第三章・第三話 影の救済
蔵の奥、微かな風が障子を揺らす。
小生は手記を抱え、再び文字の奔流に吸い込まれた。
灰色の光の中で、影のKが浮かび上がる。
「助けて……」
その声はか細く、しかし小生の胸に刺さる。
影は現実のものではなく、文字の中で形を変えた存在。
だが、その切迫は確かに存在し、小生を揺さぶった。
太宰の声が背後から響く。
「救いは、君自身の覚悟にかかっている。恐れずに受け入れよ」
小生は息を整え、手記を胸に抱きしめる。
そして、静かにKの影に向き合った。
「君を赦す。君の存在も、痛みも、すべてを認める」
影のKが微かに揺れ、顔が和らぐ。
文字の奔流が光を帯び、周囲の影がざわめき、やがて落ち着く。
小生は理解する。
――Kの救いは、現実の行為や言葉ではなく、物語の中で赦されることによって成立する。
太宰は静かに頷き、影の世界の空気が柔らかくなる。
「君もまた、この物語の一部だ」
小生は胸の奥で、文字と影が共鳴する感覚を覚える。
恐れ、孤独、救いの希求――それらが、文字の中で生き、そして自分の存在を確かめさせる。
やがて、文字の奔流は静まり、蔵の中に戻る。
手記は膝の上にあり、墨の匂いが指先に残る。
胸の奥には、漱石、芥川、太宰、そしてKの影が、静かに、しかし確かに刻まれていた。
小生は悟る。
――物語は、ただ読むものではない。
触れ、巻き込まれ、影と向き合い、自らも物語の一部となることで、初めてその力が生まれるのだ、と。
そして次の頁を開くとき、さらに深く、複雑な影の世界が待ち受けていることを、小生は知っていた。