第13話 学園裁判の判定者
とりあえず、保守派の貴族の陰謀も絡んでいるのなら父にも相談した方が良いだろう。
侍従長のヨゼフを通して、執務室にいるであろう父親に相談があると伝えれば、夜分遅いというのに話す場を設けてくれた。
今世の寡黙な父と話すことは元々数えるほどしかしてこなかったが、最近は面倒ごとしか持ってこなくて申し訳なかったりする。
そしてヨゼフに連れられて執務室へ入ると、父はいつも通り書類に目を通しながら座っていた。
そんな彼を前に「少しお話ししたいことが………」と緊張しながら言えば、彼はようやく顔を上げる。
…………さて何から話そうか。
保守派の貴族がオットー侯を陥れるために、クローディアを断罪しようとしていることか。学園裁判でクローディアを無罪と判決した場合、保守派の貴族達の陰謀を破ることになってしまうことか。
いや、全部だな。もうこれは全部打ち明けてしまった方が確実に良い。
そう思って口を開こうとした時、父は眼鏡を外しながら淡々と話し出した
「……………今回の学園裁判───ひいてはクローディア・オットー侯爵令嬢への企みにようやく気付いたか」
その言葉に「え」と声が漏れてしまう。
え、知ってたの?どういうこと?
そう思ったが私でも気付いたのだ。貴族の政治に思いっきり絡んでいる父にとってみれば、早くに気付けたことなのかもしれない。
「……………ちなみにどうしてそれを?」
「お前が留学してから、ブランシェット男爵家の金回りが良くなったからな。ヨゼフに調べさせたら、保守派の者との交流が内々で増えていることが分かった。その上で、平民から見目麗しい少女を引き取っただろう」
これで分からない方がおかしい。
そう淡々と告げる父に私は何といったら良いのか分からなくなっていた。
………つまり、だ。
最初からこの人は全て分かった上で、私に学園裁判の判定者となることを黙認したということだ。
こうなるであろうと分かっていたにも関わらず。もしかしたら、ベイル家が不利益を被るかもしれないのに。
父の考えていることがさっぱり理解できず茫然と突っ立っていれば、彼は出来の悪い生徒を見るような目で私を見つめてきた。
「今回の学園裁判で、お前はセラード王子の命によって判定者に選ばれた。この時点で拒否権はなかっただろう」
「…………じゃあ、どうして私を判定者から降ろそうとされなかったんですか?判定者は代理の者がいなくとも、心身の健康上の理由で任を降りることができます。私は無理でも、お父様のお力なら証明書の偽造だって出来たんじゃないでしょうか?」
別に責めているわけではない。
ただ単に、ベイル伯爵家に被害が及ぶ可能性があっても尚、私が判定者を続けることを黙って見守っていたことに疑問が沸いただけだった。
もしかして損切りするから、別に私の立場が危うくなっても関係ないとか思っているのかな………。
そんな恐ろしいことを考えていると、父は眼鏡を外した。
「…………では、聞こう。シャーロットよ。お前はこれからどうしたい」
「はい?」
至って真面目に聞いてくる父に固まってしまう。
どうしたい?そりゃあもちろん………
(これ以上貴族の陰謀に関わらない方が良いに決まってる。一番良いのは父に頼んで、適当に医師による証明書を偽造してもらう。そうすれば判定者はいなくなるから、学園裁判は中止となる)
けれどその場合、クローディアや彼女の父オットー候は保守派の貴族にそのまま陥れられてしまうかもしれないが。
しかしそこでふと引っかかる。
(…………いや、待てよ。この第二回目の裁判でクローディアが冤罪の可能性が高いという証明が学園内に広がっている。この時点ですでに保守派の貴族達から反感を買っているわよね)
───ということは、だ。
このまま判定者を続けクローディアを無罪にすれば、セラード王子または保守派貴族の反感を買うだろう。
しかしクローディアを有罪にすれば、クローディアから反感を買うけれどセラード王子もしくは保守派貴族から見逃される可能性が湧く。
……───つまり今一番やってはならないのは、こんな中途半端な状態の裁判を投げ出して、クローディアからもセラード王子、または保守派貴族からも反感を買うことなのだ。
(つ、詰んでる…………!)
