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即死チートが最強すぎて、異世界のやつらがまるで相手にならないんですが。(書籍準拠版)  作者: 藤孝剛志
4章 ACT2

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第21話 その筋でも三本は残すって聞いたことあるから大丈夫だろ

 賢者シオンは選抜戦の様子を事細かに確認していたわけではない。

 たいして強くもない賢者候補どもの小競り合いなど見ていたところで、そう面白くもないからだ。

 気にかけているのは候補者たちの生死と、範囲外への脱出のみ。それらはシステムを通して把握することができるため、彼女は王都にある拠点でのんびりと待機していたのだ。


「もう少しましなやり方はなかったのか? うまくすれば何人かは賢者になりえる者があらわれたかもしれないのに」


 豪華な居室にある贅沢なソファに横になり、ゆったりとくつろいでいるシオン。

 その前に立ち、苦言を呈しているのは、賢者の従者であるヨウイチだった。

 シオンが、竜王院紫苑であったころからの馴染みの間柄だ。


「嫌なことを思い出してしまいましたか?」

「正直なところ気分はよくないな」


 自分たちの時のことを思い出したのだろう。ヨウイチはあからさまに苦々しい顔をしていた。


「でも殺す相手を選べるだけでもずいぶんとましだと思いますけどね」

「全滅したらどうするんだよ? 召喚にだってあれこれ手間はかかってるだろうに」

「全滅する程度でしたら仕方がないですよ。あとはヴァンにあてがあるようでしたからお任せしてみましょうか」


 賢者ヴァン。大賢者の孫である青年だ。

 以前彼は、賢者を増やすなど簡単だと豪語していたのだ。


「それで、何かご用でしょうか?」

「アグレッサーについてだ。天使タイプの活動が、急激に活発化したとの報告が――」

「ああ、それはちょっと待ってください。どうやら範囲外への脱出を試みている方がいるようです」


 シオンは目の前の空間に、境界付近の映像を映し出した。

 数人の男女が、選抜戦の範囲として設定された境界へと向かっていた。


「ちょっと待て! これはなんなんだ! なにがどうなっている!」


 ヨウイチは、映し出された光景に驚いていた。


「そうですね。破壊の規模から見て原子爆弾程度でしょうか」


 そこにあったはずの城壁が消し飛んでいた。

 森の木々もほとんどが消滅しているので、そこは爆心地近くなのだろう。


「こいつら、こんな所を歩いてるのか……」

「それぐらいは当然できてもらわないと……と言いますか、いくらでも力を振るえる隔絶した空間ですのに、この程度の攻撃しかできないとは」


 誰の仕業かは知らないが覚醒してこの程度なら、賢者になるにはほど遠い。そうシオンは考える。


「さて。越えましたね」


 引き返す可能性もあるとシオンは思っていた。これまでに賢者の脅威は十分に伝えてきたからだ。

 だが、彼らは一線を越えた。

 高遠夜霧と花川大門の二人が、境界を越えて選抜戦の範囲外に出たのだ。

 シオンはソファから立ち上がり、少し開けた場所へと移動した。

 転移に家具の類が巻き込まれないようにするためだ。

 シオンは一度行ったことのある場所へなら転移することが可能だった。それは、魔界と呼ばれるような場所であろうと関係がない。


「おい。そんな所に行って大丈夫なのか?」

「ヨウイチくんは心配性ですね」


 賢者ならこの程度の環境で被害を受ける者などいない。これで死ぬようでは賢者の資格などありはしないのだ。

 シオンは、心配するヨウイチに軽く微笑み、逃亡者のいる場所へ転移した。


  *****


 起こったことは単純だった。

 いきなり右足首に力が入らなくなったのだ。

 そうなれば体重を支えられなくなり、身体は倒れていく。気付けばシオンは尻餅をついていた。

 倒れないだけであれば簡単だった。シオンの力があればその場で体勢を保持するぐらいわけもない。だがシオンは、突然の異常を理解できず、ただ倒れるがままになってしまったのだ。

