第1話 素朴な村娘タイプでも拙者はいっこうにかまわんのでござるよ!
「ということで、またもや奴隷扱いなのでござるが」
誰に言うわけでもなく小太りの少年、花川大門はつぶやいた。
もともとぶつぶつと何かを言っては不気味に思われていた花川だったが、異世界に来てから独り言はひどくなっている。そうでもしなければやっていられないからだ。
「豚くーん。何ぶつぶつ言ってんの? うざいよ?」
背後からの声に花川はびくついた。小声だったので聞かれているとは思っていなかったのだ。
ここは、魔王城へと続く森の中。花川が最初に召喚された際にも来たことのある場所だった。
具体的にはイマン王国の南にある、魔王が治めていた魔国の中心部。魔王城へと至る最後の難関と言われていた森だ。
しかしそれも昔の話。魔王と魔王軍幹部が全て倒されたことで、魔王軍に使役されていた魔物は支配を解かれ、いずこかへ消え去ったという。
では、この森が安全になったかというと、そうとも言い切れなかった。ここには魔物以外にも、凶暴な野生動物が棲息しているのだ。
そんな森の中で花川は囮にされていた。野生動物が襲ってきた場合、真っ先に狙われるようにと、先頭を歩かされているのだ。
もっとも、こんな作戦にほとんど意味はない。この状況は、ただの嫌がらせでしかなかった。
「す、すまぬでござる」
花川は振り向いた。
そこには三人の少年と、一人の少女が立っていた。花川を合わせて、五人でパーティーを組んでいるのだ。
「なあ? そのござるってやつさぁ。馬鹿にしてんの?」
花川に近づいてきたのは、日本人の少年だ。
名は丸藤彰伸。花川と同じく、修学旅行中にこの世界に召喚された少年だった。
「い、いえ、そんなことは決して――はい?」
とりあえず謝ればいいだろうと花川は考えた。へらへらとやり過ごそう。なんなら土下座したっていい。
だが、それが甘い考えであることを、花川はすぐに思い知った。
彰伸は無造作に剣を突き出したのだ。
その行為には躊躇がなく、剣はあっさりと花川の丸い腹に突き刺さっていた。
「ぎゃー!」
花川はその場に倒れ込んで激痛に身をよじった。
彰伸はその無様な姿を見てあざ笑う。
「そんなことして大丈夫なの?」
この異常な光景を見て、素朴な雰囲気の美少年が驚いていた。
この地で生まれ育った少年で、名はラグナ。このパーティーのリーダーだ。
「大丈夫ですよ。ちょっとしたじゃれあいですから。ほら、花川。それぐらいの傷はさっさと治せよ。ラグナくんが心配してるだろ。なんか俺らが悪いことしたみたいな雰囲気になってるじゃん。空気読めよな」
心配しているラグナを丸め込もうとするのは、三田寺重人。
彼も彰伸と同様、修学旅行中に異世界召喚された少年だ。
「は、ははは。こ、これぐらい大丈夫でご……です。はい」
語尾は自重した。これ以上言えばもっとひどい目に遭うと直感したのだ。
花川は腹部の傷を治して立ち上がった。幸いこの程度の傷ならすぐに治せるが、痛いことには変わりない。
「ねえ。ラグナもやってみたらどう? 親睦の証に」
ラグナに寄り添うようにしている少女、九嶋玲が言った。
彼女も日本から召喚されてきた、花川のクラスメイトだ。
彼女たち三人は、バスから脱出して街に着いた後、すぐに姿を消していた。なので、クラスメイトによるバトルロイヤルには参加しておらず、こうして生き残っている。
「でも……」
ラグナは眉をひそめた。花川に対する暴力を快くは思っていないのだろう。
――そ、そうでござるよ! こんな鬼畜どもの言うことを聞いてはいけないのでござる! あんたは見るからに善人って感じでしょうが! ここは窘めるべきなのでござる! そして、拙者の待遇を改善するのでござるよ!
余計なことを言って機嫌を損ねれば殺される。花川は心の中で叫ぶことしかできなかった。
「そうね。確かに暴力はいけないことだわ」
「うん。友達同士だとしても、ちょっとね」
「けれど、ただ暴力が悪いというのは、一面的なものの見方だと思うの」
「どういうこと?」
「彼はこうやって、殴られたり、刺されたりするのが大好きなの。ほら、さっきから物欲しそうにこっちを見てるでしょ?」
――見てないでござるよ! これは恨めしげな顔かと思うのですが!
