第3話 その聞き慣れない言葉はアメリカの風習なのかな!?
知千佳は一人、王城近くにあるホテルの一室に戻っていた。
王都にやってきて、最初に確保した宿だ。
このホテルは高層建築であり、上層階は肉海の被害を免れていた。
知千佳は、ここに荷物を回収しに来たのだ。
「あー、けど一人で来ちゃってよかったのかなー」
正確に言うならば、背後霊のもこもこがついてきていた。
『確かに多少の危険はあるが、一人のほうが移動が楽だしな。小僧を連れてほいほいとここまでやってくることはできんぞ?』
知千佳が腐肉の海をものともせずにここまで来ることができたのは、着ているバトルスーツのおかげだった。
それは高速移動と人の域を超える跳躍を可能とし、部分的に変形して壁などに取り付くことなどもできる。ある程度の距離ならば紐状にして伸ばし、身体を引き上げることもできた。
『まあ、わざわざ荷物を回収する必要があるか? という点は疑問だがな』
「荷物は買えばいいんだけどさ、お金は必要でしょ」
財布に入っているだけでは心許ない。今後旅を続けるには、それなりの資金が必要だった。
知千佳は部屋の隅に置いてあったリュックを確認した。花川から巻き上げた財宝がほぼそのまま残っている。
この莫大な財宝の入手先をクラスメイトに説明するのもめんどうなので、宿に置いていたのだ。
「あと、この子」
知千佳はベッドの上に横たわる少女を見つめた。ロボットらしいのだが、外見からはまるでわからない。夜霧の友達である皇槐を模しているとのことだった。
『ふむ。しかし、人一人連れて帰るとなると……』
「背中にくくりつけるとかしたら大丈夫じゃない?」
『いや、どうにかなるかもしれんな』
もこもこが槐の顔をのぞき込み、何やら考え込んでいる。すると、槐の指がぴくりと動いた。
「え?」
「うむ。どうにかなったな」
槐がもこもこの口調で喋っていた。そして、槐が身を起こしてあたりをぐるりと見まわす。
「槐への侵入に成功した。これで自由に操ることができる」
「この背後霊もうなんでもありだな! 乗りうつったってわけ?」
『そういうわけでもない。遠隔操縦といったところか』
今度はもこもこが喋った。
「あー、電波ゆんゆん発信できるからねー」
もこもこは電波の受信と発信ができる。それを応用すればそんなこともできるのかもしれないが、知千佳は理解するのを諦めた。
「ま、自力で移動できるのだから、多少はましであろう。荷物は回収できたな?」
「回収できたけどさ。最上階に誰か残ってたりは……」
「……確認するのか? いたとしても連れていくのは無理だろう?」
槐がベッドから下り、身体を動かしながら言う。
上層階は肉の侵蝕が及んでいない。当然、生き残りの人間がいる可能性があった。
「でも、放っておくのもなんだし」
王都にいる全ての生き残りを気にかけてはいられないだろう。だが、すぐ側で困っている人がいるかもしれないのに放っておくのは、あまりに非情だと思えたのだ。
『ふむ。ではまず我が見てきてやろう。いきなりお主が行ったのではややこしい話になるかもしれぬしな』
槐がベッドに腰掛け、もこもこは壁を通り抜けて隣の部屋へと行ってしまった。
どうやらもこもこ自らが動いている間は、槐の操作はできないらしい。
「槐ちゃんか……」
知千佳は恐る恐るほほに触れてみた。柔らかく弾力のある皮膚はとても人工的に作られたものだとは思えなかった。
これほどまで精巧に作られたロボットが存在しているなど信じられないほどで、ならばこのロボットは本物に瓜二つなのだろう。
年齢は知千佳よりは少し下に見える。しかし、とても美しく、作り物めいた美貌に嫉妬すら覚えるほどだった。
「って、作り物は作り物なんだけどややこしいな!」
「おい!」
「うわっ!」
突然槐が口を開き、知千佳は驚いた。
そして、壁を通り抜けてもこもこがあらわれる。
「ねえ? 今槐ちゃんで喋る必要あったかな!」
『ただびっくりさせてやろうと思っただけだ!』
「開き直んな! で、どうだったの?」
『うむ。確かに生き残りは何人かおる。が、心配せずともよい。すでに助けは来ておった』
「助けって? この状況のこの街にどうやって……」