 そして、今も理解できていなかった。なぜこんなことになっているのかがまるでわからない。

 シオンの肉体は完全だった。

 賢者になって以来、微かな痛みすら覚えがない。痛みを忘却するほどにシオンは完全だったのだ。

 どんな異常も起こりえず、たとえ異常が発生したとしても、それは瞬時に気付く間もなく回復する。どんなささいなことであろうと機能不全を起こすなどありえない。

 だからこそシオンは混乱していた。自分が転倒するなどありえないのだ。

 右足首を確認する。痛くはない。ただ、動かなかった。指先の感覚もなく、それはまるで足首から先がなくなったかのようだ。


「そいつの右足首を殺した。練習の成果だ」


 その言葉を聞いても、シオンはまだ己の身に起こった異常を理解できていなかった。

 この少年はなんでも殺せるという。

 だが、そんなものが自分に通用するなどとは思っていなかったのだ。

 幾重にも張り巡らされた魔法防壁はどんな攻撃も遮断するし、それを全て破ったとしても次元断層がある。それに、万が一傷付こうが、ましてや死のうがそんなものは一瞬で回復する。

 今もシオンは、成長を続けていた。何をせずとも自動的に力が増大していき、その度にどんな微少な異常も全てが元通りになっている。

 なのに。

 右足首は動かない。そこだけは元通りにならない。それは、元からそうであったかのようにだ。

 シオンはそれを、目の前の少年がやったのだと関連づけることができなかった。それは、シオンにとって想定外の現実であり、起こりえないことだったのだ。

 たかが、身体の一部だ。それで負けたわけでも、死んだわけでもない。

 だが、ほんの少しであっても、賢者シオンに影響を与えることのできる存在がいる。それを素直に信じることが、シオンにはできなかった。

 人は現実味のない、脳裏に描くことのできない事象を別の何かに置き換える。自分の想像の範囲内で辻褄を合わせ実像を歪ませるのだ。

 シオンはその現象を、一時的に発生した不具合だと、ごくまれに発現するエラーだと考えた。都合のいい妄想を、事実だと思い込もうとしたのだ。


「おーい。聞こえてるのか? いつまでもぼーっとしてないで、返事してくれ」


 シオンは、とりあえずこいつらを始末しようと考えた。

 まずは、シオンが提示したルールを破る愚か者どもを抹消し、けじめをつける必要がある。

 シオンは掌を夜霧に向けた。それはただ、有り余る魔力を圧縮して放つだけの光弾。他の技をあえて使う必要もない、シオンのいつもの攻撃だ。

 掌が輝き、光弾が生み出される。

 そして、消滅した。

 光弾は、高速で射出される直前で消え失せたのだ。


「そういうのめんどくさいからやめてくれよ。つい殺しそうになるだろ」


 ようやく、シオンは現実を理解した。


  *****


「念のために言っておくけど、相手の血液を沸騰させて殺す、みたいな技は無駄だからな。使う前に死ぬことになる」


 光弾を殺し、夜霧は言った。

 何かが飛んでくるならそれを殺せばいい。だが、他者の身体に直接的な影響を与える技は厄介だ。発動前に殺すしか対処法がないが、話を聞く前にそうするとこれまでの苦労が台無しになる。


「もう一度聞くけど、俺が知りたいのは元の世界に帰る方法だ。呼んだあんたが知ってる可能性が一番高いと思ったんだけど」


 先ほどまでは呆けた顔をしていたが、攻撃に際して我を取り戻したようだった。なので、こちらの話は理解できているはずだ。

 だが、シオンは口を開かなかった。

 まだ何か余計なことを考えているのかもしれないが、夜霧はあまり時間をかける気はなかった。 周囲の環境に対応可能とはいえ、フェイズ2を長引かせるのは好ましくないからだ。


