第15話 最終判決
講堂に足を踏み入れた瞬間、全ての視線が私に集まった。
その瞬間、心臓の鼓動が速くなるのを感じたが、それを無視して前に進む。
「遅くなってしまい、申し訳ありません。それでは、第三回目の学園裁判を行いましょう」
席に座り、目の前に広がる原告席と被告席を見渡した。
セラード王子は冷徹な眼差しでこちらを睨み付けており、クローディアはほっと安堵した表情でリュシアン王子と顔を見合わせていた。
「シャーロット・ベイルよ。随分と時間ぎりぎりに来るじゃないか。何かトラブルでもあったのか?」
「ええ、少し招かれざる客人の対応を。ですが丁重にお帰り頂いたのでご心配ありません」
セラード王子の探るような物言いにそう言い切る。
いつの間にか彼に対して、おどおどしなくなっていた。
◇
今回の裁判では、第二回目の裁判で要請された匿名での証人喚問が行われる。
クローディアにぶつかってしまった清掃スタッフに、魔術科の先生から『認識阻害』の術をかけてもらうのだ。
しかしそこで、リュシアン王子が手を挙げた。
「今回の証人喚問では別の者をお呼びしたい。その者の証言はより優先度が高く、証人の変更を要請したいが構わないだろうか」
「証人の身分証明書を私に提出してくだされば構いません」
するとリュシアン王子はこつこつと私のもとまでやって来て、一枚の書類を提出する。
そこに書かれていたのは、第二回目の裁判で原告側の証人として立ったセラム男爵家のロナルドだった。
どういうことかとリュシアン王子を一瞥すれば、彼は「内密に」と笑みを浮かべる。
(一体何を………)
そして認識阻害をかけた───私の目から見て顔にモヤのかかった一人の男子生徒が証言台に立つ。
満場の視線を集める。
その横でリュシアン王子が高らかに言い放った。
「この証人は、とある派閥───所謂保守派と呼ばれる貴族から爵位の継承を条件に脅迫されておりました」
その言葉に講堂が騒めく。
昨夜、カイルと父が話していた内容と繋がる。
「保守派貴族に脅され、彼はある一人の女子生徒の名誉と地位を陥れる計画に加担させられたのです。
それがクローディア・オットー。彼女の名誉を陥れ、第一王子の婚約者の地位から転落すれば、オットー侯爵家の威光も陰る。
───証人、貴方が保守派の貴族に脅され、クローディアがメアリ・ブランシェット嬢を虐めていると周囲に吹聴したのは事実か?」
その言葉に、顔のない男子生徒は小さく頷いた。
「…………リュシアン様の言っていることは事実です。保守派の名門から資金援助の打ち切りとそれによる爵位の相続を盾に脅しを受けました」
「証人、今の話は事実ですか?嘘を吹聴したことを認めるのであれば、何故今になって真実を語ろうと思えたのです」
「…………事実をこの裁判で語れば、多少の恩赦を融通してくれると誓ってくれました」
それに「なるほど」と納得する。
おそらくこの学園裁判を通して、クローディア側の優位性に気付いたのだろう。
保守派の貴族達がオットー侯爵家を陥れようとする計画が頓挫しようとしている。
それを見越した上での証言ということか。
「───原告側の証言が食い違っていたり、特段裏打ちしたものでなかったのは学園裁判が開かれて急遽用意しなくてはならなかったため。
裁判が始まり、クローディアの優勢が可視化され始めて、ようやく保守派の貴族から脅しを受けていたと告発してくれました」
講堂がかつてないほど騒めく。
昨夜カイルが私に話してくれた貴族の陰謀が明らかとされた。
きっと、証人によるこの証言は事実だろう。
けれど判決への判断材料とするのは悩む。第二回目の裁判で、脅されていたとはいえ嘘の証言をしたという前例があるからだ。
けれどそれ抜きにしても、クローディアがメアリに嫌がらせをしていたという信用たる証拠は無い。
原告側に決定的な証拠が提示されない限り難しいが、セラード王子を見れば、彼はぽかんとリュシアン王子を見ていた。
するとその時、セラード王子がゆるりと立ち上がる。
困惑したような、迷子の子供のような顔をしていた。
「……………保守派の貴族が、メアリとどう関わりがあるんだ?それじゃあ何故、メアリは嫌がらせを受けていると言ったんだ」
それにリュシアン王子は呆れたように息を吐き出した。
「兄さん、ここまできたら貴方も理解しているでしょう。メアリ・ブランシェット男爵令嬢は───いや、ブランシェット家と保守派の貴族達が手を組んでいたということだよ。
ブランシェット家が彼らに内々で資金援助を受けている証拠もある」
「そんな、だが、」
「クローディア嬢が平民出の者を差別する差別主義者だと知られ、さらに王子から婚約破棄されたとなれば、彼女の父──オットー侯爵は最悪の場合、議会の選挙で宰相の地位を失うかもしれない」
セラード王子の顔に、一瞬、驚きと不安の色が浮かんだ。
その顔色の変化に気づきながらもリュシアン王子は続ける。
「貴方やクローディア嬢は利用されていたんだよ。保守派貴族の企みに」
そうはっきりと言い放つと、セラード王子は言葉を失ったように、ぼんやりと座席に座り直した。
その横に座る弁護人のゼノは「言い掛かりだ!殿下、信じないでくれ!」と叫んでいるが、放心状態の彼に声が届いているとは思えない。
ふと傍聴席を見れば、いつもいるはずのメアリ・ブランシェット男爵令嬢もその取り巻きもいなかった。
ガベルを鳴らす。
「……………それでは、証拠や証言を全て提出されたと見てよろしいでしょうか?もし無ければ、被告人。前へ」
講堂が静まり返る。誰も何も言わない。
クローディアが法廷の中央に立つ。
宣言をする。
「本件証拠によれば………被告人クローディア・オットー侯爵令嬢がメアリ・ブランシェット男爵令嬢に行ったとされる嫌がらせの証拠は不十分であり、合理的な疑いが残ります。
───よって、被告人は無罪とします」
その言葉が、まるで針のように響いた。
「以上をもって、学園裁判を閉廷いたします」
そして最後に裁判の終了を宣言した。
長く続いた裁判はついに終わりを迎えた。
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