『塔で聖王というのに会っただろう? あやつが来ておった。なのでお主が助けに行く必要はない』
「あ、そうなの?」
聖王は、魔神を封印し続けていた、剣聖よりも上位の存在らしい。
彼女ならどこからともなくやってきて、ここから街の人を助けだすぐらいのことはできるのかもしれないと、知千佳は納得した。
「じゃあ、挨拶ぐらいはしておいたほうがいいかな?」
『やめておけ』
「どういうこと?」
『うまく説明はできん。が、箍が外れておるとでもいうのか。なんとも言えぬ雰囲気を醸し出しておったのだ』
もこもこがいつになく真剣な様子だったので、知千佳は従うことにした。
「聖王は下の階にいた。今のうちに屋上から脱出する」
槐が先導するので、知千佳は荷物を持ってついていった。
脱出方法は前回と同じだ。
ここから滑空して街の外を目指す。槐は荷物を背負って、知千佳にしがみつくのだ。
「信用はしてるんだけど、慣れないよね。これは」
そうは言いつつも、知千佳は前回よりも思い切りよく屋上の端から飛び出した。
知千佳の背から翼が生え、大気を捉える。すぐに安定した滑空に移行した。
知千佳は振り向いた。翼の間から、ホテルのほうを見る。
聖王がいた。
窓から外を見ていたのだ。
塔で一緒に過ごしたのは、ほんの一時だけのことだ。それでも、聖王の高潔さや、気高さは十分に伝わってきた。目の前にいるのが聖人なのだと無意識に感じ取れたのだ。
――なんだろ、何か嫌な感じが……。
彼女は聖王のはずだし、この距離からでもそれは窺い知れる。
だが、決定的な何かが欠けてしまっているような、言い知れぬ不気味さのようなものを、知千佳は感じ取っていた。
*****
知千佳が荷物を回収して戻ってきても、夜霧はまだ寝続けていた。
――けど、どうしたもんかな……。
ガタガタと揺れる馬車の中は沈黙に包まれていた。
リズリーたちの事情は一とおり聞いたが、肝心な部分は夜霧が起きてからという雰囲気だ。
諒子とキャロルからすれば、リズリーたちは突然あらわれたよくわからない人物だろうし、特に聞くべきこともないのだろう。
「この馬車ってどこに向かってるんですか?」
なんとなく同行する雰囲気になっていたが、目的地を聞いていないことに知千佳は気付いた。
「ああ、とりあえずは王都から離れている。我々も大所帯だからな。避難民と軋轢が生じるようなことは避けたい」
「大所帯?」
そう言われても目の前にいるのは、リズリーとテオディジアとエウフェミアの三人だけだ。
他にいても、馬車を操る御者ぐらいだろう。
「仲間を捜しながら移動していると言っただろう」
テオディジアたちが暮らしていた半魔の里は橘裕樹に襲われ、見目麗しい女たちは連れ去られた。
その後、裕樹が死に、半魔の女たちの行方がわからなくなっているのだ。
「存外、多く見つかってな。後続の馬車でついてきているんだ」
大所帯が故に、テオディジアたちが先行して状況を確認しているとのことだった。
「そんなに多いんですか?」
「里の者はそれほど見つかっていないんだがな。囚われの同胞が思った以上にいたんだよ」
テオディジアは複雑な表情を見せた。
本当に助けたいのは里の者なのだろう。だが、見知らぬ者たちとはいえ同胞を見捨てるわけにもいかないのだ。
「現時点では百名ほどか。この調子ならこれからも増えていくことだろう」
「百って!」
想像以上の人数に知千佳は驚いた。
「エウフェミアの感知能力は実に優秀でな。見つけてしまう以上助けないわけにはいかないんだよ」
捜すのを止めるのも、見つけておいて見捨てることもできないのだろうが、あまりに増えすぎれば統制が取れなくなる。
テオディジアはその点で悩んでいるようだった。
「あ、レインが残した財産があるので、私お金持ちなんです。だから物資的な意味では大丈夫なんですけど、さすがに増えすぎちゃうと、移動も大変っていうか……」
リズリーも少し困ったように言う。
ここで問題になるのは、救出しているのが半魔だということだ。
半魔はこの世界では怖れられ、忌み嫌われている。百名規模で徒党を組めば、何もしなくとも危険視されることだろう。
「ここまででも結構襲われているんだ。私とエウフェミアでどうにか撃退はしてきたんだがな」
