、戦うつもりはありません。ところでこれは何を?」
「ああ、こいつさぁ、ちんたらちんたら、びくびくおどおどしててさ。全然ポイントが溜まってなかったからこうやって手伝ってやってんのよ」
「手伝い……なんですか?」
「何?」
「いえ」
ライニールは鎧を着込み、剣を握っているが、まるで様になっていなかった。相手も同じように鎧を着込んでいるがこちらは騎士然とした雰囲気だ。
戦いは見るに堪えないものだった。
中は相当に暑いのだろう。二人共に汗だくでまいっている。ライニールは無傷で、対戦相手はボロボロだった。
この泥沼じみた戦いは装備と腕の差によって発生しているのだ。
ライニールの鎧は余程の業物なのかどんな攻撃も通さず、剣は相手の鎧をさくりと斬り裂いているのだ。
そして、技量は相手の方が上だった。ライニールのへろへろとした攻撃を躱し的確に攻撃を加えている。
総合的に考えればライニールがいずれは勝つ勝負だ。だが、ライニールの性格故なのか、決めきることができずにいる。
「ああ、もうじれったい! あと一分で決めて! じゃないと、二人とも焼き殺す!」
炎の柵が厚みを増し、室温がさらに上がった。
結局はそれがだめ押しとなった。
ライニールの対戦相手が、熱に耐えきれなくなったのだ。ふらふらになったところに、ライニールの適当に振り回した剣が直撃する。
胴を真っ二つにされ、相手の剣士は死んだ。
「ああ、もう、まったくもってめんどくさい!」
炎の柵が消え、室温が下がる。
ライニールはよろよろと歩いてきて、リックの前に倒れ込んだ。
「ああ、どうも、お久しぶりです」
「大丈夫ですか?」
「はい……十連ガチャでどうにか、まともな装備が出てきたんです! レアリティ保証さまさまですよ」
案外元気なようだった。
「今のは雑魚だけど、さすがにここに来るまでに十ポイントぐらいは溜めてたかしらね。さあ、確認しにいくわよ!」
「ライニールさん、同行してもよろしいですか?」
「え、はい! 是非ともお願いいたします!」
リックはフレデリカのやり口が不安になったのだ。
もちろん、わざわざポイント集めを手伝っているのは親切心からだろう。
だが、それにしても危うい。放っておいてはフレデリカがライニールを殺してしまいかねない。リックはそう思ったのだった。
*****
「あのさ、自意識過剰なだけかもしれないけど、もしかしてだけど、どいつもこいつも私を狙ってない?」
髑髏の面を被り、黒い布で全身を包んだ男を見下ろしながら知千佳は言った。
知千佳たちの前に倒れているのは下卑た台詞をはきながら舐めた態度で迫ってきた男で、今は物言わぬ身となっている。
もこもこが屋上で要注意だと言っていた人物だが、結局その実力はわからずじまいだった。
「その通りだと思うよ。こいつら二言目には女を置いてけみたいなこと言うし」
ここは塔の三階だ。おそらくは二階への通路の途中で、二人の前後には何人かが倒れている。この程度はもう当たり前の風景となっていた。
「だよねー……って! だから、なんでこんな奴らが聖王の騎士を目指してんの!?」
『まあ騎士や武士などそんなものとも言えるがな。剣聖とて聖人君子とは言いがたいだろう。おおよそは俗物よ』
階を下るごとに行動できる範囲は狭くなり、参加者同士は遭遇しやすくなる。そのため、知千佳たちは頻繁に襲われていた。
聖王の騎士を目指す者同士で、お互いの実力は未知数だ。戦えば何があるかはわからない。もう少し慎重になってもいいはずだが、知千佳たちを見つけた参加者は何故か喜々として戦いを挑んでくるのだ。
そして夜霧は、襲ってきた奴らを残らず殺していた。
話ができるようならしているし、それで戦いを回避できるなら殺すつもりはないのだろう。
だが、結局は死屍累々といった有様だ。
どいつもこいつも最初から舐めきった態度でかかってきて、話などろくに聞いてはくれないからだった。
「こいつら、よっぽどステータスってやつを信じ切ってるんだろうな」
「まあ、ステータスとかなくても私らそう強そうには見えないよね」
「でも、考える頭を持ってたら、ここまで生き残ってる奴には何かあると思うのが普通だよね。だから結局馬鹿なんだよ、こいつら」
『身も蓋もないな。だが想像力のない奴から死んでいくのも事実だ』
