第6話 それは証拠になりません
セラード王子から提出されたのは、メアリ・ブランシェット男爵令嬢に宛てられた嫌がらせの5通の手紙に、証人達の証言を記録した証言録。
それを手元で確認しながら、怪訝そうな顔をするセラード王子に口を開いた。
「まず、クローディア・オットー侯爵令嬢が送ったとされる手紙についてですが、全部で5通あります。こちらの手紙が送られたのは今年に入ってからでしょうか?」
そう尋ねればセラード王子は「ああ、そうだ」と自信満々に頷いた。
「手紙の内容は極めて悪質です。ただ、こちらの手紙に使われている封蝋が学園で使用されていない色をしている点について、非常に気になりました」
「何?」
手元にある証拠品の手紙の内、一通を掲げてみせる。
封筒に付けられた封蝋の色は真紅で。学園側からは深緑色の封蝋を使うようにと指定されているのだ。
「学園内で生徒間同士でやり取りされる書類には、学園が決めた封蝋を使用します。それによって外部への手紙か、内部への手紙かが区別されるのです」
「………封蝋など個人のものを使ったに過ぎないだろう」
「であれば、手紙は届くはずがありません。学園の規定外の封蝋を使われた場合、その手紙は差出人へ差し戻されます」
「なら、学園を通さず手紙を送ったんだろう!」
そんな彼の言葉に私は再度尋ねる。
「この手紙は今年に入ってから送られてきたんですよね?」
「ああ、そうだと言っている」
「………で、この手紙があったのはメアリ・ブランシェット男爵令嬢の住む学生寮のポスト。今年に入ってから、学園規定の変更によって、学生寮のポストには学園を通した手紙以外は入れられないよう細工(術式)が施されているんです」
私は留学していたため事情を知らないが、貴族の子息子女の通うこの学園に不審物が送り込まれないよう、安全面を考えて規定の変更がされたそうだ。
そのため学園を通さずに送られた手紙を、学園の備品たるポストに入れるのは不可能ということになる。
「したがって、学園指定の封蝋以外のものが使われているという点と実際にポストに入れられていたという証言の矛盾から、証拠能力に疑問を抱かざるを得ません」
そう説明すれば、セラード王子は軽く舌打ちをする。
そして「また……」と続けようとすれば、王子は目を丸くした。
「ま、まだあるのか?」
「? え、ええ。それから…………筆跡鑑定についてですが、これはどなたに頼まれたのでしょうか?」
セラード王子が少し困惑した顔で「私だ」と答える。
「その、裁判において何の資格もない個人による筆跡鑑定には証拠能力がありません」
よくあることだが、裁判において個人の鑑定は証拠能力を持たない。
資格のない者が行った鑑定結果は、客観的な証拠としては認められないのだ。
「…………ならば、図書館での恐喝はどう見る!証人がいるんだぞ!」
「ええと、クローディア嬢がメアリ嬢に度重なる暴言を吐いたという証言ですが………」
一先ず手紙を置き、次に証言録の書類を広げる。
そこにはクローディアがメアリに暴言を吐いたとされる証言と証人の名が書かれており、それを見ながら言葉を続けた。
「現段階で提出されている図書館での騒動に関する証言には、証言人の主張に矛盾があり認めることはできません」
「はあ!?」
納得がいかないといった様子で顔を引き攣らせるセラード王子に、私はなるべく丁寧に説明をした。
「例を挙げるなら、ダリル・ベルゼン伯爵令息とパトリック・ウォスター公爵令息の証言でしょうか。
例えば、ダリル・ベルゼンは『図書館で暴言が交わされているのを図書準備室から見た』と証言されていますが、その期間中、準備室は業者による本の搬入で一時的に封鎖されております。
そしてパトリック・ウォスターの証言では『図書館の奥で見た』とありますが、他の証言者達による『図書館の出入り口付近で見た』といった主張と食い違いが発生しております。
───そのため、証言の信憑性に疑問が生じ、現在の段階では証拠として認められません」
分かりやすいようにそう伝えれば、セラード王子の顔は赤くなる。
そして怒気を含んだ声で私に言い放った。
「貴様!メアリだけでなく、今しがた名を出したダリル・ベルゼンやパトリック・ウォスターの証言さえも嘘だというのか!あいつらは王家が従える由緒正しい貴族の者だぞ!」