「田舎だとあまり見かけないかもしれないけれど、都会ではよくあることなのよ」
「そうなんだ。都会ってすごいんだね。僕、何も知らないから」
――田舎とか都会とかそういう問題ではないでござる!
「ふふっ。それはこれから学んでいけばいいの。さあ、彼と仲良くなりたいのなら、痛めつけてあげて!」
「なるほど……」
何を感じ入ったのか、ラグナは深く頷いていた。
――なるほどじゃないでござる! 拙者の性癖は主に視覚面に偏っているのでござるよ! 被虐嗜好はないのでござる! 仮に受け入れるにしても、美少女に嫌そうな顔をされながら踏みつけられるとか、そういうのでござる!
花川は逃げたかった。
だが、玲たちの視線は、逃げるなと、ただ甘んじて受け入れろと言っている。
ラグナが近づいてきても、花川は愛想笑いを浮かべることしかできなかった。
そして、ラグナの拳が花川の腹にめり込んだ。
「ぐおおおお!」
またもやの激痛に花川はその場に崩れ落ちた。
「ものすごく軽くやったんだけど……」
苦痛に悶える花川を見て、ラグナが不安そうに聞く。
「ええ。痛そうに見えるでしょう? 確かに彼は痛がっているわ」
「だったら、だめじゃないか」
「けれど、彼はその痛みに快感を覚えているの。今もあなたに親愛の情を抱いているはずだわ。これでまた一つ、仲良くなれたと思うなー」
「そうなんだ……いろんな人がいるんだね」
――ふっざけんなでござるよ! なんでそんなことを信じてるんでござるか!
花川は回復魔法を使用した。
だが、なかなか効果があらわれない。今も衝撃波が腹部で暴れ回り、内臓をずたずたにし続けているのだ。
花川は、回復しがたいダメージがあることを今さらながらに知った。
――うう……こんなことになるなら、一人旅なんてするんじゃなかったでござる……。
花川は、夜霧たちから逃げてきたことを後悔していた。
*****
魔神の肉で埋め尽くされた街の上空を飛翔し、壁を越え、花川たちの脱出は無事成功した。
「これは……ひどいありさまだな。いや、これでも助かったというべきなのか」
「おそらく、脱出できたのは、壁の近くにいた人たちだけでしょう」
「ま、高遠くんさまさまよねぇ。肉の増殖が止まってなければ、街の外に出たところで無駄だったわけだし」
避難用グライダーを降りたデイヴィッド、諒子、キャロルの三人は、王都と難民たちを見つめている。
花川は、その隙に逃げだしていた。
反射的なものだった。
逃げるなら、夜霧のいない今のうちだと、思ってしまったのだ。
だが、迷いもあった。本当に逃げてもいいのか。夜霧と一緒にいたほうが安全なのではないか。
その迷いが花川の足を鈍くし、とりあえず手近な岩陰に隠れるという中途半端な対応をとらせた。
「い、いや、これでよかったのでござる。あの場にいては、なんとなく仲間ということになってしまいそうですし」
花川と夜霧たちではこの世界における目的が異なるのだ。
夜霧たちは元の世界に帰るつもりのようだが、花川はこの異世界で面白おかしく暮らしたいだけだった。
「いや、けれど、ギリギリまで奴らを利用するという手も……」
夜霧の近くにいれば安全だ。だが、その夜霧が最大の危険でもあるのだ。
人をむかつかせる才能に定評のある花川なので、いつその力が花川に向けられてもおかしくはなかった。
どうしたものかと考えていると、空から知千佳と夜霧が下りてきた。
「って、知千佳たん、翼が生えているのですが! 天使でござるか!」
知千佳は、身体にぴったりと張り付くような黒いバトルスーツを着ていた。その背中に巨大な翼が生えていて、こちらに向かって滑空してくるのだ。
そして、知千佳の腰に夜霧が掴まっていた。
「って、その役を拙者がやってもよかったのではないですか!?」
うらやましげに見ていると、二人は着地に成功した。
「王都全滅ってわけでもなかったのか」
王都を見て夜霧が言う。
「あれ、花川くんは?」
近くの街に行くという段になって、知千佳が花川の不在に気付いた。
「そういえばいないな」
夜霧があたりを見まわしている。
「ふむ。まあ、あれですな。拙者、回復術士ですからな。しかもレベルは99でござるし、利用価値はあるので……って捜さないのですか!」
