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即死チートが最強すぎて、異世界のやつらがまるで相手にならないんですが。(書籍準拠版)  作者: 藤孝剛志
4章 ACT2

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第22話 お前が死ね

 最初の異変は、王都上空で発生した。

 王都は大魔導師が作ったとされる巨大な防壁で囲まれている。それは魔物を阻むためにあると言われていて、王都上空にも見えない壁があるのだとされていた。

 だが、実際のところ、壁を越えて王都へ入ることはできた。魔法を使う者の中には空を飛ぶ者もいるし、賢者などは飛空艇で空からやってくるが、それらが阻まれたという話はなかったのだ。

 なので、本当にそこに不可視の障壁があるとするなら、それは魔物など特定の存在だけを阻むのだろう。そう噂されていた。

 それが、反応した。

 王都の空が激しく明滅したのだ。

 そして、翼を持った人が、空から降りてきた。

 この世界には、様々な特徴を持った人種がいるが、その中に翼を持ち空を飛ぶ者はいない。

 それは、神話にしか出てこないような生き物だった。

 自らも輝き、さらに光の輪を背に備えた人が如き者。そんなものが二体、マニー王国の王都に降りてきたのだ。

 王国の民達は、それを神の使いかと見紛った。その美しさと、神々しさは、天使としか言いようがなかったのだ。

 そしてそれは、人だかりに無造作に降り立った。

 そこに何がいるかなどまるで気にせず、足元にいた者を踏みつぶしながら降り立ったのだ。同時に、それの周囲は纏っていた光に焼きつくされた。

 それは何かを思ってそうしたわけでもないだろう。

 人間が足元の蟻など気にしないのと同じことだ。それにとって、人間など取るに足らぬ存在だったのだ。

 それは人にあらざる言葉で会話を交わす。

 そして、王都に設置してある数多くの祠の一つへと向かって歩きだした。

 それは魔界への入り口だった。

 誰もが、それを遠巻きに見守っていた。近づくだけで殺されるのだ。魔界が立ち入り禁止になっているからといって誰が止められるのか。


 ルゥゥゥゥアアゥアゥアァウアア!


 その時、奇怪な叫びが聞こえ、空間がずれた。

翼を持つ者へと向かって一直線に走る断面。それを境にして空間がずれたのだ。

 それは刹那のできごとだった。そのずれは次の瞬間には元に戻っている。

 だが、その断面に巻き込まれた一切が両断された。

 人も建物も、そして、翼を持つ者すらもが真っ二つになったのだ。


 アァアアアァアアアアアアアゥゥ!


 奇妙な雄叫びをあげながらそれはあらわれた。

 全身に刃を生やした黒い異形。次の異変はそれだった。

 翼を持つ者の出現に呆けていた人々もこの異変で我に返り、八方へと慌てて逃げ出した。

 残ったのは数多の死体と、真っ二つになりながらも立ち続ける、翼を持つ者たちだけだった。

 翼を持つ者たちが両手で自分の頭を押さえる。すると二つに分かれた身体はぴたりとくっついた。

 翼を持つ者の一体が異形と対峙する。

 もう一体は、斬り裂かれる前にとっていた行動を続けた。つまり、祠へと向かいはじめたのだ。

 そして、さらなる異変はその祠から生じた。

 そこから、何かが吹き出したのだ。

 それは赤黒く、ぬらぬらと光る、ぶよぶよとした濁流のごとき肉だった。

 祠に入ろうとしていた翼を持つ者がまず巻き込まれ、あっさりと肉に沈み込んだ。

 もう一体は慌てたように空へと浮かび上がる。異形はいつの間にか姿を消していた。

 その肉の奔流は、王都中の祠からあふれ出し、あっと言う間に王都を臓物の海へと変える。

 それは一切の抵抗を許さず、王都の人々を、建物を、その一切を呑み込んでいった。


  *****


 魔神マナによる、魔神アルバガルマ再生。

 その手法は、ほとんどが運任せというものだった。

 もちろん、やれるだけのことはやっている。

 アルバガルマの私物、体組織、その魔力が込められた遺物、その部下の肉体、記憶。アルバガルマに縁のある品々を駆使して、その体組成のあるべき姿を想像し、設計し、構築する。