半魔は一般の人間に比べれば強いが、圧倒的といえるほどでもない。本格的に討伐を目的とした部隊を差し向けられた場合、太刀打ちできない可能性が高いだろう。
「まあ、高遠殿に会うというリズリーの目的は達成できた。今後のことについてはあらためて考えることになるだろう――と、見つけたようだな」
「何をですか?」
「温泉だが?」
「なんで本気で温泉探してんの!?」
「入りたいんだろう?」
「え? いや、どうなんだろう? 別に入りたくないわけじゃないんだけど……」
知千佳は窓から外を見た。
樹木が動いていた。
馬車が進んでいくにつれて樹木が動いて、道を作っているのだ。
「え? え? どこに向かってるの?」
「温泉は山にあるものだろう」
「いやいやいや! なんなのこの無理矢理感は!」
本来、木々が密集した山の中を馬車が通れるはずがない。なのに馬車は木々などないかのように突き進んでいた。
「エウフェミアは吸血鬼になったことで、樹木に対しても支配力を行使できるようになったんだ」
「吸血鬼なんでもありだな!」
呆気に取られていると、森を抜けた。
そこは谷間だった。
二つの山の間を川が流れていて、少しばかり開けている。
そして、様々な場所から湯煙が立ち上っていた。
秘湯だった。
*****
「乳比べをするべきかと思うんだけど!」
「その聞き慣れない言葉はアメリカの風習なのかな!?」
知千佳はキャロルの視線に危機感を覚え、両腕で抱くように胸を隠した。
「えー? アニメとかだとよくやってるやつだよー。女の子同士できゃっきゃうふふするやつよー」
夕刻。知千佳、キャロル、諒子の三人は温泉に入っていた。
山間部の川近くに温泉郷とでも言うべき場所があったのだ。
それなりの空間があったので、ここで野営をすることになった。
半魔たちは、人里から離れた場所であればそれでよかったらしい。
後続の馬車でやってきた半魔たちも合流して、今はテントなどの設営が行われていた。
知千佳たちは特にするべきこともなかったので、温泉にやってきたのだ。
「てかさ! そんなことして何が楽しいの!?」
「なにー? それは王者の貫禄ってやつ? 諒子に対する嫌み?」
「勝手に私を持ち出さないでください」
「ねぇねぇ、それってやっぱりお湯に浮くの?」
「自分のでわかるでしょ!」
「しかたないなー。せっかくだから揉み合いっこしよっか!」
「なにがせっかくなのかさっぱりだな!」
「ずいぶんと楽しそうですね」
そこへリズリーがやってきた。
「あ、設営は終わったんですか?」
「まだですけど、私がすることも特になくて」
「だよねー」
『お主の場合は手伝おうにも、何をしていいやらわからんかっただけだろうが』
「悪かったな!」
言い返しつつも、手際と段取りの悪さには自覚のある知千佳だった。
「それはそうと、ここでのんびりしてていいの?」
「私の目的は夜霧さんに会うことだったので、これから先は特に急ぐ用事もないですね。エウフェミアさんたちにはいろいろとあるのかもしれませんけど」
「たびたび襲撃されているという話でしたが?」
気になるのか諒子が訊いた。確かにのんびり温泉に入っているところを襲われてはたまったものではない。
「はい。それは大丈夫です。エウフェミアさんが人除けの結界を張っていますので」
結界は土地に対して行う術で、気配を外部に漏らさない効果があるとのことだった。
結界は温泉郷全体を覆う大規模なもので、外部からはここに人がいると気付けなくなるらしい。
「だったらいいんだけど。ほら、ここってむっちゃ開けてる場所で、露天風呂としてはいい感じかもしれないけど、誰か来たら困るなぁって」
山の間を川が流れていて、河原にいくつも温泉が湧き出しているという環境だった。
知千佳のバトルスーツを構成している謎の物質で囲いを作ることもできるのだが、それはあまりにも風情がないということで、却下されていた。
「誰か来るって言っても、高遠くんぐらいじゃないの?」
「それが一番困るんだけど!?」
まさかと思いあたりを見まわし、さすがにそれはないと思い直した。
偶然そうなったならその状況を楽しむという夜霧だが、さすがに女ばかりが入っている温泉に突撃してくることはないはずだ。
