第11話 こんなサービスシーンは誰得なんでござるけど!?
「ラグナが勇者って、いったいなんの冗談だよ?」
そう言うのはラグナの父親、ラスクだった。
その声には怒気が含まれているが、怒っているのかどうかはよくわからない。
なぜなら、彼は普段からこんな調子だからだ。
「あー、その、現在のクラスは村人なんでござるが、村人とか農民から勇者へのクラスチェンジというのは、それなりにある事例かと……」
「クラスってなんだぁ? 馬鹿にしてんのか、こら」
ラグナは少々落胆していた。この村から飛び出し、物語のような冒険の旅へ。それを後押ししてくれるかと思えば、花川はかなり弱腰だったのだ。
ここはラグナの家の居間だ。ラグナと花川は、テーブルを挟んでラスクと向かい合っていた。
「だいたいよぉ。どうにか蜥蜴を狩れる程度のラグナに勇者なんざ務まるわきゃねーだろうが。鹿とか兎を狩れるようになってから言えってんだ」
「その、鹿とか兎というのは何かの隠語でござるか?」
「鹿は鹿、兎は兎だろうがよ!」
馬鹿でかい声でラスクに怒鳴りつけられ、花川は縮こまった。
鹿や兎は森に棲む動物だ。
ラグナは狩れるのではないかと思っているが、まだ狩猟許可は出ておらず、それらが棲息する森の奥は立ち入りを禁じられていた。
「いえその、拙者、強さを鑑定できるのでござるが、ラグナ殿はかなりお強いと思うのでござるよ。勇者といっても遜色がないようなですね……」
花川はラスクに怯えていた。
その気持ちはラグナもとてもよくわかる。ラスクは顔が怖いし、声は常に威圧的で、がっしりとした体格は並々ならぬ圧力を放っているからだ。
だが、それでは困るのだ。ラグナが一人で村を出たいと言ったところで、相手にもされないだろう。
なので第三者の助力が必要となる。どうにかして、ラスクを説得してもらう必要があるのだ。
ラグナは、いつか村の外に行きたいとは思っていたが、勝手に出ていこうとまでは思っていなかった。
いや、こんなことでもなければ村を出ていくきっかけすらなかったかもしれない。
このままこの村で何をすることもなく年老いて死んでいく。それが当たり前であり、わずかな冒険心を燻らせながら、変わらぬ日常を過ごしていくはずだったのだ。
そこに、彼らがやってきた。
ラグナが預言で示された勇者であると言い、世界を救うための冒険へと誘ったのだ。
「あぁ? このボンクラの何がつえぇってんだ? その鑑定ってので強さがわかるってんなら、俺を見てみやがれ」
「では……レベル七万二千って……この村の人たちは、どいつもこいつも、どうなってるんでござるか……」
ラスクの身体からは、怒りのためか湯気のようなものが立ち上がっていた。
「その様子だとどうやら俺のほうが強いってことらしいな? 俺よりよえぇ、こんなクソガキ連れてってなんの役に立つってんだよぉ!」
それはラグナも疑問に思っていたことだった。
なぜ自分なのか?
この村にはラグナよりも強い者はいくらでもいるのだ。冒険に誘うなら、彼らのほうがよほど役に立つことだろう。
そもそも、なんの変哲もない辺鄙な村で勇者を探しているのも、おかしいと言えばおかしかった。
「あーいや、そのなんというでござるか……そう! 将来性とか成長性! そーゆーので選んでる? ようなわけでして……」
言っている本人が信じていないのだろう。苦しい言い訳にしか聞こえなかった。
「なあ? こいつにそんなもんあると本気で思ってんのか? 成長性ってなら、川向こうのジョニーはどうだ? あいつはラグナよりわけぇが狩りの腕前は上だ」
「えーっと、ラグナ殿のほうが可愛い顔をしてるから……とかでござるかね?」
「田舎もんだと思って馬鹿にしてんのか! 怪しすぎるんだよ、てめぇはよ! ラグナ! こんな奴の口車に乗るなんざ、阿呆かてめぇ! 村を出ていくのは許さねぇからな!」
ラグナは、花川を恨めしげに見つめた。こんなしどろもどろな説得で、ラスクが納得するわけがないのだ。
「うう……怖い顔のおっさんに、なんのひねりもない罵声を浴びせられるというのは想像以上に堪えるのでござるよ……どうせ口汚く罵られるのなら、せめて美人軍曹とかそーゆーのでお願いしたいのでござる……」
花川は、案外堪えてはいないようで、どうにか抗弁を続けている。
だが、ラスクは完全に気分を害してしまっていた。こうなったラスクは意地でも意見を変えないだろう。
――僕の冒険は……こんなことで、始まりもしないで終わるっていうの?