この3つのパターンの中で一番マシそうなのはクローディアを有罪にすることだ。
しかし、第三回目の裁判次第ではあるが、今の被告の有利状態で彼女を有罪にしてしまった場合「あのベイル家が権力に屈した」と思われかねない。
(詰んでいる。何を選んでも詰んでいる)
冷や汗をだらだらと流れ、胃がキュウと痛くなった。
すると血の気のひいた私の顔を見て、父は呆れたのか。
ゆっくりと口を開いた。
「………………裁判で判事を務める中で、その職業上様々な人間から恨まれることがある。誘いや政治的圧力、実力行使に臨んでくる者もいる───その度にヨゼフが守ってくれるがな」
「は、はい」
「シャーロット。お前もきっと板挟みになっているだろうが、そういったことはよくあるものだ」
何でもないことのように話す父をじっと見つめる。
真面目で、堅物で、正直何を考えているのか分からない人だけれど、この国の最高判事として数え切れない程の苦悩を抱えて生きてきたのだろう。
そしてそれを今まで私に見せることなく淡々と過ごしてきた父に、自然と畏怖に近い感情が湧き上がる。
「そういう時、一番優先すべきものは…………結局は、裁判への公平性になってくる。原告被告が提示した証拠をもとに客観的に判断することこそが重要になっていき───後悔しないものとなる」
父がもう一度尋ねる。
「シャーロット。お前はこれからどうしたい」
その言葉に私はゆっくりと思案した。
どうしたいか?
どうしたいかって言ったら、そんなの………
「…………私も、理想に過ぎませんが、法廷において公平で、平等でいたいと思っています」
誘惑や圧力といった外部からの要素を弾き、裁判において、原告にも被告にも誠実でいたい。
それは前世で法学を学んでいた頃から、ずっと思っていた。
「私が判定者として裁判を続ければ、きっと多くの人々に恨まれることになるでしょう。特に、保守派の貴族達が私を陥れるために何かしてくるかもしれません。
………護衛騎士を務める騎士科の生徒にも、それを心配して、判定者を辞めるよう言われました」
「つい先ほど屋敷に来た青年か。お前が目通しする前に私に挨拶しに来たぞ」
そうだったのか。カイルの律義さにふと笑みがこぼれてしまう。
そして、続ける。
「身の危険を感じたからと言って逃げ出すのは無責任すぎるのではないか、という思いもあります。
それに無実の人間が苦しむことになるかもしれません。クローディア様や、もしかしたら本当にメアリ嬢が嫌がらせを受けていた可能性だってあります。
………───その真実を無視し、今回の裁判で誰か一人でも冤罪によって苦しむことになるのなら、私は引き下がりたくはありません」
こんなの理想論に過ぎない。
けれど前世でいつも思っていた。
その時の気持ちが私の中で蘇っていく。
私は深く息を吸い込んで、父の反応を待った。
心の中でどうすればいいのか迷い続けているけれど、本心としてはこれだから仕方がない。
そして父はしばらく黙って私を見つめた後、ぽつりとこぼした。
「シャーロット。判事を務める者として、誰かの人生を判決によって裁くのであれば、自分だけが助かるような選択はできないと思いなさい。
私もそれだけの覚悟を持って、従事している。お前が知らぬところで、私はベイル家を危機に陥れかけたことが山ほどあるんだ」
「……………お父様」
「お前もやるなら、それくらいの覚悟をもって学園裁判に臨みなさい」
まあ、いざとなったら国王に色々と便宜を図ってもらうつもりだが。
そう言って父はふっと笑みを浮かべた。
その笑顔は、今まで見たことがないほど、温かく、そして安心感を与えてくれるものであった。
「まあ、それに。ベイル家が王族を裁くのは過去に何度もやっている。我が家の伝統とも言えるな」
「お、お父様………」
そうなのだ。
ずっと昔、この国は革命によって国王を処刑した。そして今のウェルシュリア家が王室として台頭したのだ。
その以前の王家を我がベイル家が裁判にかけた歴史がある。
父にしては珍しい軽口に笑う余裕がないものの、ふと肩の力が抜けた。
胸の奥で重くなっていたものが軽くなったような気がする。
「…………ありがとうございます、お父様」
そう言えば父は頷き、再び眼鏡をかけて書類に視線を落とした。
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