「でさ、こんなこと聞くのもなんなんだけど。私ってさ、その、そんなに魅力的っていうか襲いたくなる感じなわけ?」
ずっと疑問に思っていたことだったので、知千佳は聞いてみた。この世界にやってきてからというもの、ことあるごとに狙われているような気がしていたからだ。
「あ、その、客観的な事実としてね? ほら、今後のこともあるじゃない。私は自分のことそんなにたいしたもんでもないかなぁと思ってるんだけど、その認識にずれがあると、何かと問題あるかなって。まあ、こんなところで殺し合いとかさせられて、ちょっとおかしくなってる人がおかしなこと言ってるだけなのかもしれないんだけど」
極限状態に置かれた動物が種の保存本能に目覚めるといった話を、知千佳は聞いたことがあった。自分が魅力的なわけではなく、そんな、やむにやまれぬ事情なのかと思ったのだ。
「うん。魅力あるし、可愛いよ。スタイルもいいし、襲いたくなる男の気持ちもわかる」
「な!」
何の衒いもなく真正面から言われて、知千佳は固まった。
夜霧は、知千佳の反応を不思議そうに見つめていた。
「心配しなくても俺は襲ったりしないよ。朝霞さんに、無理矢理は駄目だって言われてるし」
「それって同意があれば襲うってこと?」
「同意があるのに“襲う”必要はないと思うけど、その場合、躊躇う要素はなくない?」
「お、おう……あ、でもさ! こないだ、街で賢者の攻撃受けた時に押し倒されて胸に顔うずめられてた気がしたんだけど!」
「それは不可抗力だし、偶然そうなったなら、その状況は楽しんでいくスタイルだけど」
「やってることのわりにずいぶんと前向きだ!?」
『うむ。ここまでラッキースケベに肯定的な奴を見たのは初めてだな』
もこもこは宙で腕を組み、妙に感心した様子だった。
『そして、こんな死屍累々といった状況の中、ラブコメ展開を始めようとする我が末裔にも感心しておる。ずいぶんと図太くなったものよ』
「と、とりあえず先に行こう!」
困った知千佳は、死体を避けて通路を進みはじめた。
夜霧もすぐに追いついてきて、隣に並ぶ。やはりこの通路は正解だったようで、しばらく行くと大きな扉が見えてきた。
扉を開けばこれまでと同様に階段があり、二人は迷うことなくそこを下りていく。
二階への扉を開けると、白い通路が延びていた。久しぶりのセーフエリアだ。
右側を見れば受付カウンターがあり、中にはここまでに何度も見かけた魔導人形が座っている。
「二階への到達おめでとうございます。休んでいかれますか?」
「え。いやもうちょっとなんでしょ。それに十五時までに一階に行かないとだめなんだよね?」
腕時計を見る。十四時になったばかりだった。今さら合格にはこだわらないが、時間内に行けるならそうしたほうがいいだろうと知千佳は思う。
「そうなんですよねー。試練中は二階で休む人そんなにいないんですよねー。けど、この先最後の試練が待ち受けているかもしれませんよ? 休んだり、食事を摂ったりして英気を養いませんか?」
「なんかむっちゃ必死だ、この子」
魔導人形は見た目は同じでもそれぞれ性格が異なっているようだった。
「寂しいの?」
「うっさいですね! あー、もういいですよ。さっさと行ってください。あ、なんでしたらポイント聞いていきますか! 九十八番さん五ポイント。九十九番さん一ポイントです!」
「勝手にポイントまで教えはじめた……」
九十八番が夜霧、九十九番が知千佳だろう。塔に入った順番に番号が振られているらしい。
「って! ここまで来てそんだけしかポイントないんですか! 何を考えてるんですか! 一階に行くには百ポイントいるんですよ! あれ? でもほんとにおかしくないですか、これ? だって、絶対に人を殺さないと通れない部屋とかありますし、そこでポイントは増えるはずで……」
「じゃあ行くから」
夜霧がそそくさと先に行き、知千佳も付いていった。このまま話をしていると面倒くさいことになると思ったのだろう。知千佳も同感だった。
しばらく進むと扉があり、そこを通ると通路は灰色になった。
通路は左右と前方の三方向に分かれている。
低階層の地図は持っていないし、どの通路も幅は特に変わらない。どちらに進むべきか手がかりはまるでないのだが、夜霧は真正面の通路へ進みはじめた。
知千佳にはわかっていた。
道を選ぶのが面倒だったので、夜霧はただ前に歩いただけなのだ。




