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プロローグ・蔵の邂逅
蔵の扉は、思ったより軽く開いた。
埃の匂いと、木材の軋む音が、小生の耳をくすぐる。
そこにあるのは、ただの古書の山。だが、一冊だけ、違った。
革表紙がひび割れ、金色の文字がかすれかけたその本――
『文豪転生録』。
小生は思わず息を呑んだ。
名を残した文豪たちの、知られざる人生の断片が記されていると噂される本。
手に取ると、わずかに背筋が震えた。
「小生……本当に、作家志望でいいのだろうか」
ひとりごちた。何かに導かれるように、蔵の奥で手にしたこの本に、文字通り引き寄せられる気配があった。
ページをめくる――
世界が、ほんの一瞬だけ歪んだように見えた。
そしてどこか遠くで、かすかな声がした気がした。
しかし、その声はすぐに消えた。
小生はただ、心の奥に残った響きだけを頼りに、読み進めることにした。