「世界を救うには、ラグナの力が必要なんですよ、お父様」
ラグナが絶望的な気分に沈みかけたところで、女の声が聞こえてきた。
いつのまにか、九嶋玲が居間にやってきていたのだ。
「あぁ!? なんだてめぇは!」
ラスクの怒声など気にする様子もなく、レイはラスクの隣に立って肩に手をかける。
「世界か……だったらしょうがねぇな……」
すると、途端にラスクの態度が軟化した。
「けど、なんでうちの息子なんだ?」
「それは預言によるものです。ラグナが世界を救うと預言に出たのです」
「預言か……じゃあそうなんだろうな。行かせるしかないよな……」
「はい。ということで、お父様のお許しも出たことですし、行きましょうか」
「え?」
あまりの急展開に、ラグナは混乱した。
あれほど頑なだった父親が、あっというまに意見を変えてしまったのだ。
さすがにこれはおかしいと思ったのだが、玲が腕を組んできた瞬間、そんなことはどうでもよくなっていた。
大手を振って村を出ていけるのだから、些細なことを気にしても仕方がない。そんな気分になったのだ。
「うう……そんな簡単に説得できるのなら、拙者が涙目になりながらがんばったのはなんなんでござるか……」
「面白そうだったから? あ、ラグナは気にしないでね。花川くんは心を鍛える修行をしてただけなの」
「そうなんだ。父さんを相手によくがんばったね」
ラグナは、玲に引き連れられて、家の外に出た。
外には、丸藤彰伸と三田寺重人が立っていた。
「許可は得られたんだな。じゃあ、まずは旧魔王城に行って、それから東の島国エントだな。頼むぜ、リーダー」
重人が軽く、ラグナの肩を叩いた。
「え? リーダーって僕が?」
「そうだよ。頼りにしてるよー」
彰伸も同調する。すっかりラグナがリーダーということに決まっているようだった。
「ラグナには私たちを率いてもらわないと。大丈夫、ちゃんとサポートするからね」
いきなりリーダーなんて無理だ。そう思ったのは一瞬のことで、玲に言われると、なんだかやれるような気になってきた。
「わかったよ。ところで、魔王城とかエントって何をしにいくんだろ?」
「勇者の剣の材料を集めるんだ。今はまだいいが、いずれそこらの剣じゃラグナの力に耐えきれなくなるからな。特別製のを作るんだ。ラグナのためだけのラグナ専用の剣だ」
「僕の、僕だけの剣……」
勇者が持つ、特別な剣。
それは、冒険を夢見ていた少年の心を燃え上がらせるには、十分な響きだった。
*****
花川たちは魔王城で魂鋼という素材を入手。
その後、大陸の東端へ移動して船に乗り、数日後にはエントの港町に辿り着いていた。
「ああ……もしかして、拙者は逃げださないほうがよかったのでござろうか……そうしたら今ごろは、温泉とかできゃっきゃうふふなことがあったやもしれぬではないですか! あわよくばラッキースケベ的なことが起こったりとか!」
その港町にある宿屋の一室。
花川は部屋の隅にうずくまり、ぶつくさと言っていた。
「豚くん、うるさいよ?」
丸藤彰伸がやってきて、呆れ気味に言った。なんど痛めつけても花川が懲りないからだろう。
「はい、すまんでござる!」
「作戦会議やるからさ、豚くんも来なよ」
「へ? 拙者ごとき豚が参加させていただいてもよろしいのですか?」
「なんなんだろ、へりくだってるくせになんだか馬鹿にされてるような気がするのは……まあいいよ。ラグナくんの手前、お前だけほっとくわけにもいかないだろ。一応は仲間なんだからさ」
「はあ、そういうことでござるか。ではお言葉に甘えて」
けっきょく、花川はござる口調に戻っていた。
パーティメンバーも一々咎め立てるのも面倒になってきたのか、もう何も言ってこない。
彰伸についていき、花川はテーブルに着いた。
重人、彰伸、玲、ラグナ、花川の五名でテーブルを囲むことになる。
「とうとう東の国、エントまでやってきたけど、どうしたらいいのかな?」
リーダーのラグナが聞く。彼自身には特に何かをしなければという理由はない。彼は、彰伸たちに乗せられているだけなのだ。
「まあ、俺のオラクルに任せといてもらえば間違いはないですよ」
そう言って、預言者の重人が一冊の本をテーブルに置いた。
「……なんか、大丈夫? 攻略本だよ? みたいな感じの本ですな」
「ま、そのとおり、これはこの世界の攻略本だよ」
「しかし、何を攻略するのでござるか? そもそも丸藤殿たちの目的が見えぬのでござるが……」
「賢者をどうにかしないと俺たちに未来はない。ラグナくんも悪の賢者たちがこの世界で好き放題やってるのはもちろん知ってるよね」
「そうなの? 賢者たちはこの世界を守ってるって聞いたけど」
「そうなのよ、ラグナくんは悪の賢者を倒して世界を救うの」
ラグナの隣にいた玲がラグナに抱きつき、これ見よがしに胸を押しつける。
「わかったよ。賢者を倒せば世界は平和になるんだね!」
――うん。あからさまに操られてる感じでござるな!
