怨人
これは現だろうか幻だろうか
私の目の前に とん と置かれた一杯の水
なぜだか理解る
飲めば楽になると
私を追い詰める
この世界から
私を解放してくれるだろうと
私の居場所はなくなった
私の居場所は奪われた
誰も私を見ていない
誰も私の声を聞こうとしない
未練はないと
思うのは
どこかに未練が
あるからだと
気付いた時にこそ
真の絶望が押し寄せた
ああ ああ
私はなんて醜いのだ
良い人ぶって
理解っているふりをして
気付きたくなかった私の心
気付かないふりをしていた私の心
気付いてしまったのならば
いっそありのままの心をさらけ出そう
私は水を飲む
こくり ごくりと
水を飲む
私の身体は
砕け散り
私の心は
溶け混じって水となる
ひとり、その目潰そうか
真実を見ずに
虚偽を見抜けぬ目を
荒れ狂う蛟龍の如く
その目に怨を叩きつけよう
ふたり、その顔 潰そうか
我は被害者
我は正義と
誇らし気に歪んだ顔を
立ち込める霧の如く
その笑顔を怨で覆い隠してやろう
みたり、その喉 潰そうか
真実を語らず虚偽語る
賢しく囀るその喉を
滴る雫の如く
喉を怨で塞いでやろう
よたり、その心 潰そうか
煩く付き纏い
隙あらば蔑もうとするその心
凍てつく氷柱の如く
怨を深く深く心に突き立てよう
蛇蝎の如く
静かに
這い寄り
纏わりついてやろうか
静かに
這い廻り
纏わりついてやろうか
ああ ああ
なんて愉快なんだろう
なんて晴れやかな
気持ちなんだろう
人を虚仮に
することは
こんなに
気持ちが良いものだとは
ああ ああ
なんて不快なんだろう
よくもこんな
気持ちで平然とできるものだ
人を虚仮に
しまくって
よくも
笑っていられるものだ
私は水
いつでもどこにでもある水
この水は
壊れた私の心そのもの
怨人である
あなたのすぐそばで
さらりさらりと
今日も揺蕩う
ありがとう
ありがとう
こんな私に
してくれて
そんなあなたで
いてくれて
怨むことを
後悔しなくて済むことに
心からお礼
申し上げます