第7話 こいつやべぇ、なんとかしなきゃ。って思っても仕方がない
マーヌの後を、知千佳たちはついていった。
カダンの街はそれなりの規模はあるようだが、知千佳たちがこれまでに見てきた街に比べれば見劣りする。
これまでの街には別世界の技術や魔法技術が応用されている形跡があったが、この街にはそれがないのだ。
ほとんどの建物は木造で平屋か二階建てであり、道路は未舗装で地面がむき出しになっている。
「なんか、素朴な感じだね」
「これまでに見てきた賢者の支配する地域は、それなりに裕福だった気がするな」
たいていの賢者は傲慢で賢者以外の者たちを見下している。支配領域に住む一般庶民への気遣いなどはまるでない。
だが、賢者たちも自分が暮らす国や街がみすぼらしいというのは嫌だったのだろう。
なのでそれなりのインフラ整備、環境への投資、社会福祉の充実は行われていた。
つまり、それらがない西エントは、賢者ヨシフミにとってどうでもいい地域ということだ。
「こっちだよ」
マーヌが平屋の住宅に入っていく。知千佳たちも後に続いた。当然のようにビビアンも付いてきていた。
リビングに通され、夜霧たちは並んでテーブルについた。
マーヌが向かい側に座り、ビビアンも座ろうとしたが止められた。
「あんたは、立ってな」
「え?」
「なんで、何言われてるのかわかんない、みたいな顔してるんだ。反省しろって言ってんだよ!」
「はい……」
王族のわりには散々な扱いだった。
「さて。あんたらは何者だい?」
「何者、か……そうだな。賢者が異世界から人を召喚してるのは知ってる?」
夜霧は正直に答えることにしたようだ。
「召喚? 聞いたことはないが、賢者たちならそんなこともできるのかね」
今までに滞在した街では異世界人の存在が公になっていたが、ここでは知られていないようだった。
「俺たちは、賢者によって召喚された異世界の人間だ。ここの賢者のヨシフミ自身も、異世界からやってきたんだろうと思う」
おそらく、名前からするとヨシフミは日本人だろう。
日本からこの世界にやってきている者たちも多いので、可能性は高い。
「……言われてみれば、あんたらの顔立ちはこのあたりの奴らとは違うね。賢者も見かけない人種だと思ってたけど……まさか、あんたら賢者と通じてるんじゃないだろうね?」
「これから会いに行くつもりだけど、今のところは名前ぐらいしか知らない相手だよ」
「どんな用事だい?」
「俺たちは元の世界に帰りたい。それには賢者の持ってるアイテムが必要なんだ。それをどうにかして手に入れたいと思ってる」
「はっ! 手に入れたいなんて遠回しなこと言ってるけど、どうせ殺すんでしょ! でも、それをタカトーヨギリにされるわけにはいかないわね! 王国の復興のために私たちレジスタンスが賢者を倒し、国を取り返す必要があるんだから!」
「……ビビアン……あほ……ほんとに、あほ……」
マーヌがしみじみと言った。
なんとなくそうではないかと知千佳は思っていたが、この街には反帝国勢力が潜んでいて、ビビアンやマーヌはその一員なのだろう。
「あの、これも言いふらしたりするつもりは全然ないんですけど、ビビアンを旗頭にして国家転覆を目論んでるみたいなことですか?」
「クエストなんざに指定されちまってるんだ。今さら隠すようなことじゃないけどね」
「さっきからちらほら聞くクエストってのは?」
夜霧が訊く。
まるでゲームのようなその単語は知千佳も気になっていた。
「冒険者だなんだってのはビビアンから聞いたかい?」
「ある程度は」
「冒険者はこっちでただ暴れてるってわけじゃない。帝国にある冒険者ギルドってところが、冒険の目的を設定してるのさ。それがクエストって呼ばれてる」
「あれ? ギルドが帝国にあるってことは、冒険者は東側から来るの?」
西と東は行き来できないとビビアンは言っていたので、知千佳は疑問に思った。
「そうだよ。あいつらはこっちでお気楽に冒険をして、用が終われば東に帰るんだ。なんでも冒険者だけが通れる魔法の通路があるらしい」
「それをどうにか利用できないの?」
「無理だね。その通路を使うには、ギルドで冒険者登録ってのをする必要があるらしい。当然、こっちで暮らしてる私らには関係のない話さ」
