第3話 あまりの急展開で、話についていけてないんだけど!?
触丸で作られた小型の黒い船は、ゆっくりと陸地を目指していた。
「これってさっきまですいすい動いてなかったっけ!?」
触丸でできたオールを漕ぎながら知千佳が訊いた。
「うむ。たいていの物はエネルギーとして使用可能ではあるが、永久機関というわけではないからな。ある程度のチャージ期間がいるのだ。今は全て使い果たしたというところだな」
同じようにオールを漕ぎながら、槐を操作しているもこもこが言った。
「触丸を船に変形させたら何もかも解決かと思ったら、けっこう薄氷を踏んでる感あるね!」
「陸地は見えてるからもうちょっとだよ」
見ているだけの夜霧が言った。
「なんで高遠くんは高みの見物なんだろ!」
「左右一人ずつで十分なんじゃない? もう一人加わってもバランスが崩れるような」
「それに小僧の体力に合わせておってはろくに進まぬだろうしな」
「……私、もうちょっと頼りがいのある男の子が好きかな!」
「ある意味むっちゃ頼れる男ではあるのだが」
もこもこが背後を見たので、知千佳もつられてそちらを見る。
巨大な何かがぽっかりと浮いていた。
鮫のようだが、人のような腕が生えている不思議な生き物だった。
他にも触手をたくさん備えた、巨大な蛸や烏賊のようなものが何体も波に揺られている。
「おおう! 海の幸どもが大量に!」
「壇ノ浦流をもってしても、海の上では為す術がないしな。小僧がおらねばおいしくいただかれておったところだろう」
「てか、この海やばすぎない!?」
だが、知千佳はこの世界の危険性を本当の意味では理解できていない。
なにせ、だいたいの危険は夜霧が前もって対処してしまうし、もったいぶって偉そうに現れた敵も即座に死んでしまう。
これまでにも数々の強敵と対峙してきたはずなのだが、誰も彼もが簡単に死んでいくので、実際の強さがいまいち知千佳にはわからないのだ。
なので知千佳は、この海洋生物たちについてもどの程度の脅威なのかをいまいちわかってはいなかった。
「うむ。どこにでもいるわけではなさそうだが、素人が海を渡るのは無謀なのだろうな。しかしこうなると降龍が大丈夫なのか心配になるのだが」
「龍だし、これぐらい大丈夫なんじゃない?」
「気にしてもどうしようもないしな」
「お主ら……」
そんなことを言っているうちに、陸地はすぐそこにまで近づいていた。
降龍はかなり陸地近くにまで連れてきてくれていたのだ。
船はそのまま進んでいき、砂浜へと到着した。
「崖とかじゃなくてよかったよね」
その場合、着岸できずに途方に暮れたことだろう。
「助かったけど……問題はここがどこかってことだな」
知千佳たちの目的は、東の島国であるエント帝国に辿り着き、そこにいる賢者から賢者の石を得ることだ。
乗っていた客船はエント帝国に向かっていたはずだが、船が沈んで以降の道行きはどうにも怪しい。
「とりあえずは触丸にエネルギーをチャージして、持ち運びできる形態にせねばならん」
しばらくはここから動けないようだ。
ここは自分の出番だと、知千佳はあたりを見まわすことにした。
殺意や危険の察知は夜霧にまかせておけばいいが、単純に遠くまで見通すには知千佳の視力が役に立つだろう。
あたりに人はいない。
緩やかに砂浜が続いていて、少しいくと坂になっていた。
坂は途中からは岩肌になっていてかなりの高さまで続いている。
傾斜は緩いので丘のようだった。
「見える範囲には、海と砂浜と丘しかないね」
「人がいるのかもわかんないな、これじゃ」
「見たところ危険はなさそうだけど、高遠くんはどう思う?」
「そうだな。特に殺意とかは感じないからいきなり何かが襲ってくるとかはなさそうだけど」
夜霧の殺意感知能力に今のところ間違いはない。それだけでも安心できる情報だった。
「うむ。数回は変形できるようになったので、これで持ち運びができるだろう」
知千佳があたりを警戒していると、もこもこが報告してきた。
「だったら囲いを作ってよ。いい加減水着から着替えたいし」
「誰もおらんのだからそこらで着替えればよかろうに」
「見るなってことなら、後ろでも向いてるけど?」
「いや……高遠くんのことは信用してるけど、さすがにこんなだだっ広いところで着替えるのは……」
「まったく……乳がまろびでるぐらいのことで羞恥しておるようでは先が思いやられるな」
「その先ってどこ!? その羞恥心をなくしたら人として終わってない!?」
もこもこはぶつくさ言いながらも、触丸を変形させて囲いを用意した。
着替えは夜霧が持ってきたリュックに入っている。
見た目よりは物の入るこのリュックには、全員分の荷物がおしこめられているのだった。