「くっ」


 シオンが、押し殺した叫びを上げる。

 夜霧はシオンの右手小指と薬指を殺した。

 狙ったのは小指だけだが、さすがに指一本単位で正確に仕留めるまでには熟練していない。


「ま、その筋でも三本は残すって聞いたことあるから大丈夫だろ」


 末端から少しずつ殺していく。殺さず脅すにはそれが一番だと夜霧は考えていた。

 嬲るようではあるが、そこに躊躇はない。夜霧たちが被った被害と苦難。その大元の原因はシオンだからだ。

 異世界へ勝手に呼び出し、身勝手な試練を課して放り出す。それは殺人と同義だろうと思うし、やり返されて文句を言える筋合いもないはずだ。


「喋るまで少しずつ削っていく」


 夜霧が淡々と脅す。すると、唐突にシオンが消えた。

 転移したのだろう。慌てていたのか、随分と広範囲にわたって地面が削れている。消えた部分は巻き込まれて一緒に飛んでいったようだ。


「ちょっ! 逃げてしまったではありませんか! 突然やってきたんですから、突然逃げることだってあるでござるよ!」


 花川が慌てて言う。


「大丈夫だよ」


 夜霧は、シオンは戻ってくるだろうと思っていた。


  *****


 大量の土砂とともに、シオンは拠点へと帰ってきた。

 緊急避難だったため、周囲を巻き込んでしまったのだ。

 転移の精度も悪く、二階の自分の部屋へと飛んだつもりが、一階の廊下の空中に出現した。土まみれの状態で、廊下に敷き詰められた絨毯の上に落ちたのだ。


「……なんなの……あれは……」


 シオンは、倒れ伏したまま考える。

それは、自分が想像していたような力とはまったく異なるものだった。どんな障壁も無関係に、ただ望みどおりに機能を停止させる。それは即死魔法以上の何かだった。

 わけがわからず、対応策を見い出せず、シオンは無様にも逃げ出すしかなかったのだ。

 シオンは冷静になろうと努めた。まずは落ち着くことだ。落ち着いて現状を分析する。

 シオンは身体を起こした。

 そして、右手首を左手でちぎり取る。

 右手首は瞬く間もなく再生した。元どおりだ。ただし、小指と薬指はぴくりとも動かない。

 試すまでもなく、右足首も同様だろう。

 忸怩たる思いはある。このようなことをされておきながら、何もできなかったのだ。

 だが、まだこの程度ですんだとも言える。

 プライドをこじらせて、足掻くような真似をすれば、被害はこの程度ではすまなかっただろう。

 幸いなことに、あれができるのは殺すことだけだ。

 転移して逃げた者を追いかけるような能力は持っていないはずだった。

 シオンはふわりと立ち上がった。

 右足首も、右手の指も、ないものと思えばそれほど支障はない。欠損したとしても、補う方法はいくらでもあるのだ。

 高遠夜霧は脅威だ。

 だが、そうとわかっているなら関わらなければいい。賢者である自分が逃げ隠れするような真似をするのは癪ではある。腸が煮えくりかえるほどの苛立ちを覚えはするが、それもどうにか胸の奥底にしまい込んでしまえばいい。

 シオンは宙を飛んだ。廊下を進み、階段を上り、二階の自分の部屋へと向かう。

 そして、唐突な感覚の喪失に、シオンはバランスを崩した。壁にぶつかり、廊下に転がる。

 左足首だ。

 シオンは、夜霧に攻撃されたのだと自覚した。

 混乱する。

 ここは地上であり、夜霧たちのいる魔界とは空間すら異なっている。なのに、攻撃された。

 じわりと恐怖が押し寄せてくる。

 目前にいるかどうかなど関係なく、距離も空間も無視して攻撃をしかけてくる。

 攻撃されれば、その部位は機能を停止し、二度と蘇ることはない。

 その攻撃の正体すらわからないので、回避も防御もしようがなく、反撃も行えない。

 ただ、されるがままだ。


「なんなの!? なにがなんだか、さっぱりわからない!」


 シオンは声を荒らげた。

 左小指。右臑。左耳朶。少しずつ感覚が失われていく。喪失の恐怖に気が狂いそうになる。


「喋るまで少しずつ削っていく」


 夜霧はそう言っていた。

 どこにいようと、淡々とそれを続けていくつもりなのだとシオンは悟った。


「ふざけないで! どうせ殺すつもりなら、喋るわけがないでしょう!」


 たとえ死ぬとしても、屈しはしない。賢者としての最後の矜恃だ。

 シオンは、どうにか自分の部屋へと辿り着いた。

 どうせ末端から殺されるのだ。覚悟さえ決めていれば、移動の邪魔になることはない。

 部屋に入ると、ヨウイチがいた。

 ずいぶんと長い時間が経ったような気がしていたが、シオンがヨウイチの前で転移してからさほどの時間も経っていなかったのだ。


「ヨウイチくん……」


 そのなじみ深い顔を見て、こんな状況だというのにシオンは安堵した。

 自分はこのまま死ぬのかもしれない。

 けれど、それならばヨウイチの前でだ。ヨウイチに看取られて逝くのなら、このくだらない人生の最期としてはそう悪いものでもなかったと、納得することもできるかもしれない。