玲のクラスは運命の女。男を籠絡するギフトの持ち主だった。
「しかし、賢者なんかほっといてもいいかと思うのでござるが。丸藤殿たちはそれぞれとんでもない力の持ち主でござろう? 好き勝手生きていけるのでは?」
「そうはいかないんだよ」
そう言って重人が攻略本を花川に押しつけた。読んでみろということらしい。
『賢者を倒すには世界剣オメガブレイドが必要だ! エントでの最重要目標が世界剣の取得なんだけど、ここには賢者ヨシフミがいるぞ! 剣を入手する前に遭遇すると全滅は必至! けれどヨシフミは賢者にしては珍しく皇帝なんてやってるので、居場所は限定されている。慎重に立ち回れば回避できるはずだ!』
「ぶはっ! 世界剣オメガブレイドって!」
「そこじゃねーよ」
『ワンポイントアドバイス:あまり強くなりすぎるとはぐれ賢者に認定されて刺客がやってくるぞ! 今の君たちでは絶対に賢者には勝てないから、目立つ行動は控えよう!』
花川は賢者アオイのことを思い出した。
はぐれ賢者とは、賢者並みの力を持ちながら賢者になろうとしない者のことであり、アオイはそういったはぐれ賢者を狩る役目を担っていたのだ。
「ははぁ。しかし、びっくりマークの多い本ですなぁ」
花川はどうでもいい部分に注目していた。
「そういうわけでだ。明日は首都に向いつつ、オメガブレイドの素材も入手する」
彰伸が花川の肩を叩いた。
「へ? なんでござる?」
「お前にも重要な役割があるんだ」
彰伸は、妙に優しかった。
*****
「こんなサービスシーンは誰得なんでござるけど!?」
花川は裸だった。
正確に言うならばパンツだけは身につけているのだが、だからと言ってなんの慰めにもならない。
花川は、白旗を精一杯掲げて山頂にある砦へと嫌々ながら歩いていた。
「正面から、一人で、丸腰で行ってもらう」
そう言ったのは預言者の三田寺重人だ。
なんでも砦の連中が無血開城する条件がそれらしく、無血開城イベントがオメガブレイドの素材を入手する条件の一つになっているらしい。
なので、花川は一人だった。
パーティメンバーたちは、砦から少し離れた場所で待機しているのだ。
「うう……なんで拙者がこんなことを……誰でもいいというか、こーゆーのはチョーすげえ武装をしてる勇者様がやるからこそ意味があるんでしょうが! 拙者が裸になったところで特に戦力が下がったりはせんのでござるが!」
ぐちぐち言いながらも花川は進んでいく。
重人たちが花川を仲間にしたのは、こんな時に使うためのようだった。
多少は打ち解けたような雰囲気になっていたが、そんなことはまるでないらしい。
花川が向かっている砦は難攻不落として知られていた。
それもそうだろう。山頂にあるその砦からは周囲一帯が丸見えなのだ。
当然、裸で白旗をひらひらさせながら近づいてくる怪しげな奴のことなどすでに察知されており、警戒されているはずだった。
「まあ、でもあれですよ。無血開城イベントとわかっておるわけですから、攻撃されたりはせんのでござるよね? そう考えれば美味しいイベントとも捉えられますな。見方によっては一騎で砦を落とすとも言えるわけでござるからして! するとですよ、結果的に拙者が勇者ということになるのでは?」
なんの根拠もない妄想をしながら花川が山を登っていると、砦の見張り台らしき塔の上に人影が見えた。
メイド服を着た少女で、手には大きな弓を手にしている。
「なんといいますか、実にありがちですな。なんで誰もかれもメイドに戦わせたがるのか? まあ、そうは言いつつも、拙者も嫌いではないでござるがね。ドゥフフ」
少女が弓に矢をつがえ引いていく。その矢も弓に劣らず巨大なものだ。
狙いは花川以外にありえなかった。なにせここには花川以外には誰もいないのだ。
「えーと? 無血開城……でござるよね? 威嚇的なものでござろうか? まあそうでござるよね。何か敵っぽい奴が近づいてきたらとりあえずは警戒するでござるよね。そして、拙者が丸腰どころか服も着ていないことに気付いて、その豪胆さに感心して門が開かれると、こういう筋書きで――」