「じゃあやっぱりエルフの森に行くしかないのか」
「それもビビアンから聞いたのかい?」
「ちょっ! なんか急にエルフが弱体化した今がチャンスだから、エルフの森に乗りこむとかまで言ってないわ!」
心外だとばかりにビビアンが口を挟んだ。
「……ビビアン……もう喋らないでくれるかい……」
マーヌは疲れ果てたように言った。
「話す端からボロが出てる感じだね」
「同席させたのが間違いなような」
「そういうことだよ。私らは明日にはエルフの森に向かう。あんたらが何者でもいいから邪魔しなきゃそれでいい」
「弱体化って何があったんですか?」
「……ちょっとそこらを見て回ればわかることだから隠すほどのことじゃないんだけど。二日前におかしなことが起こったんだ」
街の人々が急に倒れたらしい。
それまで健康だった者たちが、なんの前触れもなく急に倒れて死んでしまったのだ。
倒れた者たちは様々で共通点は特に見当たらなかった。
謎の病気かと街の者たちは怖れたが、それ以降は特に被害が増えることはなかった。
倒れた彼らは同時刻に一斉に息を引き取ったのだ。
そして、その現象は街の人間だけに起こったものではなかった。
家畜や愛玩動物にも、同時刻に死んでいるものがいたのだ。
調べてみれば、街の外でもその現象は起こっていた。
野生動物や植物にすら同様の死が訪れていたのだ。
原因はわからなかったが、とにかくある時刻に様々な動植物が一度に死んだということらしい。
「と、いうことはエルフも死んだかも、ってことなんですか?」
「ああ。もしかしてと思ってね。確認に行った者がいる。少し森に入った程度だとエルフの妨害はなかったそうだ。この現象がどこまで広がってるのかはわからないが、エルフにも影響があったんだと見てる。ま、どっちにしろもうエルフの森に行くしかないんだけどね。見つかっちまったんだから」
「てことは、エルフの森も通りやすくなってるのかな、ってどうしたの?」
夜霧は難しい顔をしていた。
「いや……その死んだっての、俺のせいだな」
夜霧が小声でぼそりとつぶやいた。
「どういうこと?」
「船にイゼルダって奴がいただろ」
「ああ、なんか全員が私、みたいなこと言ってた人?」
知千佳は船での出来事を思い出した。
大勢で現れてわけのわからないことを言って悦に入っていた奴らだ。
「うん。あいつらはどういうわけか、全員がイゼルダだった。で、あそこにいただけじゃなくて世界中に散らばってたんだ」
「うん?」
「どうやってるのかは知らないけど、イゼルダを世界中に増やしてたんだろうな」
「そんなのまで死んじゃうわけ!?」
「あの手の奴は一つでも生き残ってるとそこから復活する。殺すなら根絶する必要がある」
「……うん。今さら高遠くんを批難するつもりはないけど、神様がこいつやべぇ、なんとかしなきゃ。って思っても仕方がないね、それは……」
身を守るためとはいえやっていることが無茶苦茶だった。
だが、夜霧に守られるとはそういうことなのだろう。敵の規模が大きくなれば、その対応によって生じる影響も大きくなっていくのだ。
「話としてはこんなところかね」
「その、私たちをどうするつもりですか?」
「どうもしないよ。帝国の関係者だったら困ると思ったけど、そんな感じじゃなかったからね」
「俺たちも森に行こうと思うけど」
「それも好きにしな。私らが強制できることでもないからね。でもそうさね。できれば、明日以降にしてもらえるとありがたいね。それでいいならこの家は貸してやるからゆっくりしていくといい」
「どうする?」
「まあ、すごく急いでるわけでもないし」
できるならさっさと元の世界に帰りたいとは知千佳も思っている。
だが、これまでものんびりと旅をしていたのだ。
一刻一秒を争うというわけでもない。
「じゃあ、泊めてもらうよ」
「じゃあね。私もいろいろと準備があるから」
マーヌは鍵を投げてよこし、部屋を出ていった。
「ビビアンは行かないの?」
「……邪魔だから来んな、ってマーヌおばさんの背中が言ってた……」
「こいつを残していくのもデメリット多くないか?」
「もう漏れて困るような話もないってことなのかな……」
「まあ、それはいいか。腹が減ってきたからとりあえず何か食べたいところなんだけど」