 さまざまな術を同時に展開し、手当たり次第に魂、意識、記憶などを召喚する。

 だが、こんな程度のことでアルバガルマの再生が可能とは思っていない。

 マナの計画は、とにかく試行回数を増やすというものだった。

 様々な因子を取り込み、無限に子供を産み続ければ、いずれはアルバガルマが産まれる。マナはそう考えているのだ。

 大半の者はそんな計画を聞かされたとしても、なにをとち狂ったことを言っているのかと思うだけだろう。だが、マナはそれがおかしいとは欠片も思っていない。

 マナは無限に子供を産むために、無限に大きな身体を求め、無限の材料を欲した。そんな不可能としか思えないことを、彼女は本気でやろうと思っている。

 ありとあらゆるものを喰らい、胚を作り、胎内で育て、産む。失敗作なら、またそれを喰らい、別の因子と混ぜ合わせて、違う形でそれを産み出す。

 そんなことを、マナは何度でも繰り返す。何度でも、何度でも繰り返せばいいと思っている。

 その繰り返しこそが愛だと思っている。

 マナは、触れる物を全て、取り込み続けた。どんなものであろうと、多様性の糧となるからだ。

 吸収し、増殖し、魔界そのものを身体と化し、魔界を満たしていく。

 そうするうちに、マナは高遠夜霧のことを思い出した。先ほど取り込んだ、賢者の女がその名を言ったからだ。

 夜霧は、アルバガルマを殺したとされる少年だ。

 そのことを伝えるために訪れた者たちがいたので、よく覚えている。

 彼らは復讐を促した。確かに、そうするべきだろう。だが、それは今でなくともよい。まずは、アルバガルマを産み出すための土台を作ることに専念するべきだ。

 そう思っていた。だが、賢者の女の、最期の表情が妙に気になっていた。

 それは確信に満ちた顔だった。

 あの賢者の女は、夜霧とやらなら魔神マナを倒せると、本気で思っていたようなのだ。

 それが、気にくわなかった。

 賢者の女は、実力差をはっきりと認識していたはずだ。なのに、取るに足りない人間風情が、自分を脅かせると思っていた。ただそれだけのことがマナには許せなかったのだ。

 なのでマナは、アルバガルマを産み出す計画は続けつつ、高遠夜霧を殺す手立ても取ることにしたのだった。


  *****


 王都は、地獄のような光景と化していた。

 そこかしこにある魔界への祠から、赤黒い何かが噴出したのだ。

 それは、内臓のような、筋肉のような、柔軟性と強靭性を併せ持った粘液だった。

 それは地上にいた人々を手当たり次第に襲った。

 それに呑み込まれれば、逃れる術はなく、人々は次々と餌食になっていった。取り込まれた人々は、すぐにその赤黒い腐肉のようなものと一体となり、肉を肥え太らせていく。

 それは、この王都で活躍していた探索者(エクスプローラー)と呼ばれる戦闘の専門家であろうと、太刀打ちできるものではなかった。

 何をしようと意味がないのだ。

 いくらでも後からあらわれるそれを、殴ろうが、斬り裂こうが、燃やそうが、溶かそうが、勢いは止まらず、それを目の当たりにしたほとんどの者は、なす術なくそれに取り込まれた。

