第3話 裁判の準備と今世の父
学園裁判に向けて、日程の調整と証拠品の提出が終わった。
裁判は私達が3年生に進級する前に終わらそうということになって、一ヶ月を目処に3回ほど開かれる。
学園街の外れにあるベイル伯爵家の屋敷にて。
私は第一回目の裁判が始まる前にセラード王子から提出された……クローディアの悪事を書き写した証言録や、実際にメアリに送ったとされる嫌がらせの手紙を調べていた。
───これが、『学園裁判』で扱う証拠。
前世で法学部の大学院を出て、地味に司法修習を終えていたけれど、まさか転生先でも裁判沙汰に巻き込まれるなんて夢にも思わなかった。
「どうしてこうなっちゃうのかな………」
裁判の争点と証拠のメモを書き記したノートを閉じ、そっと額に手を当てる。
正直やることが多すぎる。
これ、第一回目の裁判に間に合うのかな。
間に合わなかったら、セラード王子から殺されるのかな。
そんなことを考えながら必死に準備を進める。
少しだけ微熱のようなものを感じたけれど、それが身体の異変なのか、ただの不安のせいなのか。自分でもよくわからなかった。
するとその時、自室の扉がノックされた。
「───お嬢様。旦那様がお呼びです」
ノックの音に続いて、扉の向こうから控えめな声。
このベイル伯爵家の屋敷で働いてくれる侍従長のヨゼフだ。
ノートや証拠品の手紙を鍵付きの引き出しにしまい、扉を開ける。
「お父様が?…………今すぐ?」
「はい。執務室へお越しくださいとのことでした」
「わかりました。すぐに行きます」
今世の父──アダム・ベイル伯爵。
今世の母親は早くに失くしてしまっているため、この父親が唯一の肉親であるものの、あまり関わったことがない。
悪い人ではないけれど、仕事一辺倒の生真面目な男という印象だ。
ヨゼフに連れられ執務室まで着くと、すぐに中から「入れ」という低い声が返ってきた。
「失礼します」と言って入れば、今世の父は書き物机の前に座り分厚い書類を捲っていた。
白髪の混じったグレイヘアーをぴっちりと後ろに撫で付け、硬質そうな色の瞳が書面の文字を追っている。
上司。
正直父というよりも上司のような存在に自然と緊張する。
はっきり言って、めちゃくちゃ怖い。
「………そこに掛けなさい、シャーロット」
「は、はい」
緊張しながら執務室のソファに腰掛けると、父は書類を置きようやく私を見た。
「お前が学園裁判の『判定者』になったという話を聞いた」
「…………あ、はい。……えっと、その……」
「事情はすでに把握している。セラード王子とクローディア嬢に頼まれたのだろう。いや、任命されたというべきか。お前の性格からすれば、断れなかったのだろうと思う」
「…………申し訳ありません」
「謝ることではない」
多分父からしたら娘が王族のごたごたに巻き込まれて「もっとうまく立ち回れよ」くらい思っているだろう。
申し訳なくなって謝れば、父はしばらくして口を開いた。
「学園裁判という制度は、表向きには実践的な教育プログラムの一環とされている。しかし実態は───貴族間の名誉と勢力をかけた代理戦争だ。くれぐれも軽んじないように」
「………はい」
父の声は静かだったが、その底には確かな重みがあった。
「判定者の役割として確かに人を裁く側面もあるが、その力は決してお前のものではない」
「………はい」
「決められた規則によって行使されるだけであり、お前の力ではない。与えられた証拠と倫理………それらに従って判決を下しなさい」
判定者に権力があると錯覚しないように。
そうたしなめられて、素直に頷く。
今世の父とはあまり関わったことはないけれど、こういったところに好感が持てる。
真面目一辺倒で冗談も言わないような人だけれど、私は彼のことが決して嫌いではなかった。
「はい。承知しました」
しっかりと頷いてみせれば、父は頷き「もう下がって良い」と再び書類に視線を落とした。
一礼し執務室から出れば、扉の横にヨゼフが控えていて。
目が合うと、にこりと笑ってくれる。
「お嬢様、あまりご無理をされないように。あとでお部屋に何か飲み物でも持っていきましょう」
「ありがとうございます。でも私は平気ですから、お父様に用意してあげてください」
そう返せば、ヨゼフは「でしたら旦那様の分も用意しましょうか」と言ってくれる。
第一回目の学園裁判まであと数日。
私は自室に戻り裁判の準備の続きに取り掛かることにした。
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