矢の先端が光り輝いていた。
明らかにただ矢を放つだけではない。そう気付いた花川は斜め前へと飛んだ。
なぜなら、停止と後退は禁じられていて、その禁を破れば殺されるからだ。
「おうふ!」
矢がすぐ側を通り抜け、花川はよろめいた。直撃こそしなかったものの、矢が纏う暴風が周囲を攪乱していったのだ。
『トマッタナ?』
耳元からの声に花川は凍り付いた。ほんの数秒のことではあるが、よろめいて足を止めてしまっていたのだ。
「と、止まってないでござる! 気のせいでござるよ!」
そして、背後からの轟音と共に、花川は前方へと吹き飛ばされた。矢が大地を抉り、爆裂したのだ。
顔面から派手に地面にぶつかった花川だが、慌てて起き上がり前へと進んだ。
『チッ!』
謎の声が悔しそうにしているので、どうやらルールは守れたらしい。
「何が無血開城なんでござるか! 少なくとも拙者の血は流れるのでござるが!?」
そして、花川は見た。
矢を放ったメイドの隣に、もう一人のメイドがあらわれたのだ。
「えーっと……」
とまどいつつも花川は歩みを止めない。止めることができなかった。
そして、見る間にメイド少女たちは数を増やしていった。
砦の至る所にあらわれる彼女たちは、メイド軍団とでも呼ぶに相応しい偉容だ。
「なるほど、なるほど。盗賊が占拠している砦としか聞かされてはおりませんでしたが、どうやらメイド盗賊団ということなんでござるね。というかですよ? そもそも盗賊相手に無血開城ってありえるんでござるかね?」
今さらながら、大前提に疑問を抱く花川だったが、そんなことはどうでもいいような光景が眼前に展開されはじめていた。
メイドたちが一斉に矢をつがえたのだ。
先ほどと同じく矢の先端が輝いている。見応えのある光景ではあるが、呑気に楽しんでいる余裕などありはしなかった。
「……ちなみに、止まったり、退がったりすると死ぬと聞かされてるのでござるが、具体的にはどうなるんでござるかね?」
『貴様ノ耳ノ中ニイル俺ガ爆発スル』
「あんたも死ぬでしょうが!」
『ソノタメニ生ミ出サレタノダ。何モ問題ハナイ』
創造主の丸藤彰伸が創り出した生き物に、死の恐怖はなさそうだった。
何千という矢が向けられる中、止まることのできない花川は、できるだけゆっくりと歩いていた。
何かできることはないかと考え、メイドたちを鑑定する。
戦闘メイド。
平均レベルは200ほど。基本となるメイドスキルに加え、様々な格闘技、武器術、魔法術をも持ち合わせているオールラウンダーだ。
「一人が相手でも勝てる気はしませんな! ……そうでござる! 拙者が以前から集めているアイテムで何か……って、アイツらに根こそぎ持っていかれたのでござった!」
花川はアイテムを大量に格納できるアイテムボックスのスキルを持っている。だが、中身は全て重人たちに奪われていた。
「いや、落ち着くのでござる。何か手があるかもしれませんしな。降り注ぐ矢を全て回避しきるとか、耐えきるとか……ってできるわけがないでござるよ!」
花川のレベルは99だが、近接戦闘系ジョブではないので身体能力は高が知れていた。
回復能力だけは一人前だが、あの矢をまともに喰らっては跡形も残らないだろう。どんな重傷でも生きてさえいれば回復できるが、即死ではどうしようもない。
ではこちらから攻撃するという手を考えるも、花川にはろくな攻撃手段がなかった。
使える攻撃手段として呪弾があるが、これは威力、射程ともに拳銃程度のものだ。
ここからでは届くはずもないし、高レベル戦士に通用するものではないだろう。
花川の能力は回復に特化しているのだ。
「あれ? もしかして、本当に拙者、詰んでいるのではござらんか?」
逃げれば頭が爆発するし、このまま進めば尋常ではない威力を秘めた矢が雨のように降り注いでくる。
『終ワッタナ』
「お前が言ってる場合じゃないでござるよ! 一蓮托生ではござらんか!」
耳の中にいる何かに死の恐怖はないのだろう。どこか他人事のような物言いだった。