 それは、人や家畜や樹木などの生き物だけではなく、街路であろうと、建物であろうと取り込んで己の一部としていく。

 それは、絶望だった。

 こうすれば助かる。こうすれば撃退できる。そんな手段が何一つ見出せないのだ。

 剣聖であるリックは、そんな悲観的な報告をただ聞いていた。

 王城のエントランスホール。衛兵の一人が死に物狂いでやってきて、王都の現状を伝えたのだ。

 信じがたい話だったが、リックは嘘だと思わなかった。

 現に、王都には絶望の叫びが響きわたっているからだ。


「まずいですね。では、王城地下にある魔界への入り口からもそれが湧き出てきているのですか」

「は、早くお逃げください!」


 だが、そう言われても王城は王都の中ほどにある。王都のいたるところから、何かがあらわれているのなら、外へと脱出するのは難しいだろう。


「ですが、王族の役割とはこんな時のためにあるのでしょう」


 魔界からのモンスターの進出を阻止する。それが王族の役割であり、人々の上に君臨していられる根拠だった。それを蔑ろにしては、この国そのものが立ちゆかなくなるだろう。


 ――しかし、このタイミングでとなると、賢者候補たちの……。


 無関係とは思えなかった。彼らが魔界内部で何かをしたのかもしれない。だが、そんなことよりも、王族の持つ封印の力が通用していないことのほうがより重大事だった。

 王が死に、第一王子が暫定的にその後を継いだ。

 彼がすぐに王となっていれば話は違ったのかもしれないが、政治的な混迷から後継者を定めるにはいたっておらず、戴冠による正当な後継儀式が行われていない。

 つまり、封印の力は万全のものではないのだ。

 直近はそれでも問題ないものと思われていたが、魔界から何かが出てきたのならその判断は間違っていたのだろう。

 リックは、エントランスホールから、王城前面に広がる庭園へと出た。

 もうそこにまで、肉の塊は押し寄せてきていた。

 美しかった華美な広場は見る影もなくなっている。手入れの行き届いた植栽も、幾何学的に配置された池も、職人が丹精込めて作りあげた彫像も、何もかもが肉に埋もれてしまっていた。

 こんな状況でも空には雲一つなく、ぬらぬらと蠢く肉塊が明るく照らし出されているのは、何かの冗談のようでもあった。

 リックは腰に帯びていた剣を抜き、上段に構えた。

 それは聖剣。剣聖を継いだ時に与えられた、全てを断ち切ると伝えられている宝剣だ。

 リックが聖剣を握りしめる。聖剣は光を帯び、巨大な、城をも断ち切れるほどの剣身を構成する。

 リックは、迫り来る肉塊に向けて聖剣を振り下ろした。

 光の奔流が肉塊を両断する。続けざまに剣を横薙ぎにし、目前に迫った肉塊を斬り裂いた。十文字斬りとでも言えばいいのか、聖剣から迸った光の帯は、見える範囲全ての肉塊を消滅させていた。


「おお! さすがは剣聖となられたお方だ!」


 ついてきた衛兵が讃える。


「いえ……どうも焼け石に水といったありさまのようです」


 確かに当面の危機は脱した。

 だが、肉塊はいくらでも湧いてくるのだ。少々消し飛ばしたところで、多少の時間稼ぎになる程度のことだろう。


 ――聖剣の力で血路を切り開けば……。


 そうも思うが、リックの剣聖としての力はまだまだ未熟だ。聖剣の力を全て使いこなせるわけでもないし、先ほどのような大技を連発できるわけでもない。

 肉塊の魔手から逃れる前に、その圧倒的な物量に呑み込まれるだけになるだろう。


「戻りましょう」


 王城には脱出するためのルートが大まかに分けて二つある。地下と屋上だ。すでに王族はどちらかへと逃げている。

 魔界から敵があらわれている以上、今さら地下へ行くのは無謀だろう。

 幸い、この敵は垂直方向への制圧には時間がかかるようだ。

 リックたちは、王城の屋上へ向かうことにした。


  *****


「はっははははははははっ! マナ様が復活なされた! 地上への顕現をはたされたのだ!」


 魔界内を自由に行き来できる、管理者のみが使用できる移動装置を使用して、夜霧たちは魔界脱出を試みていた。

 その装置は地上にも直接繋がっているとのことだったので、行ける所まで上へとやってきたのだ。

 扉を出ると、モノトーンの司教服を着た壮年の男が、バルコニーで高笑いを上げていた。


「あれは……ホラリス殿……枢軸教会で大司教をされている方ですね」


 ようやく目覚めたデイヴィッドが言う。

 夜霧、知千佳、諒子、キャロル、花川、デイヴィッドの六人は、狭い装置の中で窮屈な思いをしながら、ここまでやってきたのだ。


「ほう? 貴様たちはなんだ? なぜ、ショートカットの使用権を持っている?」


 ホラリスが夜霧たちに気付き、問いかけてきた。


「死ね」


 夜霧がそう言うと、ホラリスはその場に崩れ落ちた。


「ちょっ! なんなんですか、あんた! なんでいきなり殺してんですか!」

「いや、殺意を感じたから」

「もうちょっとなんかないんでござるか!? 話を聞くとか! 手加減できるんでござるよね?」

「こっちを殺そうとしてる相手に手加減とかめんどくさい」


 手加減だろうと、殺した部位が二度と機能しないことには変わらない。

 生かしておく理由が特にないなら、無駄にそのようなことをしても恨みを買うだけだろう。手加減をしてあえて生かしておくなら、一生恨まれる覚悟が必要だ。


「うぅ……なんか気になること言ってたでござるのに……」

「うぅ……花川くんが来てからこっち、ツッコむチャンスをほとんどとられてる……」


 知千佳が嘆いていた。


「しかしですね。高遠殿は人の死に鈍感過ぎやしませんか? 生き残ってるのが拙者たちだけってことはクラスメイトを見捨ててきたわけでござるよね? なんとも思わないんでござるか?」

