第16話 学園裁判の裏で
※第三者視点
王城の謁見の間。
人払いされ、僅かな近衛兵のみが佇むそこで。玉座に座る王の前に一人の男がいる。
アダム・ベイル伯。
ベイル伯爵家の当主であり、この国の最高判事を務める男。表情一つ動かさない石のような男を前に、この国の王───フェリクス国王は笑みを浮かべた。
「アダムよ。この度は儂の愚息が世話になったな」
「いえ、私の娘が好き勝手やったようで誠に申し訳ございません。この件につきまして、私の監督不行き届きであったことが原因。爵位を捨て判事から一線を退く覚悟はあります」
「おい、絶対にそんなことはするなよ」
そしてフェリクス国王は苦笑しながらぼやく。
「保守派の貴族連中にまんまと利用され、オットー侯爵家の優秀な橋渡しである令嬢クローディアとの婚約を勝手に破棄した愚息が悪い。
前々からやらかす奴だと思っておったが………まあ、良いだろう。今回のことで正式に王位継承権をリュシオンに与えることができた」
王は、あの優秀なクローディアが王妃として支えるのであればセラードが王になっても問題はないと思っていた。
感情的で、思い込みが激しく、第一王妃に甘やかされてそのまま成長したようなセラードを、優秀な臣下が支えてくれるのであれば何とかなるだろうと。
しかし保守派の貴族にまんまと利用され、クローディア及びオットー侯爵家に泥を塗る始末。
学園裁判を起こしていなければ、時間をかけて保守派の貴族による企みの証拠を手に入れることは難しかったであろうし、事態がクローディアを悪として収束してしまえばオットー侯爵家との繋がりは最悪絶たれていただろう。
結果的に、今回の件で不安の種であったセラードを王位から引きずり下ろし、優秀な第二王子のリュシアンを第一王位継承者に引き上げられたのは良かった。
そしてフェリクス国王は愉快そうに語り出す。
「学園裁判について部下から聞いたぞ。シャーロット・ベイル嬢───何でもお前によく似ておると」
そうだろうかとアダムは思案した。
何だかおどおどしていて、忙しなくて。亡き妻に似てひどく善良な気質を持つ娘と自分は果たして似ているだろうか。
けれど結果的に、どのような権力にも屈しない空気の読めなさは似ているのかもしれない。
「いやあ、思い出すな。儂らが学園にいた頃を。あの時もお前が『判定者』をやっていただろう」
「…………ええ、そうでした」
「あの時からお前は真面目一辺倒で、どんな権力にも屈しなかったな。そのせいか目を付けられて、闇討ちされるたびに騎士科のヨゼフに助けられていたか」
そう言って目を細める国王にアダムは居心地悪くなる。
まだフェリクス国王が王子であった頃。
その後輩としてアダムは学園に通っていたのだ。
今も変わらないが、まるで石のような青年で。朴念仁で正論ばかり言って、他の生徒達から反論されたり、揶揄われたりしていた。
そしてそんな彼もまた、学園裁判の『判定者』として様々な生徒の問題を解決していたのだ。
懐かしいけれど、学園裁判において判定者の仕事量はそれはもう膨大だ。
もう二度とあんなことはしたくないと思いつつ、自分の娘がまさかやるとは思いもしなかった。
「貴族の権力闘争を代理で行うにふさわしい場であるためか、学園裁判を起こす者は中々おらんし判定者を務めることができる者はごく少数。まさかお前の娘もなるとはなあ」
それをフェリクス国王も思ったのか。
笑みをこぼしながらぼやく。
───そして表情は変わり、国王は本来の目的を口にした。
「保守派の貴族達の裁判はどうなっておる」
「は、滞りなく。しかし証拠不十分な者もあり、実刑が下るのはごく僅かかと」
現在、保守派の貴族達によるブランシェット男爵家への不正な資金援助や他下位貴族への脅迫といった行為が露呈され裁判にかけられている。