「シオン!? どうした!」


 シオンが土まみれだと気付いたのだろう。血相を変えてヨウイチが駆け寄ってきた。

 そして、転んだ。

 ヨウイチはきょとんとした顔になっていた。こんな何もないところで転けるなどおかしいとでも思ったのだろう。

 そして、叫んだ。


「うわああああああああああ!」


 ヨウイチが右足首を押さえて苦しみはじめたのだ。


「そんな……どうして……」


 同じだ。自分が受けたのと同じ攻撃をヨウイチが受けている。

 そして、ヨウイチにはシオンほどの耐性がないだ。唐突に右足首が死んで、ただですむわけがなかった。


「ヨウイチくん!」


 次にヨウイチは左手で右手を押さえた。シオンに起こったことがヨウイチでも再現されているのだ。

 どうしてこうなるのか。どうしてこんなことができるのか。シオンにはさっぱりわからない。

 そして、唐突に思い出した。

 以前召喚した、高遠夜霧を知る白衣の男のことを。

 その男はこの世界にやってきて唐突に自爆した。その時はまるで意味がわからなかったのだが、今、その意味がわかったような気がしたのだ。

 夜霧の力は人を介しても発動することができるのだと。

 そして、シオンはぞっとした。


「……なに、それ……」


 この世界はもう終わりだと、以前にアオイが言っていた。その時はアオイがおかしくなっただけだと決めつけていたが、ようやくシオンにもその言葉の意味がわかりはじめていた。