*****
知千佳と槐の着替えが終わり、触丸は知千佳と槐の服の一部に擬態した。
基本的に触丸は知千佳の身を守るために使用している。
槐の中に格納していたのは、知千佳たちが水着姿だったためだ。
「これ大きさってどうなってんの?」
「うむ。船のようなサイズにする場合は中を空洞にして薄く広げるような感じだな。圧縮すればかなり小さくなる。薄くしても強度はそれなりに保てるが限度はあるな」
「じゃあ行こう」
夜霧が先に行き、知千佳たちはその後に続いた。
少々手間取りつつも砂の坂を登り、岩肌の斜面に辿り着く。
傾斜は緩やかだが、最上部まではまだまだ距離があるようだった。
「他の道は……なさそうか」
登るのに疲れたのか夜霧はあたりを見回した。
この丘は左右にも続いているので、結局は登って乗りこえるしかないらしい。
しばらく登り続けて、知千佳たちはようやく頂上に辿り着いた。
「これは……人が住んでるのかは怪しいね……」
そこから見えるのは巨大な盆地だった。
盆地は、ほとんどが土と岩でできていて、起伏が激しく見通しが悪い。
中でも目につくのは点在する窪地と、その周囲を円環状に取り囲む山だ。
どうやらそれらはクレーターのようだった。
「ふむ。この大きな盆地もクレーターのようだな。我らがいるのは、超巨大クレーターの縁の部分のようだ」
「つまり、超巨大隕石の後に、小隕石が無数に降ってきた、みたいな感じか」
「隕石とも限らんがな。核爆発などの超エネルギーでも同様の地形は発生しうるだろうし」
「考察はいいとして、どうすんの? なんか途方に暮れちゃう感じなんだけど」
何か手がかりがあればと登ってきたが、夜霧が見た限りでは荒れ果てた土地が広がっているとしか思えなかった。
「うーん。なんか道っぽいのがあるような?」
知千佳は盆地を指さした。
よく見てみれば、クレーターや岩山の間を縫うように伸びる道らしき線があったのだ。
「ふむ……確かにそれなりに整備はされとるような。自然にできるわけもなかろうしな」
「道がどこかに通じてるかわかる?」
「上空から見てはみたのだがな。地形の起伏が激しく見通すことができなんだ」
「だったら下りてみるしかないか」
知千佳たちは斜面を下りはじめた。
クレーターの外より内のほうが深く抉れているため、下りきるには登りよりも時間がかかった。
底まで下りてくれば道の様子がわかる。
舗装されているわけではないが障害物は除去されていて、馬車のものらしき轍も刻まれていた。
それなりに使われているようなので、なんらかの知生体がいるのは間違いないだろう。
「無人島じゃなさそうなのはよかったけど、どっちに行くか、だよね?」
まずは人里へ向かうべきだろうが、見たところ手がかりはなかった。
道の先は、左右のどちらも岩山で隠れているのだ。
「ここは勘でどちらかに行くしかあるまい――ふむ。こちらから何か来るようだな」
もこもこが左側へと視線を向ける。
馬車だった。
御者が必死に馬を鞭で叩き、馬は泡を吹きそうになりながら全力でこちらへと疾走しているのだ。
「なにこれ!」
「追われてる?」
馬に乗った者たちが、馬車を追走していた。
「盗賊の類か? これまでにない異世界転移ファンタジーらしき展開よな!」
「これファンタジーなの!? 世紀末とかにいそうなんだけど!」
追っているのは五名。棘の生えた肩当てをつけ、斧を振り回すモヒカン刈りの男たちだった。奇声をあげながら馬を駆っているのだ。
「馬車はずいぶんとおんぼろだな。異世界ファンタジーでこの手の展開なら、王侯貴族の類が乗っているものだが、望み薄か」
「ずいぶんと偏った異世界観だな! って、これどうすんの!」
「どうするって……どうにかしなきゃいけないの?」
夜霧が不思議そうな顔をしていた。
「え? だって盗賊に追われてる人がいたら助けたりとか!」
「盗賊とは限らないし、どっちが悪いとかってのも判断できないし」
「いやいやいや! あの人らヒャッハー! って言いながらノリノリで斧を振り回してんですけど!?」
「それだけで悪者と断定できないだろ? モヒカンだってどっかの部族の髪型ってだけだし」
「あー、そりゃそうかもだけど」
仮にこの状況が盗賊の襲撃なのだとしても、馬車が盗賊で、追っているモヒカンたちは盗られた側なのかもしれない。
一見しただけでは判断できないのは確かだった。
だが、そうは言っても何か良からぬことがなされようとしているのかもしれないし、このまま見過ごすのも寝覚めが悪い。
どうしたものかと知千佳が悩んでいると、馬車は目の前を通り過ぎていった。
追っているモヒカンの集団も知千佳たちは無視して、馬車を追いかけていく。