ざっと見まわして、それだけだった。夜霧は花川などどうでもいいという態度になっていたのだ。
「逃げたか。ま、連れていく義理もないからいいんだけど」
「花川くんは、元の世界に帰りたいって感じでもなかったしね」
知千佳までそんなことを言いだした。
「いやいやいや、確かにそうなんでござるが、どうしてもと言うならついていくのはやぶさかでもないのでござるけど!?」
だが、そんなことを岩陰で言っていても仕方がない。
花川がぶつぶつ言っていると、通りがかった馬車から可愛い女の子が降りてきた。
夜霧はその女の子に迫られていて、馬車からはさらに二人の美女が降りてくる。
「な……なんなんでごさるか、これは!? いろんなタイプの女子がよりどりみどりですか? ふざけんなでござるよ!」
美女や美少女が合わせて六名に対して、男は夜霧一人だけ。正確に言うならデイヴィッドもいるが、あれは無視してもいい程度の存在なので、ならばこれはもうハーレムとしか言いようがないと、花川は思った。
「せ、拙者はあんな奴らじゃなくて、もっと純粋無垢で、盲目的に慕ってくれて、恥ずかしがりながらもエロいことをなんでもさせてくれる女子を探すでござるから! こんなのうらやましくもなんともないのでござるよ!」
これ以上見ていると嫉妬でどうにかなりそうだった花川は、そそくさとその場を後にした。
やはり、誰も花川には気付いておらず、追ってくる者はいなかった。
「ま、まあ気を取り直すでござる。しょせん奴らとは行きずりの仲。拙者のうれしはずかし異世界ライフとは関わりのない連中でござるから。さて、ようやく自由の身になれたのですが、どこへ向かえばいいでござるかね」
あらためて、異世界で面白おかしく過ごすにはどうするべきかと、花川は考えた。
まず、このあたりからは離れるべきだろう。
魔神による被害は甚大で、そう簡単に復旧できるようなものではないからだ。
なので、別の国が候補となるが、近隣の国も今後は混乱に陥ることだろう。大量の難民が各地に散ることが予想できるからだ。
「拙者が、最初に召喚された国は……だめそうですな」
一度目に、花川たちを召喚したのは、イマン王国の魔術士団だった。
イマン王国は魔王討伐のために異世界から勇者を呼び出したのだ。
花川は魔王討伐隊の一員となり、冒険の末に魔王を倒したのだが、魔王を倒すとすぐに元の世界に追い返された。
つまり、イマン王国は魔王退治の報酬を渡す気もなければ、歓待する気もない。要するに厄介払いをされたわけで、のこのこと姿を見せれば問題になることは必至だった。
「しかし、こうして思い出してみるとなんだかむかついてまいりましたな。これは拙者の復讐ノートに追加しておくべきでござろう」
今は無理でも、そのうち何か力を得ることがあるかもしれない。花川は、そんな時のためにと心の中の復讐ノートにイマン王国の名を記した。
「では、魔王亡き後の魔国はどうでござろうか?」
花川は、以前の旅の終盤を思い出した。
魔国を支配する者たちは魔人を名乗るバケモノだったが、大半の国民は魔人に虐げられているただの人間でしかなかった。
つまり、魔王とその幹部どもが絶滅したのなら、そこは比較的平和な国になっているのではないか。
「それに、あのあたりの村の人たちは素朴で親切でござったし、夜這い的な風習もあったようでござるし!」
けっきょく花川には縁がなかったが、魔王討伐軍の中には、美味しい思いをした者がいたとも聞いていた。
「ふむ。多少の土地勘もあることですし、行ってみるのも悪くはないですな」
何にしろ、このあたりをうろうろしているわけにはいかなかった。
多少離れたぐらいでは、どこかで夜霧たちと鉢合わせて気まずい雰囲気になるような予感がしたのだ。
「知千佳たんたちは賢者を探すはずですから、賢者がほいほい出てこない所のほうが都合がよいはずでござる!」
花川は、イマン王国で賢者の噂を聞いたことがなかった。イマン王国周辺を担当する賢者もいるはずだが、無意味に顔を出すようなタイプではないのだろう。