「足が、手が!」


 ヨウイチが悶えている。喪失の痛みに絶叫している。

 ヨウイチの末路を想像してしまい、シオンの心は折れた。


  *****


 しばらくして、夜霧の予想どおり、シオンは戻ってきた。


「……ヨウイチくんを、助けて……」


 地面にへたり込み、懇願するその姿は、ずいぶんと情けないものに思えた。


「最初から言ってるだろ。こっちは話をしたいだけだ。話をするならこれ以上攻撃はしない」


 シオンが戻ってきたなら、夜霧はそれでよかった。


「もうわかってると思うけど、どこにいても俺は攻撃できるし、あんたが見た相手も攻撃できる」

「言ってることが怖すぎるんでござるが! え? でしたら拙者とかも?」


 夜霧も無差別にそんなことをしているのではない。十分に配慮をしていると自分では思っている。


「えーと……正直、ちょっと引いてるんだけど……」

「この程度ですんだだけでましと思うべきでしょう」

「あー、うん。だんだん諒子の言うことがわかってきた」


 知千佳、諒子、キャロルの三人も側にやってきていた。

 知千佳に引かれるのは本意ではないが、帰還するためには手段を選んではいられなかった。


「じゃああらためて聞く。帰還方法を教えてくれ」

「……用意していません」


 少しためらった後にシオンは言った。嘘をついているようには見えなかった。


「この花川はさ。以前にもこの世界に来ていて、その時は帰れたって言ってるんだけど」

「それは、元の世界とのあいだにリンクが張ったままだったのでしょう」


 それはいわばゴム紐を付けたような状態なのだとシオンは語った。

 つまり、その状況では常に元の世界に戻ろうとする力が働いていて、帰還は簡単に行うことができる。召喚時に設定したストッパーを外せばいいだけなのだ。


「俺たちはそのリンクがない状態だと?」


 以前、もこもこも似たようなことを言っていたと夜霧は思い出した。


「ええ。リンクがある場合、こちらの世界で十分な力を発揮できませんので」


 夜霧は溜め息をついた。

 呼んだシオンが帰還方法を用意していると考えていたのだが、そう簡単には帰れないらしい。


「じゃあ、元の世界の座標を教えてくれ」


 そんなことを知ってどうするという顔をシオンはしたが、素直に座標を答えた。

 ただ、座標の値は、普通の人間が記憶するにはあまりにも長大だった。なので、とりあえずはもこもこが覚えることになった。


『ほらどうだ! 我、役に立つであろうが。帰りたいなら我の力が必要であろうが!』

「はいはい。すごいすごい」


 知千佳は投げやりだが、バトルスーツの件はもう許しているようだった。


「座標と、帰還するだけのエネルギーがあれば帰れるんだよな。エネルギーに心当たりは?」


 漠然とした質問であり、答えが返ってくるとは夜霧も思っていない。

 だが、その質問に対するシオンの反応は夜霧にとって予想外のものだった。

 シオンは、左手を自分の胸へと突き刺し、そこから何かを引きずり出したのだ。


「……賢者の石です……」


 差し出されたそれは、シオンの掌に収まる程度の、透明感のある丸い石だった。


「そ、それは! うかつに扱うとパクリ扱いされるというあれでござるよね!?」

「うん。花川くん、ちょっと黙ってようか?」


 あまりに空気を読まない花川を、知千佳が止めた。


「これ一つでは無理でしょうが……いくつかあれば、帰還に足るかと思います……」

「それ、なくなっても、いいものなの?」

「大丈夫ですよ。私はもともとこんなものに依存はしてませんでしたから」

「そう。じゃあもらっとくよ」


 夜霧はシオンの手から石を受け取った。


「ということは、これまでに殺した賢者も石を持ってたのか」


 これまでに倒した賢者は、列車で移動中に攻撃してきた少年と、ハナブサの街で無差別攻撃をしかけてきたレインだ。

 もし、賢者の石のことをあらかじめ知っていたなら、それで二つ手に入っていたことになる。


「一つ助言いたしましょう。体内に賢者の石を持つ賢者が死んだ時、賢者の石は力を失っているのが通例です。あなたが峡谷で殺したサンタロウさんの賢者の石も力を失っておりました」


 賢者の石を体内に保持している賢者は、石の力でほぼ不死身になっているという。その賢者が死ぬということは、石もまた力を使いはたしたということらしかった。


「そうか、ちょっとめんどくさいな」


 それが本当ならば、夜霧が即死させてしまうと賢者の石を回収できないことになってしまう。


「他の賢者はどこにいる?」

「私も全てを把握しているわけではありませんが」


 そう前置きをして、シオンは何人かの賢者の名と支配領域を伝えた。


「とりあえずこんなとこか。花川。城壁壊れちゃったけど、出口ってどうなってんの?」

「ほえ? 出口でござるか? ああ、拙者のマップには表示されておりますので、壊れてはおらんようですが。って、こいつこのままでいいんでござるか!」

「俺は別に。目的は情報収集だけだし。多少の恨みはあるけど、殺したいってほどでもないから」

「えぇー! なんかもう、これまで散々な目に遭わせてくれた奴をですね。やりたい放題好き放題するような展開は……ないでござるよね!」


 花川は、女子三人に冷ややかな目で見られていることに気付いて、そそくさと歩きはじめた。


  *****


 夜霧たちは、城壁のあったあたりに移動して、そこから地下へと消えた。

 そこに、魔界内を自由に移動できる施設があるのだろう。

 シオンは座り込んだまま、それをぼんやりと見つめていた。

 夜霧は、本当に情報収集がしたかっただけなのだろう。

 ただ脅すためだけに、淡々とシオンとヨウイチの一部を殺してみせた。シオンにはまったくなす術がなく、ここまで力の差を見せつけられると逆らおうという気も起こらない。

 シオンはこの状況を受け入れた。増長してはいたが、自分が完全無欠の存在だとはもともと思っていない。賢者の中にも格上はいるし、そもそも全ての賢者の上には大賢者が君臨しているのだ。

 なので、高遠夜霧が自分よりも強かっただけだと納得することはできた。


「ああ、ヨウイチくんの手当を早くしないと」


 とりあえずは眠らせてからこちらにやってきた。ずいぶんと苦しんでいたが、適切な処置をほどこせば苦痛は取り除けるだろう。

 シオンはふわりと体を浮き上がらせた。両足首が死んでいるが、移動に不自由はない。

 この程度ですんでよかったのだろう。幸い、それほど重要な器官は失われていない。どうでもよさそうにしていた夜霧だったが、あれでも一応の配慮はしていたようだ。

 シオンは転移のために王都にある屋敷、ヨウイチのいる自分の部屋をイメージする。

 だが、シオンは何者かの気配を感じて、反射的に転移を中止した。

 不定形の塊が、空中にいるシオンに飛びかかってくる。

 シオンは光弾を放った。

 人を丸呑みできるほどの塊だったが、それに合わせた大きさで放ち、全体を一瞬で消滅させる。


「なんなのかしら?」


 気付けばシオンは、透明な塊に取り囲まれていた。

 透明でぶよぶよとした巨大な塊だ。生物のようではあるが、だとすれば、この被爆環境をものともしない強靱な生命力を持っているらしい。シオンは魔界と呼ばれる環境について詳しいわけではないが、ここに生息するモンスターの類だろうと判断した。

 シオンはそれらを全滅させることにした。

 転移はデリケートな魔法なので、襲われながら使用するのは避けたいと思ったのだ。

 視認できる範囲にいるのは二千五十六体。

 だが、周囲への配慮などまったく必要がないこの環境だ。どれだけの数がいようとシオンには関係なかった。普段、わざわざ魔力を光弾に変えているのは、ターゲットのみを始末するためだ。周囲の敵を全滅させるだけなら、余計な変換工程を挟む必要はなくなる。