こうなってはもう何をすることもできはしないが、知千佳は馬車を目で追った。
馬車の進行方向、知千佳たちから見て右側の先に何かがいた。
両手に盾を持った少女だ。
少女は、真っ直ぐにこちらへと駆けてきている。
馬車に向かって一直線。避ける素振りはまったくなかった。
当然このままでは激突する。
ギリギリで避けるつもりなのかと知千佳は思ったが、少女は盾を前方に構えて突き進むだけだった。
状況から考えると、盾で馬車を防ぐつもりらしい。
少女は小柄で、盾は丸く小さい。
常識で考えれば、疾走する馬車を受け止めるなど無謀でしかないが、少女の顔は自信に満ちあふれていた。
「死ねぇ! タカトーヨギリ!」
少女が叫び、馬車と激突する。
空に舞い上がったのは馬車のほうだった。
馬車を跳ね返した少女は、後続のモヒカンどもまでついでとばかりに吹き飛ばし、そこでようやく停止する。
結構な距離を進んでいた馬車と騎馬は、知千佳たちの前に大きな音を立てて落下した。
「あまりの急展開で、話についていけてないんだけど!?」
「俺の名前らしきものを呼んでたな」
「当たり前というかなんというか、当然のように事切れておるな」
馬車の御者やモヒカンたちはごく普通の人間だったようで、高所からの落下には耐え切れなかったらしい。
「これ、どうしたら……」
「お墓でも作る?」
「高遠くんが死者を前にして今までにない常識的な反応を!」
「自分で殺した敵をわざわざ埋めてやろうとかは思わないけど、無関係の人たちだからね」
「無関係……なのか? あやつは小僧の名を呼んでおったようだが」
皆でいっせいに少女を見る。
何かを成し遂げたということなのか、少女は喜び飛び跳ねていた。
「……関わらないほうがいいよね……」
「反対側に行こうか」
知千佳たちは馬車がやってきたほうへと向かうことにした。
「ああ! タカトーヨギリ反応が消えてない! もしかして馬車の中?」
背後からそんな声が聞こえてくる。
「高遠くん……」
「うん。無関係ってのも、無理そうな気がするな」
知千佳もそう思いながら、少女から距離をとるべく歩いていく。
「馬車の中には荷物だけ……ということは! おーい、そこの人!」
この場には他には誰もいない。
知千佳たちに呼びかけているのは間違いなかった。
「呼ばれてますけど?」
「無視しても突っかかってくるんだろうな……なに?」
夜霧が振り向いたので、知千佳もそれに続いた。
少女がすぐ近くまでやってきていた。
小柄な少女だ。
素朴な村娘といった格好をしているが、目を引くのは両手に持つ丸い盾だろう。
武装らしき物はそれだけで、武器の類は他には身につけていない。
「お前がタカトーヨギリか!」
「……そうだけど?」
一瞬の間は、しらばっくれようか迷ったためだろう。
「普通、あんたみたいな極悪人は暴走する馬車に乗って高笑いしてたりするもんでしょ! 一般人を装ってそこらを普通に歩いてるとかなんなのよ!」
「滅多にみないレベルの逆ギレだな!」
「そう言われてもね。あんたのほうこそ極悪人の資格があるんじゃないか? いきなりやってきて人違いで何人も殺すとかひどいだろ」
「そ、それは……」
言われて気付いたのか、少女は見るからに狼狽しはじめた。
「せ、正義のためだから……」
「散々悩んだあげくの答えがそれなんだ」
「正義のためだとして、けど、なんの覚悟もなく、関係ない人を殺したんだろ?」
「う、ううう……助けて! 神様!」
追いつめられた少女は、唐突にその場に跪き神に祈りだした。
「えーっと……」
今さら神に祈ったところでどうにかなるとは思えない。
だが、しばらくして少女は微笑みとともに立ち上がった。
「大丈夫! 新たな力を授かったわ! 間違えたならやりなおせばいいのよ! シールドリザレクション!」
少女が両盾を頭上に掲げる。盾は光り輝き、あたりを照らしだした。
夜霧が反応しないので攻撃ではないのだろう。
しばらくして、倒れていた男たちが動きだした。
「もしかして生き返ったの!?」
「蘇生って言うぐらいだからそうなんだろうな」
蘇った男たちはしばらくぼんやりしていたが、状況を把握したのだろう。
馬車の男は慌てて逃げ出し、モヒカン刈りの男たちは馬車の荷を物色しはじめた。
状況はわからないままだが、馬車の荷を巡る攻防だったようだ。
「どう? これでなんの問題もないでしょ!」
「なかったことにはできない気がするけど、それで、あんたは何者なんだよ?」
「私は神の使徒、ビビアン! マルナリルナ様から使命と力を授かった女! タカトーヨギリ! 世界を脅かすあんたを始末する者よ!」
ビビアンは、盾をびしりと夜霧に向けた。