最後に食事をしたのは、降龍の背の上でのことで、それからかなりの時間が経っていた。
「でも、食糧事情が悪いみたいなこと言ってなかった?」
「この規模の街で外食店がないってこともないんじゃ」
「それなら、私が案内してあげるわ!」
ビビアンに話していたつもりはなかったが、割り込んできた。
「なんでだよ」
「タカトーヨギリみたいな極悪人を街で野放しにするわけにはいかないからね!」
「なあ。本当に俺を倒すつもりあるの?」
「当然でしょ! 神の啓示を受けたんだから」
「本気なら忠告しとくよ。殺すかもしれない相手とは仲良くしないほうがいい。後々辛いから」
「ふん! あんたを殺して辛いなんてあるわけないでしょ!」
ビビアンにはまともに忠告を受け入れる気はさらさらないようだった。
*****
夜霧たちは、ビビアンに案内されて酒場にやってきた。
冒険者が経営している酒場らしい。
なので、街の食糧事情と関係はなく、金さえ払えばそれなりのものが出てくるとのことだった。
テーブルにつき、適当に注文して料理を待つ。
酒場ではあるが酒は注文しなかった。
「異世界だから日本の法律とかは気にしなくてもいいとは思うけど」
「朝霞さんは、酒は呑まないほうがいいって言ってた」
酒で余程の失敗をしたのか、育ての親である高遠朝霞は何度もそう忠告していた。
「壇ノ浦さんが呑みたいなら頼めばいいけど」
「や、うちもお酒は呑まないんだよね」
「うむ。酒を呑むと確実にパフォーマンスが落ちる。常在戦場をうたう武術家が酒を呑むなど実にナンセンスだな」
酔っているところを襲われて殺された剣士や武術家など枚挙に暇が無いとのことだった。
「昔話だと、酔わされて退治されてる奴らもいるな、そういや」
「酒を呑んで暴れだすのかと思ってたわ! そしたら、返り討ちにしてあげるのに」
案内だけなのかと思っていたが、ビビアンも同席していた。
「それもあるんだよね。俺が酒を呑んで前後不覚なんてことになったら、何が起こるかわかんないし」
「高遠くんが暴走とか考えるだけでもおそろしい……」
「それはそうと、エルフの森って何があるの?」
夜霧はビビアンに訊いた。
「な、なに?」
「東側に行くのに通る必要があるのはわかる。けど、ただ東に行ったって意味がない。帝国に反抗するにしても相手は賢者だ。生半可な手段じゃ太刀打ちできないだろ?」
「ふふふっ! ここに賢者に対抗できるぐらいに強い私がいるじゃない!」
「それは、今朝からの話だろ? さっきの話の雰囲気だと前からエルフの森に行くつもりだったようだけど」
「し、知らないわ! これ以上何か言ったらまたマーヌおばさんに怒られるし!」
ビビアンは、何かあるのだと言わんばかりの態度だった。
「訊いてはみたけどどうでもいいや」
夜霧にとっては、ビビアンたちレジスタンスが何をしようと、どうなろうとどうでもいい話ではあった。
「じゃあなんで訊いたのよ! やっぱり極悪人ね!」
「興味本位だよ。で、興味本位ついでに聞きそびれたことを訊くけど、なんで俺を守るんだよ。俺がそこらの盗賊にでも殺されたほうが都合がいいんじゃないか?」
夜霧は山頂付近でうやむやになっていた話を訊いてみた。
「それは――」
「どっかの盗賊なんぞに殺されたら、俺らの力は消えちまう。せっかく手に入れた使徒の力だ。なくなっちまうのは実に都合が悪い」
その声は隣のテーブルから聞こえてきた。
隣を見ると、眼帯を付けた生意気そうな少年が座っていた。
「使徒の力は、タカトーヨギリが死ぬと消える。が、タカトーヨギリを殺した使徒にだけは褒美として力が残る。てなわけで、そこの女。死んでもらおうか」
そう言うと少年は、何もない空間からゆっくりと刀を引きずり出した。
「盾が出てくる能力より、あっちのほうがかっこいいな」
夜霧は感嘆の声をあげた。
少々芝居がかった態度ではあるが、よほど練習したのか、刀を取り出す様子が様になっている。
「た、盾だってかっこいいわ!」
対抗するように、ビビアンも盾を出現させた。
「瞬時に出るのはいいけど、ためがなさすぎて、演出としてはいまいちだな」
「ダメ出ししてる場合!?」
「けど、なんで俺そっちのけで、使徒同士で戦おうとしてるんだ?」
夜霧にはいまいち状況が把握できていなかった。