「……ああ……種付けおじさんになりたいだけの人生でござった……拙者のモブっぽいビジュアルなら案外いけそうな気がしていたのでござるが!」
『……オ前……何ヲ言ッテ……』
「謎の生物に引かれたくはないのでござるが!」
『俺モドウセナラ、モウ少シマシナ奴に取リ憑キタカッタ』
「自我が芽生えるならもうちょっとましな切っ掛けでやってほしいのですが!?」
『足ガ止マリカケテイルゾ?』
「今さらどうだというのでござる! どうせ死ぬなら、どちらにせよ――」
そんなどうでもいい会話に時間を費やしているうちに、あっさりと矢は放たれていた。
それは空を埋め尽くし、文字どおり雨のように降り注ごうとしている。
今さら逃げる場所などどこにもなく、最悪の運命がすぐそこにまで迫っていた。
「ほ、ほら、これはあれでござるよ。有名な三択ですな。ハンサムの拙者は突如反撃のアイデアがひらめいたり……はまったくしないので、現実は非情ですな!」
花川は立ち止まり、目を閉じた。
何本もの矢が全身を貫いて穴だらけになるのか、一撃で全身が消し飛んでしまうのか。それとも矢で死ぬ前に頭が爆発するのか。
目を閉じたまま、花川は最期の瞬間を待ち構える。
だが。
いつまで経ってもその瞬間は訪れなかった。
「……気付いてないだけで、もうすでに死んでいる、とかなんでござるかね……」
ちらりと目を開ける。
目の前に少年の背中が見えた。
ラグナが花川をかばうように立っていたのだ。
「おおおぉぅ! あれですか! 仲間が来て助けてくれるっていうあれでござるかぁ! ありえないと思って選択肢から除外しておったのですが!」
「さすがにこれ以上はほっとけないよ」
ラグナが軽く剣を振る。
それだけで、天を覆うような矢の雨は消し飛んでいった。
メイドたちは次々に矢を放っているのだが、ラグナの剣はそれをあっさりと無効化しているのだ。
ほっとした花川は、先ほどからずっと立ち止まっているのに死んでいないことに気付いた。
「えーと、これはいったい……止まったり退がったりしたら死ぬという話でしたが……」
「僕たちの近くでは爆発しないって言ってたよ?」
花川を守りながらラグナが言う。
「おおう、拙者が自暴自棄になってツッコんでくるとかまで想定しておったのですか! 用意周到でござるな!」
花川自身は、そんなことはまるで考えていなかった。頻繁に絶望して死を覚悟してはいるが、生きてさえいれば、逆転の目もあるからだ。
「しかし、もう無血開城とか無理なのでは?」
「うん。もともと小数点以下の確率でしか成功しないらしいよ」
「それ切り捨てられて、成功確率ゼロってやつではないですかね!?」
重人の預言書に嘘は書いていないのだろう。だが、まるで信頼はできないようだった。
「で、ラグナ殿が、守ってくれているのはいいとして、どうしたものでござろう? いつまでもこうしてはいられませんし」
「そうだね。でも、怪しい奴に攻撃してるだけの相手を、こっちから攻撃するのも気が引けるんだけど」
「あ、やっぱり拙者、攻撃されてもおかしくないぐらいに怪しいでござるか」
「その、裸で迫ってくる不審者だし……」
純朴な少年にまで不審に思われている花川だった。
「ですよねー!」
花川がそう言うと同時に、砦に異変が起こりはじめた。
砦が揺れているのだ。
揺れはしだいに大きくなっていき、そのうちメイドたちは立っていられなくなった。中には振り落とされる者も出てきたようだ。
「これは……いったい……」
花川は呆気にとられた。メイドたちは攻撃どころではなくなり、ラグナも一旦は剣を収めている。
そして、砦が一気に立ち上がった。
「はぁ!?」
足が生えたのだ。
巨大な、脈打つ肉の塊が砦の底から何本も生え、その重量を支えている。
砦自体もどこか生物じみた様相をあらわしていて、表面には血管らしきものが張り巡らされていた。
「これが創造主の力なのかな。すごいね」
「無茶苦茶すぎるでしょうが……」
これほどの力があるなら、攻略情報に従ってイベントを消化する必要などないのではと思う花川だった。