「そう言われてもな。たいして関わりのなかった奴らだし」


 夜霧は率直に答えた。


「そりゃ残念だし、悲しいとは思うけど、ずっと引きずってても仕方ないし」


 知千佳もここに来るまでは神妙な面持ちをしていたが、気持ちの整理はすんでいるようだった。


「なんなんでござるか! このサイコパスコンビは!?」


 だが、花川は納得できていないようだった。案外まともな死生観の持ち主なのかもしれない。


「で、ここはどこなんだろ?」


 夜霧はあたりを見回した。

 大きめの部屋で、豪華な机やソファが置いてある。立派な本棚もいくつか並んでいて、夜霧たちが出てきた扉はその本棚の一部だった。

 バルコニーの向こうは明るいので、昼のようだ。魔界と地上では時空間が異なっているのだろう。


「なんだか偉い人が仕事してそうな感じの部屋でござるよね?」

「てことは、大司教って人の、執務部屋ってとこかな」

「って、大司教殺しちゃって大丈夫なんでござるか!?」

「相手がどんな立場だろうと、殺そうとしてきたら殺すだろ。花川は相手が王様だったら黙って殺されるのか?」

「……うぅ……拙者なら殺されてるかもしれないでござるな……」

「大司教の部屋ってことは、教会みたいな所なんだろうか」


 夜霧は、バルコニーへと出た。ホラリスが何を見ていたのか気になったのだ。

 そして、言葉を失った。

 そこから見える光景が、想像を絶するものだったからだ。

 赤黒い肉の塊が蠢いていた。筋肉と内臓と排泄物を混ぜ合わせたかのような、正視に耐えがたい何かが王都を埋めつくしていたのだ。

 ここはかなりの高所のようで、ここにまでその肉の海は届いていない。だが、ほとんどの建物は肉の中に沈んでいた。まだ無事だと言えるのは、一部の高層建築物と、王城ぐらいのものだろう。

 その王城も中層ほどまでは、脈打つ肉塊へと変貌を遂げていた。この肉は、建物とも融合し、己の一部へと変えているのだ。

 ならば、この建物も危ういのだろう。

 今いる場所は最上階に近い位置らしいが、そのうちに全てが醜悪な肉壁へと変わりはてるはずだ。


「な、なにこれ!?」


 隣にやってきた知千佳も驚いている。やってきた仲間たちは外を見て絶句していた。


「これ、城壁をこえようとしてない?」


 キャロルが言う。肉の海の水面とでも言えばいいのか。それはすでに城壁の高さを超えていた。そこから王都の外へとあふれ出ようとしているのだ。


「は、ははは。だ、大丈夫でござるよ。ほ、ほら。壁の上でバチバチと言ってるのでござる。きっと、なにか見えない壁のようなものがあってですな。そこで食い止めているので……あ」


 だが、その明滅する見えない壁は、肉の圧力に耐えきれなくなったのだろう。一際激しく輝いたかと思うと、急に明滅が止まり、そして肉が外側へとあふれ出たのだ。

 押しとどめられていた肉の奔流が、それまで以上の勢いで外へと流れ出はじめた。


「せ、せせせ拙者が悪いのではないでござる! 仕方がなかったのでござるよぉ!」


 花川がその場でへたり込んだ。

 いつもへらへらとしている花川だが、本気で後悔しているようだった。


「これが何か知ってるのか?」

「魔界の奥底にいた魔神でござる。その、拙者が封印を解いてしまったからこんなことに……これ、もうどうしようもない奴でござるよ! なんかほら、みんな一つになっちゃう系エンドですよ! こういう不定形で増殖するってバケモノは、どうしようもないというのが定番なのでござるよ!」

