第9話 軽薄そうな護衛騎士
「あ、いたいた。ベイルさん、裁判お疲れ様。今ちょっと良い?」
講堂からそそくさと去り、帰ろうとしたところ。
リックマン先生に呼び止められてしまった。
今日の裁判の記録を持ってきてくれたのだろうかと思いきや、先生の横には一人の青年がいる。
真紅のネクタイ(ちなみに魔術科は濃紺、私の所属する特進科は白である)を見るに、おそらく騎士科の生徒だろう。
誰だろう?
緩くうねった赤銅色の髪にとろんとした垂れ目。
体躯はわりとがっしりしていそうに見える。誰かなと思っていれば、リックマン先生が紹介した。
「彼は騎士科に所属するカイル・ワグナー君。ベイルさんと同じ2年生だよ。今回ベイルさんは『護衛騎士』を任命していなかっただろう?彼がぜひ君の騎士になりたいって言ってくれたんだ」
「え、」
───護衛騎士。
逆上した被告、原告側から判定者を守るための役職だ。
基本的に騎士科の生徒から判定者が選ぶのだが、私には騎士科の知り合いなんていないし、頼んでも断られるだろうと思って選んでいなかった。
すると目の前の彼がすっと前に出てくる。
「俺はカイル・ワグナー。騎士科に所属してる。魔法も得意だから、呪いによる攻撃にも対応できるし、腕もそれなりにあるよ」
カイルは気軽な口調でそう言って、にこっと笑った。
自信ありげな態度に、少しだけ胡散臭さも感じる。
「どうして護衛騎士を?」
そう聞くと、彼は即答した。
「護衛騎士は覚えめでたいからね。就職先も多少優遇されるだろうし、経験としても貴重だと思ったんだ」
なんて、あっけらかんと言う。
けれど変に取り繕った言葉よりもマシではある。
正直護衛騎士を真面目にやってくれるかどうかは判断できないが、彼のその理由には納得できた。
(先生を通して紹介されるってことは、セラード王子ともクローディアとも何の関わりもない、中立な立場であることは保障されているわよね)
それについ先程セラード王子達にきつめに責められたばかりである。
王族相手にどこまでやってくれるかは分からないけど、今後ああいうのから守ってくれたら非常に心強かったりするのだ。
断る理由はないだろう。
「…………特進科の二年、シャーロット・ベイルです。よろしくお願いいたします。ワグナーさん」
そう言うと、カイルは大げさに肩をすくめた。
「かたいかたい!俺のことはカイルって呼んでよ。俺も君のこと、シャーロットって呼ぶからさ」
人好きする笑みを浮かべて言うカイルに、私は少し眉をひそめる。
何かチャラそうだな。
すると私の内心を見透かしたように、リックマン先生がくすりと笑った。
「ワグナー君は本当に頼りになるから安心してね。それに、今回の裁判でセラード王子ともクローディア嬢とも一切の関わりがない生徒だ。そういう点でも中立性は保証されてるよ」
「………はい、分かりました」
「ワグナー君も真面目にやってね」
「ええ、もちろん」
そしてリックマン先生が用事があるからと言ってその場から立ち去ってしまう。
残された私はカイルを改めて見つめた。
騎士科の生徒達は性質上無骨な雰囲気の人が多いが、彼は違う。髪は肩まで伸びているし、制服だって軽く着崩している。
けれど魔術師らしいトリックスター的な要素が垣間見えて、魔法騎士への適性が高いんだろうなとぼんやりと思った。
(あと、やっぱりチャラそうなんだよな)
人を見た目で判断したくないが、距離感といい話し方といい、そう思ってしまう。
…………もしかしてこの人。普段の素行が悪いから、それを挽回すべく『護衛騎士』をやろうと思ったんじゃないの?
別にそれならそれで良いのだが、ふざけて裁判を邪魔するのだけはやめて欲しいかもしれない。
「───で」
すると、怪訝そうにする私にカイルが気軽に話しかけてくる。
「今から君に付きっきりになるわけだけど、君はこれから何をするつもりなんだい?」
「あ、はい。…………とりあえず、先程の裁判でリュシアン王子から提出された馬車の事故証明書が本物であるか確認しに行こうと思っています。王都にある保険会社に行けば、真偽を確かめられるでしょうから」
本来であれば、裁判は国家の司法制度に則って厳密に運営される。
しかし学園裁判はあくまで教育の一環として行われているため、様々な部分で簡略化されているのだ。
その一つが証拠の確認。
公式の裁判であれば専門の調査官が行うはずの確認作業も、判定者である私が担わなければならない。
するとカイルは猫のような笑みを浮かべて口を開いた。
「それなら大丈夫。さっき保険会社に手紙を出しておいたよ。学園の名前で速達で出したから、明日には確認書類が届くはずさ」
「え?」
悪戯が成功した子供のように話す彼に思わず目を見開く。
思っていたのとは違うカイルの一面に、はた、と思考が停止してしまった。
あれ、もしかしてこの人。かなり仕事ができる人なんじゃ………。
「あ、ありがとうございます。助かります」
「うん。保険会社の所在地を調べて、君が話していた事故の日時と関係者の名前を照らし合わせて、問い合わせの手紙を出した。予備の証明資料もお願いしてあるから、到着したら一緒に確認しようよ」
え、ええ!?めちゃくちゃ仕事ができる!
チャラそうとかふざけて裁判に関わって欲しくないな、だなんて思っていた自分がものすごく恥ずかしい!
ていうか護衛騎士って、こんなことまでしてくれるのか………?ありがた過ぎる………。
目を丸くする私に、カイルは緩く巻かれた赤銅色の髪を揺らして小首を傾げる。
「あの、カイル。すごく助かります。本当にありがとうございます」
「あは。いーって。いーって。ま、俺も内申稼ぎとは言え、やるからにはちゃんとやるよ。これからよろしくね。判定者さん?」
「は、はい!よろしくお願いします!」
こんなに有能な護衛騎士がついてくれるのなら、心強い。
そう思いながらも、気を抜くことなく裁判の準備を進めようと新たに気を引き締めた。
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