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第8話 とある悪役令嬢の独白

※クローディア視点



 


 名門オットー侯爵家の令嬢として生まれた私は、家の名に恥じぬよう、幼少の頃から厳格な教育を受けてきた。


 礼儀、教養、社交術、そして家の格を守るための振る舞い。どれも不可欠なもので、私はそれらをすべて身に付けることを自らに課してきた。

 

 セラード王子との婚約が決まってからは、その努力はさらに過酷なものとなった。

 国王陛下から「お前が支えなさい」と直々に言われ、次代の王妃としての自覚と責務を強く意識するようになったからだ。


 そしてそれは学園に入学後も続いて。

 公務や授業、行事の準備などを完璧にこなす傍ら、感情の起伏の激しいセラード王子がトラブルを起こすたびに対処し、彼を支え続けてきた。


 けれどそれは無駄だったらしい。


 2年生に進級し、メアリ・ブランシェット男爵令嬢が転入してきたことで全てが変わったのだ。



『───クローディア、いくらメアリが気に入らないからって、影で強く当たるのはやめてくれないか。メアリが傷付いているだろう』



 セラード王子が涙を浮かべるメアリ・ブランシェットの肩を持って、私にそう告げた。


 呆然とした。

 だって私はメアリと会話したことすらない。

 学園内でセラード王子と仲睦まじく話すメアリを見かけたことはあるが「学園内では自由な交友を楽しめばいい」と、婚約者としての立場をわきまえ、干渉してこなかったのだ。


 しかし、メアリは徐々に私の、架空の被害を訴え始めた。


 嫌がらせの手紙を何通も送られた。

 会えば「平民風情が」と罵られる。

 呪いをかけられた───そう泣きながら語るメアリの話は、やがて学園内に広がっていった。


 最初こそ「クローディアがそんなことをするはずがない」と否定する者もいた。

 けれどメアリは何度も執拗に訴え続けたのだ。

 

 そしていつしか、誰もが疑い始めた。


 「クローディアはセラード王子とメアリの親密さに嫉妬し嫌がらせをしているのでは」と。


 いくら「していない」と否定しても、セラード王子は信じなかった。

 学園の空気も徐々に変わっていき、『嫉妬に狂った哀れな女』と見做される。

 

 友人であった令嬢達も次第に離れていき、孤立していった。

 むしろオットー侯爵家の令嬢が落ちぶれていく様を、彼女達は陰で愉快そうに眺めていた。

 

 唯一気にかけてくれるのは、後輩のリュシアン第二王子だけだったが、彼と親しくすれば今度は「第一王子から第二王子へ鞍替えか」と噂されるだろう。


 八方塞がりだけれど、いずれ時が来れば噂も収まる。

 そう信じていた矢先のことだった。



『クローディア・オットー侯爵令嬢!貴様によるメアリへの度重なる問題行動はもはや看過できない!───よって、この場をもって婚約を解消させてもらう!』


 

 学期末の慰労パーティーにて。

 生徒達が華やかに着飾り、楽しげに談笑する中で、それは起こった。


 馬鹿みたいだと思った。

 努力も我慢も、全て無に帰したのだ。


 セラード王子、貴方の隣にいる男爵令嬢は、顔を俯かせながら口元に笑みを浮かべているのよ。

 嗚咽を上げるだけで、涙だって一つも溢れていない。


 そんな女にしてやられた事実にやるせなさと、王子への信頼が一気に崩れ去った。

 

 全身に冷たい針が刺さるような痛みを感じる。


 もう良い。もうどうにでもなれ。

 

 でも私の名誉だけは汚させない。

 

 真実を捻じ曲げたまま、終わるわけにはいかない。

 

 そして、ふと視線を向けた先に一人の少女の姿を見つけた。


 ───シャーロット・ベイル伯爵令嬢。

 最高判事を父に持ち、成績優秀者として一方的に知っていた。

 2年の初めから留学しており、ちょうど最近帰国したばかりだという。


 彼女ならば、この歪んだ構図を客観的に見てくれるだろうか。


 何の関わりもないけれど、あのベイル伯爵(・・・・・)の娘であることに、もしかしたらと期待してしまう。


 そう思った瞬間、口が勝手に動いていた。



『…… ───では、学園裁判を行いましょう』



 


 ◇

 

 


 

 第一回目の公判を終えて、シャーロットのもとに行けば、彼女はセラード王子や彼の友人に詰められていた。


 この国の最高判事の父を持つ彼女として、法廷という場では中立の立場をとらなければならない。

 そんな彼女にああも醜く責め立てるセラード王子に、思わず怒鳴ってしまった。


 そして一人残り踵を返そうとしたシャーロットを不意に呼び止める。



「ベイルさん」

 


 この国で、この貴族の世界の中で、一体何人の人が正しくいられるのだろう。

 

 権力と立場で真実を捻じ曲げ、裁判の判決を歪める判事達がいることも知っている。


 むしろそういった者の方が多い。

 法治国家であれど、貴族の権力が強いこの国ではむしろ普通で。泣きを見る下級貴族や平民達の存在がいることをよく知っている。


 けれど目の前の彼女は、無理矢理巻き込まれた立場だというのに真摯に全うしてくれた。


 学園の誰も彼もセラード王子やメアリの言葉を信じていたのに、その偽証を当たり前だと言わんばかりに晴らしてくれた。


「……………ベイルさん、貴女を裁判に巻き込んでしまい、誠に申し訳ございませんでした。しかし、貴女が判定者となってくださって本当に良かった。改めてお礼を申し上げたくて………」

「い、いえ、とんでもございません」


 礼を言えば、シャーロットはぎくしゃくとしながら首を振る。


 裁判中は理路整然とした物言いでセラード王子の証拠を却下していたというのに、そのギャップに少しだけ笑みが溢れる。


 そしてそのまま礼を言おうとしたところ、シャーロットは言葉を継いだ。


「こちらこそ先程はセラード王子から守ってくださり、ありがとうございました。私の方でうまく立ち回れたら良かったのですが、咄嗟に身体が動かなくて………」

「そんな。当然ですわ。一人の女子生徒にあんな風に責め立てるなんて、普通じゃありませんもの」


 そう言えばシャーロットはくすりと笑った。

 彼女の笑みを見るのは初めてだ。


 するとシャーロットはしばらく黙り込んだ後、しわしわと顔を寄せながら気まずそうに口を開いた。

 

「……………あの、誠に恐縮ではございますが、私たちは現在、判定者と被告という立場にございます。裁判中は余計な接触は控えるべきでありましょう。

 後程セラード王子にも同様にお伝えいたしますが………大変失礼なお願いとは存じつつも、どうかご理解いただけますと幸いです」


 その丁寧すぎるほど丁寧な物言いに、思わず噴き出してしまう。


 どこまでも真面目な人。

 公平であろうとする彼女の姿に好感が湧く。


「それでは失礼いたします」


 そう言ってシャーロットが去っていく。

 その背中を見送りながら、隣にいたリュシアン王子と顔を見合わせた。


「たとえ裁判に敗れたとしても、あの方に判定を委ねて良かったと思える気がしますわ」

「裁判には負けさせないよ。でも、君が彼女を気に入る理由はよく分かる」


 リュシアン王子も彼女の不器用すぎる人柄を気に入ったようだった。


 改めて決意する。

 この裁判で、真実を明らかにするのだ。


 自分の尊厳と、誇りを取り戻すために。





 


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