第四章・第四話
夜の帳が下りると、空気はぐっと澄みわたり、天頂にひときわ大きな星が輝き始めた。どこからか吹き寄せる風が、草原を渡る音を運んでくる。それは、ただの自然の響きではなく、ことばに置き換えられるのを待っている詩の旋律のように、私の胸に触れた。
ふと視界の端に、一本の線路が見えた。いつからそこにあったのかはわからない。黒々とした大地を貫くように続き、その上には誰も乗っていない小さな列車が静かに停まっている。私は吸い寄せられるように近づき、気づけば車内に足を踏み入れていた。
そこには、旅人のような一人の男が座っていた。薄い外套に身を包み、どこか農夫を思わせる風貌をしているが、その瞳は宇宙の深淵をそのまま映し込んでいるかのようだった。
「君も、星を見上げる人か。」
彼はそう言って、窓の外を指さした。漆黒の空に散らばる光点が、まるで音楽の譜面のように並んでいる。
「僕たちの営みなんて、星々からすれば一粒の砂にすぎない。でも、その砂を慈しむ心が、宇宙全体を震わせるんだ。」
私は息をのんだ。その声は柔らかく、どこか祈りのようでもあった。農夫が土を撫でるように、人々の苦しみや孤独を撫でている。そこには慰めと同時に、確固とした意志があった。
「君は文学を探しているんだろう。けれど、文学は紙の上にあるものじゃない。畑を耕す手の泥に、病床に伏す子の涙に、星を仰いで祈る心に――すでに宿っている。」
その言葉に、私は自分がいままで“ことば”を外に探しすぎていたことに気づいた。漱石の残した未完成の文に心を掴まれ、そこから必死に答えを求めてきたが、賢治と名乗ったこの人は「答えはすでに君の中に芽吹いている」と告げているように思えた。
窓の外を見れば、列車はすでに動き出していた。車輪の響きはまるで詩のリズムであり、心臓の鼓動でもあった。夜空を滑るように進む列車の中で、私は言葉にならない感覚に包まれる。
ふと、列車はトンネルに差しかかった。暗闇の中で視界が奪われる刹那、私ははっと目を開ける。そこは再び、あの机の前だった。日記のページは風に吹かれたように揺れ、白紙のままひらひらとめくれている。
だが、胸の奥には確かな余韻が残っていた。
――文学は、宇宙と人間のあいだを結ぶ祈りの道なのだ。
そう呟いた瞬間、窓の外にまた一つ星が瞬いた。それは、次に出会うべき誰かの導きであるかのように。