第一章・第一話:蔵での日記との邂逅
蔵の奥、埃の匂いが立ち込める薄暗がりで、小生は古書の山の間から、ひときわ古びた一冊――『文豪転生録』――を見つけた。
革表紙はひび割れ、長い年月を語るかのように固く、しかし手に取ると微かに温かさを感じた。
ページをめくると、最初に現れたのは夏目漱石の名前と、漱石作品に似た日記風の文章。
文字は淡くも力強く、胸の奥に直接語りかけてくるかのようだった。
小生は指先で文字を辿る。
「人の心は深く、時に孤独である――」
読み進めるうちに、小生は文章の中に自分が組み込まれてしまったような錯覚に陥る。
時間と空間の境界が曖昧になり、視界の端に影が揺れ、耳の奥に囁きが聞こえる。
まるで文字の世界が生きていて、小生自身がその中の一部になったかのようだった。
文章に没入していくほど、漱石の世界の奥行きが立ち現れる。
断片的な日記の一行一行に、人物の感情や思考が息づき、過去の世界が目の前に展開していく。
しかし、クライマックスの一文に差し掛かる瞬間、文字は途切れた。
小生ははっと息を吸い、我に返る。
蔵の静寂と埃の匂いが、現実に戻ったことを告げる。
それでも胸の奥には、あの文章の力が残っていた。
まるで漱石が紡いだ世界の一部に、ほんの一瞬だけでも触れた証のように――。
小生は本をそっと閉じ、息を整えた。
蔵の静かな光の中で、次に何を見つけるのか、心の中で期待が膨らむ。