「早く逃げようとしてたのはこれが原因か」


 あらためて外を見る。

 確かに、こんなものの封印を解いたとなると、どれだけ後悔してもしたりないことだろう。

 肉は、王都を全滅させた。つまり、ここに暮らしていた何十万という人々が死んだのだ。

 そして、肉は王都を越えて広がろうとしている。肉の勢いは収まるどころか加速しているので、このままでは王都どころではない被害が発生するだろう。


「しかし、このままだと移動もままならないな」

「これを見ての感想がその程度なんでござるか! ……って、なんかこいつら、こっちに集まってきてるような気がするのでござるが?」


 魔神の動きには意思らしきものは感じられなかった。

 特になにかを狙うというわけでもなく、ただ膨張して広がっていっている。

 そのはずだったのだが、その外へと出ていこうとする動きは止まり、この建物へと集まってきているようなのだ。

 巨大な眼球がこちらを見ていた。いつのまにかあらわれたそれが、肉の中から凝視しているのだ。


「な、なに?」


 知千佳がその不気味さにとまどっている。


「んー、もしかしてここで生き残ってるのは私たちだけだから、目を付けられた?」


 そう言うのはキャロルだ。確かにその可能性は高いのかもしれない。


『ああ、花川さんでしたっけ? ちょうどよかった』


 その声は、肉の海に生じた巨大な割れ目から生じていた。口のようなそれから響く美しい声は、王都のどこにいても聞こえるほどの大音声だった。


「ひ、ひいいいいぃいいい! な、なぜ拙者のようなゴミくずに注目するのですかぁああああ!」


 へたり込んだままの花川がそのまま後退った。夜霧は多少同情した。あんなものに呼びかけられては生きた心地がしないことだろう。


『少しばかり聞きたいことがあるんですよ』


 肉が盛り上がっていく。眼球と口のある部分が顔となって伸び上がっていき、それに続いて首が、肩が、胸が形を成していく。

 それは人の姿へと変貌を遂げた。

 輝かんばかりの美貌を誇る女だ。だが、腰から下は、汚濁のような肉塊で構成されている。

 その頭部は見上げるほどの高みにあり、夜霧たちを見下ろしていた。


「あれ、知り合いなのか?」

「こんなバケモノ知ってるわけがないのでござ……って、マナ様!?」


 やはり知り合いのようだった。


『多少優先順位に変動がありました。お兄様を殺したという高遠夜霧のもとへ案内しなさい』

「こ、こいつでござる! 拙者の隣にいるこいつがそうなんでござる!」


 花川は、震える指で夜霧を指し示していた。


「花川、お前……」

「花川くん……」


 夜霧は呆れ、知千佳は見下げはてたといわんばかりだった。


「いやいやいや、高遠殿の強さは信頼しているのでござるよ? だからここは、高遠殿がどうにかするのだと思いつつも、安全策として保険的にマナ様に媚びを売っておくというですな!」

「まあ、花川がどう立ち回ろうと知ったことじゃないけどな」


 夜霧はあらためてマナを見上げた。

 視線がぶつかる。花川の言葉で、マナの注意が夜霧へと向いたのだ。


『お前が、お兄様を殺したのですね』

「と、言われてもね」


 こんな馬鹿でかい女の兄とやらに心当たりなどあるわけもなかった。


『死になさい』


 マナが拳を振りかざす。

 ただそれを振り下ろすだけで、この場にいる者たちは全滅だろう。たとえその一撃をかわそうとも、その巨腕は夜霧たちのいる建物そのものを粉砕する。この高さから落下すれば即死だろうし、かろうじて生きていたとしてもバケモノの肉に埋もれて死ぬだけのことだ。


「お前が死ね」


 夜霧は力を放ち、途端にマナは崩れ落ちた。

 その身体は赤黒い肉塊へと戻っていき、肉の海へと落ちていく。

 王都を覆っている、肉の濁流は増殖を止め、蠢くのをやめた。


「だよね! 別にこんな奴ぐらいどうにでもなるよね!」


 知千佳が勢いよく言う。

 それは、誰かが先に言うのではと、焦っているかのようだった。


「さ、さすがでござるよ! さすが高遠殿! サスタカでござるよ! グッとガッツポーズしただけで相手が死ぬんでござるよね!」


 花川はさっそく掌を返していた。


「でもさ。こっからどうするの?」

「どうしようか」


 王都を埋めつくす肉を倒しはしたが、だからといって脱出できるわけではないのだ。


「どうしましょうかねー」


 キャロルにも特に案はないようだ。


「飛び降りたら、あの肉がクッションになるということはないですか?」


 諒子は無茶な案を出してきた。


「いや、問題はそこじゃないと思うんだよ。下のほうに行くだけなら建物内を階段で下りていって、壁を壊せばいいだけだ。けど、この肉の海をどうわたって王都の外まで行けばいいのか」