「あとは、どうやって行くかでござるが……まあ、金さえあればどうにでもなるでござるよね!」
夜霧たちに金目の物は奪われたが、汎用品的なマジックアイテムの類がアイテムボックスには多少残っている。これらを換金すれば、それでも一財産になるだろう。
「素朴な村娘タイプでも拙者はいっこうにかまわんのでござるよ!」
自分勝手なハーレムを夢見る花川は、さっそく魔国に向かうことにしたのだった。
*****
馬車や列車を駆使した花川は、あっさりとイマン王国の近くまで辿り着いた。
花川のことを覚えている者はそういないはずだが、念のため、イマン王国には立ち寄らずに魔国に移動する。
このあたりは国境などなきに等しい。特に問題なく魔国へと入ることができた。
「ふむ。カルオネ山が見えますな。となると魔王城はあちらですかな」
カルオネ山の山頂は削れているので、目印としては最適だった。
これは以前、クラスメイトの東田が、鍛えに鍛えたファイアボールで吹き飛ばしたのだ。
「ふむ。やはり、魔物の類はいなくなってるようですな! これなら田舎村で楽々スローライフとしゃれ込めるのでござるよ!」
森の中の道を花川は歩いていく。
この森を抜ければ、村があるはずだった。
そこは、魔王城襲撃前夜に立ち寄った、隠れ里のような場所だ。
「まああれですよ。魔王城の前にある最後の村ってやつですな! ほとんど自給自足で他とは交流がない故に、旅人を丁重にもてなして夜伽で歓待するという風習がですな――」
「きゃーっ!」
唐突に女の悲鳴が聞こえてきて、花川は立ち止まった。
「むむっ! なにやらイベントの予感ですぞ!」
少し先、分かれ道から少女が駆けてきた。
「どうしたのでござるか!」
「い、猪が! 逃げてください!」
「ふふふ。拙者の後ろに来るのでござる!」
――ぬふふ。猪ぐらいなら拙者でもどうにかなるのでござるよ!
花川は回復術士だが、攻撃手段がまったくないわけではない。
指先から呪弾を放つことができるのだ。
威力は拳銃程度のものだが、野生動物が相手なら十分効果はある。
「猪ぐらいなら……うん!?」
ずん、と大地が揺れた。
何かがおかしいと考えていると、猪が分かれ道から顔を出す。
「なんといいますか、遠近感がおかしいような……」
花川は猪を見上げていた。
その頭部はずいぶんと上のほうにあるのだ。
「これ、本当に猪なんでござるかね!?」
咄嗟に鑑定スキルを使用する。
ギフトの反応がないので、ただの野生動物だろう。だが、その巨体はそれだけで脅威だ。少なくとも、花川の豆鉄砲が通用するとはとても思えなかった。
「えーっと、これは……拙者どうすれば……ああ、何かアイテムで!」
花川は、アイテムボックスのスキルで、杖を取り出した。
一回限りの使い捨てで、あらかじめ設定されている魔法が使えるアイテムだ。
「ウインドカッターでござる!」
花川は杖を振った。
杖先から風の刃が発生し、巨大猪に直撃する。
風は、猪の頭部から尻までをあっさり両断し、反対側へと突き進んだ。
「ふっ! どれほど大きかろうが、しょせんは野生動物にすぎんでござるよ! 人類の叡智! なのかは知らぬでござるが、魔法の前にはこんなもので……」
猪は真っ二つになった。
だが、倒れてはいない。
普通なら左右に分かれて倒れていきそうなものだ。
だが、猪の分かたれた身体は、断面から伸びた無数の黒い糸のようなもので繋ぎ止められていた。
そして、べちゃりと猪の身体はくっついた。
切断部位が黒く爛れたようになっているが、ほぼ元どおりの状態だ。
「どーゆーことでござるか!」
「ちゃんと心臓を潰さないとだめだよ」
その声は猪のほうから聞こえてきた。
見てみれば、全身が金色に輝いている少年が猪の腹部に手を突っ込んでいた。
「おにいちゃん!」
少女が呼びかける。少年が手を引き抜くと猪は力をなくし、その場に倒れ込んだ。
「ユウ。一人で森に行ったら危ないじゃないか」
「だって、お母さんが、茸が足りないって……」
「それは僕に言ってくれればいいのに。あ、妹が危ないところを助けてくださってありがとうございます」
「あ、いや、その、助けられたんでござるかね?」