憲兵達によって集められた証拠はある程度揃っているものの、今回の事件に関与したと見られる一部の貴族は証拠不十分として逃げ切っていた。
「そうか。お前の娘が危害が加わえられないよう学園に通告しておこう」
その言葉にアダムは淡々と礼を言う。
フェリクス国王が口を開いた。
「オットー侯爵が礼を言っておったぞ。有事の際にはお前達の力になると」
「…………礼には及びませんし、見返りも必要ありません。裁判の意味がないので」
きっと娘のシャーロットもそう言うだろう。
それに国王が噴出して笑う。
そして「お前は本当に頑固だなあ」と愉快そうに言った。
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「───そういえば、今回護衛騎士を務めたという青年。カイル・ワグナーといったか」
去り際。フェリクス国王が踵を返そうとするアダムに声を掛ける。
カイル・ワグナーという青年にはアダムも一度顔を合わせていた。
学園裁判の最終判決前夜、突然屋敷に訪れて来た騎士科の学生。いつも門の前で娘のシャーロットを待っていた彼が、夜分遅くに屋敷に赴いた非礼と、どうしてもシャーロットと話がしたいと頭を下げてきた。
アダムとして、カイルに対して悪い印象はない。
むしろよく護衛騎士に名乗り出てくれたことへの感謝と「何故護衛騎士になんかに?」という疑問しかなかった。
「ええ、彼が何か?」
「…………何だ、お前。気付いとらんのか。彼奴はガスティエル家の子供だぞ。あの裁判があって以来、母方の姓を名乗り、家を出て生活しているらしいが………」
その言葉にアダムの脳裏にある裁判の記憶が蘇る。
ガスティエル伯爵による使用人監禁事件。
使用人のメイドを孕ませ、母子ともに何年もの間屋敷に監禁したという醜悪な事件。
他使用人の告発によって暴かれ、裁判にかけられたものの、メイドと愛人契約を結んでいたという訴えとガスティエル伯爵家に後継の嫡子がいないことから、一審二審で無罪とされた。
しかしそれをアダムは覆し、ガスティエル伯爵への実刑及び被害者への慰謝料を支払うよう命じた。
「……………なるほど。もしあの裁判で無罪とすれば、今頃カイル・ワグナーはガスティエルの嫡子として歩んでいた。それを覆した私に恨みがあるといったところでしょうか」
そのために娘のシャーロットに取り入り、ベイル伯爵家の弱みを握ろうとしているのだろう。
アダムは「恨みが多すぎるのも考えものだな」と思い、娘に何と説明しようか珍しく参ってしまいそうになる。
しかしそれをフェリクス国王が呆れた様子で言い切った。
「馬鹿者!そんなわけあろうか!恩義があって動いたに決まっておろう!………事件発覚直後、メイドはガスティエル伯爵による暴行で瀕死。子は檻に入れられておったんだ。
そんな憎き相手を裁いたお前に恨みを抱く方がおかしいだろう」
その言葉にアダムは思案する。
裁判資料で見たメイドへの暴行は悲惨なもので、日常的に暴力で脅されていたことが窺える。その子供も母を庇えば躾と称して、暗い地下の檻に入れられたそうだ。
アダムは裁判を通し、ガスティエル伯爵への実刑だけでなく、今後一切彼らと面会することを禁じ、母子共に病院での治療を半ば強制的に命じた。
それくらい、あの事件は悲惨なものであった。
「…………お前は確かに、その正しさで恨みを買い過ぎておる。だが同時に救われ、恩を返そうとする者がいるのも忘れてやるな」
もの寂しそうにこぼす国王にアダムは頷く。
裁判で、自分は判事という役目を負っているのだから、礼や恩といったものは必要ない。
けれど、カイルという青年が恩を返すべく娘のシャーロットを守ってくれたのなら、どこか報われたような気持ちになるのも事実だった。
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