「私は構わないですけど……」
リズリーはどことなく残念そうだった。
「いやー、さすがにリズリーちゃんを見て喜ぶようならぶん殴るけどね」
リズリーは小学生ぐらいにしか見えない。さすがにそれはまずかろうと知千佳は思う。
「なるほど。リズリーちゃんじゃなくて、私を見て! という女心というわけね!」
「私ならOKとかそーゆー問題じゃないな!」
「喜ぶかはともかくとして、温泉なら一緒に入ったりするんじゃない?」
「いや、高遠くんも、さすがにそこまで非常識じゃないと思うんだけど……」
「私は今の状態から成長できるのかがよくわからないのですが……知千佳さんぐらいあれば、夜霧さんも喜んでくれるんでしょうか……」
そう言ってリズリーがじっと知千佳を見る。
「えーっと、先にあがりますね!」
知千佳は気まずくなってきて、温泉を出た。
岩陰で着替えて、キャンプ地へと向かう。
設営はほぼ完了しているようだった。
河原に大きなテントがいくつも設置されている。それは移動式住居とでも呼んだほうがいいような代物だった。
「のほほんと温泉に入ってたのが申し訳ないような気がする」
『手伝う義理もないのだから、堂々と暇そうにしておればよいだろうが』
「これって本当に外からわからなくなってるの?」
テントの群れは目立っていた。遠目で見てもここに集落ができているのは一目でわかるだろう。
『吸血鬼の力なのか。結界はかなりのものだな。ここには何もないように見えているはずだ』
「吸血鬼とか、結界とか、やっぱり異世界なんだよねーここって」
今さらながらにそう思いつつ、知千佳は空を見上げた。
かなり上空に岩の固まりが浮いていて、建物らしきものもかすかに見えている。これまであまり意識していなかったが、空にも人が住む世界があるようなのだ。
『元の世界でも結界ぐらいはあるし、吸血鬼もおったぞ』
「マジで!?」
『家の近くにある中央病院は吸血鬼が運営しておったし、そこの娘は七体の眷属を従える吸血姫だったな』
「何なの!? そのラノベみたいな話は!」
『世の中にはお主の知らんことなどいくらでもあるのだ』
「まあ、背後霊もいるし、高遠くんみたいなのもいるなら、そーゆーのもあるのか」
何よりも異常な存在が身近にいるのだ。今さら、吸血鬼が近所に住んでいたことを疑っても仕方がなかった。
『ふむ。周りに人がおらんし、ちょうどよいかもしれんな』
「何が?」
『今後のことについてだ。お主、成り行き任せで流されておるようだしの』
「流されてって……まあ、そうなのか」
異世界に転移してからここまで、知千佳が何かを決定したことはそれほどない。
元の世界に戻るということでさえ、そんなことが本当にできるのかと半信半疑で、夜霧の方針に従っているだけなのだ。
『そもそも、半魔とやらと行動をともにする理由がなかろうが』
「そうだっけ?」
なんとなく仲間のようなつもりでいたが、言われてみればたいした理由はなかった。
『それにキャロルたちのこともだ。もう少し警戒してはどうだ?』
「え?」
特に何も考えていなかった知千佳は驚いた。そんなことを言われるとは思ってもいなかったのだ。
『キャロルたちは元々小僧の監視役だ。そう易々と信用などできるのか?』
「特に悪意は感じないけどなー」
『悪い悪くないは関係がないな。目的が違えば、道を異にすることもあるということだ』
「うーん。確かにちょっと考えなしだったかもしれないけど……」
だがそうだとして、どうすればいいのか。腕を組んで考えながら歩いていると、知千佳は違和感を覚えた。
遠くに何かが見えたような気がしたのだ。
注視すると、やはり何かが近づいてくるのが見えた。川沿いにこちらへとやってきているのだ。
「何か来てるんだけど!」
『ふむ。我々が目的ということか』
ここは秘境ともいえるような場所だ。エウフェミアが樹木を操ってここまでの道を作ったほどであり、偶然誰かがやってくるなど考えられなかった。
それは騎馬の一団だった。
「結界なんの役にも立ってないな!」
他のどこでもない。騎馬の一団は、知千佳たちに向かってまっすぐに駆けてきていた。