「うん、あのままじゃ間に合わなかったかも。都会から来たの? このあたりの猪は凶暴だからびっくりしたでしょ?」
「は、はは……凶暴……の一言ですむんでござるかね……」
何かがおかしい。花川は訝しんだ。
たしかに魔物はいなくなっているが、こんな野生生物がいる所で、ただの人間が暮らしていられるとは思えなかったのだ。
――いや、けれど、以前村の人を鑑定した時は、レベルは高くても10程度でござった。とてもこんなバケモノ猪を倒せるような力は……。
花川は少年を鑑定した。
「ぶほぉ!」
花川は吹き出した。
クラスは村人。だが、レベルは5万だったのだ。
「ど、どーゆーことでござるか!? だったら、魔王とかもうこいつが倒せばいいレベルでござるよね?」
少年がまとっているオーラが消える。すると、レベルは5まで一気に下がってしまった。
「魔王って、近くのお城に住んでる変わった格好の人でしょ?」
「うん? そーゆー認識なんでござるね?」
「そういえば、前にも来たことあるでしょ? 見覚えがあるんだけど」
「拙者、花川大門というでござる。その、以前、魔王退治に来たことが」
「え? その人何か悪いことしたの?」
「そうですな。たぶん悪かったのでしょうが、拙者下っ端ゆえ事情はよくわからんのでござる」
イマン王国側の認識と、この国の現状にはかなりの隔たりがありそうだったが、花川は面倒だったので適当にごまかした。
「そっか。僕はラグナっていうんだ。花川さんはどうしてここに?」
「村によせてもらおうかと思って来たのでござるが、迷惑でござろうか?」
「とんでもない! よその人は大歓迎だよ!」
そういうことで、花川は無事、村へと辿り着くことができたのだった。
*****
花川は村で大歓迎を受けた。
村人たちの歌や踊りを楽しみ、たらふくごちそうを食べ、贅沢な湯船で身を清める。
そして、夜になった。
花川はあてがわれた部屋のベッドの上で、緊張に身を強ばらせていた。
「いやいやいや、もう、これはあれでしょう! どの娘がいいのか執拗に訊かれましたし!」
後で誰かが部屋に来るとのことだった。
「あー、拙者も肝心なところでへたれというか、選びきれなかったというか、お任せしますなんて言ってしまったのでござるよ!」
なので、誰が花川の相手なのかは、やってくるまでわからない。それが緊張に拍車をかけていた。
「いや、まあ、高クオリティぞろいでしたので、誰でもウェルカム! なんでござるが、でも、おばさんはちょっと……いや、でも、初めては熟練者にお任せしたほうがという気がしないでもないのですが、悩みどころですな! というか、お任せしたので今さら悩んでも仕方がないのですけど!」
緊張のせいか、花川はおかしな高揚感に包まれていた。
ベッドの上でそわそわとし、時にはゴロゴロと転がる。
そんなことをどれほど続けたのか。
焦れに焦れた後、ドアを叩く音が聞こえてきた。
「とうとう、やってきたのでござる! これで拙者も大人の男としてデビューを――」
花川は期待に胸を膨らませながらドアへと向かい、ドアノブに手をかけた。
そして、握り返された。
「はい?」
花川はドアノブと握手をしていた。
ドアノブだったはずの物は、人の手になっていたのだ。
わけがわからずぼうっと突っ立っていると、ドアからは手が次々と生えてきて、花川に絡みつきはじめた。
「ちょっ! こんなプレイ、望んではいないのでござるが!?」
ドアが弾けるように開き、花川は派手に吹き飛ばされた。壁に激突し、床に転がる。
花川は、痛みに呻きながら入り口を見上げた。
「な、なんで、あんたらがここに……」
そこには、見覚えのある者たちが立っていた。
クラスメイトだ。
しかも、バスから出て最初の街に辿り着いた時、いつのまにか姿を消していた三人だった。
「ははっ。マジで豚くん、こんなとこにいやがった」
創造主、丸藤彰伸。
「確かにいたけど、こいつ必要なの?」
運命の女、九嶋玲。
「ああ、こいつ自体には特に使い道はないんだけど、勇者を仲間にするフラグになってるんだよね」
預言者、三田寺重人。
――あ、こいつらヤバイ奴でござる。
鑑定能力でギフトを読み取った花川は、絶望的な気分に囚われた。