 シオンは、全ての魔力を解き放った。

 全方位へと無指向性の魔力を放出したのだ。それは熱と光になり、周囲を焼きつくした。

 後には何も残らなかった。

 申し訳程度に残っていた木々や、瓦礫すらも完全に消え去っていて、半透明の塊など消し炭すら残っていない。それは、ここで使用されたであろう原子爆弾をも上回る威力を発揮していた。

 そして、次の瞬間にはシオンの魔力は完全に回復していた。

 常に成長し続け、回復し続ける。それがシオンの特性なのだ。


「さて、早く戻らないと」


 シオンは、あらためて転移を行おうとして、発動しないことに気付いた。

 転移質量制限。

 そんな警告が視界に表示されている。

 シオンが使う転移魔法は、シオン一人を転移させるものだ。大質量の転移はできないのだが、シオンは何も持ってはいなかった。賢者の石を摘出したため、質量は減っているぐらいだ。

 何らかの異常が発生している。シオンは身体を確認し、それに気付いた。

 感覚のない足首に、なにかが巻き付いていたのだ。

 それは地面から伸びる紐状の、触手のごときものだった。

 確かにこれでは、転移などできるはずがない。そう思った時にはもう、地面は蠕動する肉の塊へと変貌を遂げていた。


「免疫系がやけに活発化していると思えば、賢者とか名乗っている小蠅ですか」


 それは地面から湧いて出た。肉が盛り上がり、人の形を成したのだ。それは、赤黒い肉の縄をより合わせて作られたとは思えないような、神々しいまでの美貌を誇る女神のごとき女だった。


「なるほど。あなたが魔神、ですか」


 その女が、神に比肩する存在であろうことは一目瞭然だった。


 ――無茶を押しつけるのが賢者の試練ですが、これは無謀すぎましたか。


 格が違う。そうシオンは直感したのだ。そして、これが魔神なら、賢者候補ごときではどうすることもできなかったと考えた。

 シオンは、足首を切り離した。巻き付いた触手が足へと浸透し、一体化を始めていたからだ。そのまま放っておけば、魔神に取り込まれてしまうのだろう。

 切り離した足は瞬時に再生した。感覚はないままだが、同じ失敗を繰り返すつもりはない。そうとわかっていればより注意を払うだけのことだ。

 そして、シオンは魔神と戦うつもりはまるでなかった。いつまでもヨウイチを放っておくわけにはいかないからだ。

 転移を行う。触手を切り離した今、可能なはずだった。

 だが、転移は発動しなかった。それどころか、浮いてさえいられなくなったのだ。

 ぐちゃりと音を立てて、シオンは肉の海へと落ちた。


「小蠅でも、多様性の一助にはなりますね。逃がしませんよ」

「なにが……」


 シオンの身体がずぶずぶと肉へと沈み込んでいく。沈む端から、肉はシオンに浸潤していき、その境目がなくなっていった。


「バトルソングですか……ふふっ、こんなものに依存して、賢き者などと名乗っているとは、面白い方たちですね」


 シオンは、自分が全ての力を失っていることを自覚した。


「バトルソングは子供がごっこ遊びをするために開発されたものなんですよ。誰もこんなものを実用しようだなんて思いません。ペアレントコントロールを使えば、ほらこのとお通り」


 あらゆる意味でなす術がなかった。

 脱出しようと地面に手をつけば、肉にめり込み取り込まれる。魔法も、賢者としての力も、全てが使えなくなっていた。力の源たる、システムが起動していないのだ。

 ゆっくりと身体が取り込まれていく。次第に、自分が自分であると認識できる部分が減っていく。

 シオンは、最期にできることを考えた。

 この魔神がこのまま増殖していけば、いずれは魔界全てを埋めつくし、地上へとあふれ出すのだろう。そうなればヨウイチも巻き込まれる。それだけは避けたいと、シオンは考えたのだ。

 今できるのは、口を開き、魔神に何かを吹き込むことぐらいだろう。

 何かを伝え、魔神を誘導する。それぐらいしかできることはない。

 では、何を言えばいいのか。


「高遠夜霧……この名を覚えておきなさい。あなたを殺す者の名ですから」


 それは、賭けだった。

 夜霧の名を出したからといって、魔神が夜霧に関心を持つとは限らない。だが、幾ばくかでも興味を持ち、手出しをしたならば。

 夜霧ならば、この魔神をも殺せるのではないか。

 なにも確実なことはない。だが、この状況での最善をつくしたと、シオンは思っていた。


「ヨウイチくん……」


 首だけになったシオンは最期にそうつぶやき、肉の中に消えていった。

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