「最上階に行ってみるのはどうかな?」


 そう言いだしたのはデイヴィッドだった。


「王城には最上階から脱出する方法があってね。聖王の座は、王城に匹敵する高層建築物だ。似たような脱出方法があるかもしれないよ」


 他に案のない一行は、上層へと向かうことになった。


  *****


「悪いな花川。これは五人乗りなんだ」

「なぜ突然どこかの金持ち小僧のようなノリなのでござるか!」


 デイヴィッドの予想どおり、最上階には緊急脱出用の飛空艇が用意されていた。

 グライダーのようなもので、推進機能は持っていない。あくまで、ここから王都の外へ滑空していくだけの代物のようだ。


「一度言ってみたかった」

「この状況ですとしゃれになっとらんでござるよ! とは言うものの、これやっぱりそう何人も乗れなそうでござるな」


 夜霧の先ほどの言葉は冗談のつもりだったが、実際、乗れるのは四人が限度というところだろう。


『そうだな。我らはどうにかなるので、お主たちが乗るといい』


 もこもこがそう言うので、諒子、キャロル、花川、デイヴィッドが脱出艇に乗った。

 細く長い主翼を持つ機体が王都の上空を飛んでいくのを、夜霧たちは見送る。滑空は順調で、すぐに王都の外へと辿り着くことだろう。


「で、残ってどうするわけ?」


 知千佳が聞く。もうここに飛行機の類は残っていなかった。


『なに、簡単なことよ。以前から研究しておったのだ』


 すると、唐突に知千佳の背中から翼が生えた。バトルスーツの一部を変形させたのだろう。


「って、こんなんで飛べるの!?」

『計算上はな』

「俺はどうしたらいいんだよ?」

『計算上は、お主が抱きついておっても十分な浮力を得ることが可能なはず』

「そうか」


 ならば仕方がない。夜霧は背後から知千佳に抱きついた。


「ぎゃーっ! つーか、ほんとこーゆーの躊躇ないよね!? 高遠くんは!」

「大義名分があるなら遠慮はしない」

「って、こんなことになるなら、なんで高遠くんを残すわけ!? キャロルでも二宮さんでもいいわけでしょ!」

『そこはまあ……そのほうが面白いかな、とか?』

「やっぱり成仏しといたほうがいいんじゃないかな、この背後霊は!」

『そのままだと翼に干渉するので、腰のあたりに掴まるほうがよいか』


 ぎゃあぎゃあは言いつつも、やめろとは言われなかったので、夜霧はもこもこの指示に従った。

 知千佳の腰のあたりに抱きつくようにして担ぎ上げる。

 そのまま屋上の端に行き、そこから飛び降りた。


「うわああああああああ! って、ほんと高遠くん、ためらわないよね! もこもこさんが間違ってたらどうすんのよ!?」

「まあ、そのときはそのときだよ」


 だが、心配するまでもなく、飛行は成功していた。

 知千佳の背に生えた大きな黒い翼は大気をとらえ、二人分の体重を支えていたのだ。

 肉塊で埋まった王都の上空を飛んでいき、大魔導師が作りあげたという防壁を越える。

 しばらく飛んでいき、無事着地に成功した。

 先に飛んでいった脱出艇もそのあたりにあり、諒子、キャロル、デイヴィッドの姿もあった。


「王都全滅ってわけでもなかったのか」


 周囲には、王都から逃げ出してきたらしき者たちが大勢いた。まだひどく混乱しているようだが、肉塊が死んだことに気付けばそのうち落ち着くだろう。


「さて、ここからどうしようか」


 夜霧は知千佳に聞いた。


「なんだかいろいろあって、とりあえずは休憩したいんだけど。今は何も考えられないっていうか」


 それもそうかと夜霧は思う。


「じゃあ、近くの街に案内するよ。さすがにここでは落ち着けないだろう」


 デイヴィッドが言う。王都近隣の地理にも詳しいのだろう。


「あれ? 花川くんは?」

「そういえばいないな」


 あたりを見回すも姿がなかった。


「逃げたか。ま、連れていく義理もないからいいんだけど」

「花川くんは、元の世界に帰りたいって感じでもなかったしね」


 元々はこの世界で好き勝手しようと、クラスメイトと別れたような奴だ。