その言葉を聞いて、一瞬黙ってしまう。
王族相手に怒らせてしまい内心不安で仕方がないものの、裁判で出される証拠は裏付けがきちんと取れているものでなければならない。
そういうものだからだ。
それに、ここでセラード王子の言う通り提出された証拠を全て認めてしまえば、それこそ『ベイル伯爵家の娘は権力によって真実を捻じ曲げる』と思われかねない。
その事実は国の最高判事を務める父の威光を傷付けるだろう。
(いや、もしかしたらセラード王子は本当に裁判についてよく分かっていない可能性もあるのかな)
事前に先生から学園裁判についての書類を渡されていたはずだが、もしかすると読んでいない可能性が浮かび上がる。
だってこうまでして理解していないのだ。
証拠能力のない証拠をこれ以上提出させても駄目だろうと思い、私は内心びくびくしながら口を開いた。
「…………セラード王子。裁判において優先すべきは、誰が言ったかではなく裏付けのある証拠のみなんです」
「な、」
「家格や名誉による印象を重視することはありません。少なくとも、私が担当する学園裁判ではそうします」
言葉を一つ一つ慎重に選びながら、セラード王子の目をしっかりと見据えて話す。
分かってくれたかな?
セラード王子は顔を俯かせ、表情が読めない。
けれどなるべく丁寧に言ったから、間違っても不敬罪で処罰されることはないだろう。
しかし次の瞬間、セラード王子はバッと顔を上げて叫んだ。
「……───それならば、呪いはどうなんだ!クローディアは魔術科に所属していないものの、魔術による呪術が得意だと証明されている! おまけに魔術科の生徒もクローディアが呪いをかけたと断定したんだぞ!」
「その、証拠は?」
「は、だからそれこそが証拠だと言っているんだ!」
(何だか堂々巡りになっているな………)
セラード王子は必死になって言い返すが、それも否定するしかない。
「セラード王子、もう一度言います。資格を持たない個人による鑑定は、基本的に認められないのです。その魔術科の生徒には、呪いの痕跡を辿る鑑定者としての資格が与えられているのでしょうか?」
「それは………!」
それを尋ねれば、今度こそセラード王子は黙りこくってしまった。
その様子を見て、内心で「何だかなあ」と呟く。
そもそもセラード王子が提出した証拠や証言録は書面で『証拠不十分』とすでに通達していたのだ。
けれど今ここで証拠不十分とした証拠らを持ち出すものだから、法廷の場で改めて説明しなければならなくなった。
「基本的に私が担当する裁判では、裏付けのある証拠のみで判断を下します。正式に資格を持った者による証言は参考にしますが、そこに家柄や身分といった要素は含まれません。───ご理解いただけますでしょうか?」
その言葉が講堂に響き渡り、会場は静まり返る。
セラード王子は言葉を失い、ただポカンと私を見つめていた。
ふと顔を上げれば傍聴席にいるメアリがものすごい形相で私を睨み付けているのに気付いてしまった。
冷や汗をかきながらも、とりあえず見なかったことにする。
そして空気を変えるように、セラード王子やクローディア達に話を振った。
「原告側から新たな証拠の提出はありませんか?………もしなければ、被告側にお伺いします。事前の証拠提出はありませんでしたが、この場で新たに提出できる証拠などはございますか?」
すると、クローディアではなく弁護人のリュシアン王子が立ち上がり、私に向かってある書類を提出した。
「こちらは?」
「───これは、メアリ・ブランシェット令嬢が『図書館で暴言を吐かれた』と主張した日時に、クローディアが馬車に乗っていたという証拠だ」
見れば保険会社による事故の証明書だった。
馬車と魔物が接触事故を起こしたらしく、馬車の搭乗者にクローディアの名前が書かれていた。
そうそう、こういう証拠が欲しかったんだと思いながらリュシアン王子に頷く。
「確かに受理しました。こちらの証明書が正式なものであるか後程確認いたします」
そう言えばリュシアン王子は満足そうに笑みを浮かべた。
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