 自由になったのなら、夜霧たちと一緒にいるのは都合が悪いのかもしれない。帰還の邪魔をしないのなら、好きにすればいいと夜霧は思う。


「あ、私たちはついていくつもりだけどいい?」


 キャロルが代表して言う。


「いいけど、俺と壇ノ浦さんが帰還できる分しかエネルギーを用意する気はないよ?」

「えぇ? ちょっとそれはどうなの!?」


 知千佳が驚いている。すっかり全員で帰るつもりだったのだろう。


「二人だけでも帰れるかどうかわからないのに、さらに二人なんて責任を負いきれない」


 さすがに、後から付いてきた二人の帰還エネルギーを用意できると断言するつもりはなかった。

 最初から切り捨てるつもりもないが、あくまで最優先は知千佳の帰還だ。


「高遠くんはドライだなー。ま、別にいいよ。それは」

「同じくです。ついていけるところまでついていくだけです」

「まあ、そんな込み入った話も、落ち着いてからでどうかな?」


 デイヴィッドがそう言うので、話は後ですることにして、移動を開始する。

 デイヴィッドを先頭に、夜霧たち四人は並んで歩いた。

 街までは徒歩で一時間ほどらしいので、それなりの距離だ。


「ねえ。眠くなってきたんだけど、壇ノ浦さんおぶっていってくれない?」

「それは男としてどうなのかな!?」

「あ、私でよければ背負いますけれど!」


 すると諒子が話に割り込んできた。


「二宮さん。高遠くんを甘やかしたら駄目ですよ」

「いえ。高遠くんには、何もさせてはいけないのですよ!」


 二人が話しているのを横目に、夜霧は通り過ぎていく馬車を見ていた。

 乗せてくれないかな、などと思っていると、馬車は少し先で止まった。

 そして、馬車から女の子が降りてきた。


「夜霧さん!」


 女の子がそう言いながら駆け寄ってくるが、夜霧にはまるで見覚えがない。


「君、だれ?」

「あ、私、リズリーって言います! もちろんご存じないと思いますけど! つい最近自分で決めましたから!」


 女の子は、夜霧の目前で自己紹介を始めた。

 年のころは十二、三歳というところだろうか。ピンク色のワンピースを着た可愛らしい女の子だ。

 やはり見覚えなどないのだが、リズリーは妙に親しげだった。


「えーと、それで、俺に何か用?」


 まるで話は見えないが、わざわざやってきたぐらいだから、用事があるのだろう。


「結婚してください!」

「ごめん、無理」

「一瞬でふられた!」


 まさか、うまくいくとでも思っていたのか、リズリーはショックを受けているようだった。


「リズリー。さすがにいきなりそんなことを言って成功するわけがないだろう」


 馬車から出てきた女性が呆れたように言いながら近づいてきた。

 夜霧は、この女性に見覚えがあった。


「テオディジアさん、だよね?」

「はい、お久しぶりです。高遠殿」


 銀髪に褐色の肌をしたこの女性とは、峡谷の塔で行動を共にしたことがあった。

 塔で別れた後、妹を捜しにいったはずだと記憶している。

 となると、このリズリーが妹なのだろうかと、夜霧はしげしげと見つめた。

 テオディジアは半魔という種族で、銀髪と褐色の肌が特徴だ。だが、リズリーは黒い髪に白い肌をしているし、顔もあまり似ていない。


「あ、あの、そんなに見つめないでください……」

「どういうことなんだろう?」


 照れるリズリーを無視して、夜霧はテオディジアに聞いた。


「それが、少々複雑な話ではあるのですが」


 テオディジアが困惑の顔を見せる。一言では言い表せないのだろう。


「そうだ! これをあげますから、お願いを聞いてもらいたいんです!」

「結婚ならしないけど?」

「うう、変なこと最初に言うんじゃなかった……じゃなくてですね。夜霧さんに殺してほしい人がいるんです!」


 そう言って、リズリーは丸い石を差し出してきた。


「これは……賢者の石?」

「はい、私、元賢者みたいなんです。これをあげますからお願いをきいてください!」


 二つ目の賢者の石は、案外簡単に手に入りそうだった。

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