第12話 学園裁判と貴族の闇
第二回目の裁判が終わり、明日の第三回目でついに判決が下される。
屋敷でぼんやりと事件の一連の流れを振り返っていると、どうしても引っかかる点があった。
「何で原告側は、あんなにおざなりな証言ばかりなんだろ………?」
原告側に出てくる証人の証言はどれも一貫性がなく、言い方は悪いが粗が目立つのだ。
メアリ・ブランシェット男爵令嬢の証言も感情に任せたような言葉で、事件に関する具体的な説明がほとんどない。
人の記憶は自分の都合の良いように改竄されることはよくあるが、それにしては時系列や出来事の詳細を聞き取った記録が足りないように思えた。
───まるで。
(急遽、仕立て上げなければならなかったみたいな………)
そんな違和感を抱えながら、今まで法廷に立った証人の名簿を見返す。
メアリやロナルド・セラム男爵令息。またダリル・ベルゼン伯爵令息にパトリック・ウォスター公爵令息他。
メアリ以外の者が貴族の男である以外に、一体彼らに何があるんだろう。
(あれ?)
するとその時、ふと気がついた。
(セラム男爵にベルゼン伯爵、それからフォスター公爵って………)
確か、保守派の貴族の一派ではないだろうか。
セラード王子の取り巻きの一人、ゼノの生家もそう。
私は一瞬偶然なのかと思ったが、どうしてもその違和感が拭えなかった。
(そういえば、メアリ・ブランシェットが転入してきた時期っていつだったっけ)
ちょうどその頃私は隣国に留学していたため知らないが、裁判についてまとめた書類の中に『5月上旬』と書かれている。
確かあの頃私は若干ホームシックになりかけていて、故郷の新聞を取り寄せてもらっていた。
───その時期、ちょうど王国議会で大きな議題が上がっていたのだ。
オットー侯爵──クローディアの父親が、貴族達の権力を縮小させる改革案を提出した。
改革案の内容は王国の貴族制度を大きく変えるものであり、長年続いてきた保守派の権力を削るような内容であるということを。
「……………えー…と」
その瞬間、背中にひやりと冷や汗が流れた。
気付いたらダメなことを気付いてしまったような気がして、知らなかったふりをしようか悩む。
(…………もしかしてこれって、バチバチの貴族闘争案件だったりする?学園内でのいじめ問題とかじゃなくて、貴族社会に直接影響するような案件だったりするの?)
い、いや、そんなまさかね………。
嫌な予感がして仕方がない。
するとその時、自室の扉が静かにノックされた。
返事をすれば、部屋の外にいるだろう侍従長のヨゼフが口を開く。
「お嬢様、学園のご学友であるカイル・ワグナーという青年がいらしています。いかがなさいますか?」
「え、カイルが?」
「はい。お通しいたしますか?夜も遅いですし、また明日お越し頂きましょうか」
何の用だろう。
裁判も終盤に差し掛かってきて、何か報告しなきゃいけないことでもあるのだろうか。
「………とりあえずお通しください」
「かしこまりました」
夜分遅くに令嬢のいる家に行くべきではない。
けれどまだパジャマではないし、屋敷にはヨゼフも父もいる。
もしかしたら急用かもしれないと思い、私は頷いた。
◇
「悪いね、こんな遅くに。でも急ぎの用があってさ」
来客用の応接間にて。
カイルは何だか疲れたような表情をしていた。
普段の飄々とした様子とは違うそれに首を傾げる。
「何かありましたか?」
するとカイルはしばらく黙り込んだ後、口を開いた。
目の奥に、何かを決意したような色が浮かんでいる。
「…………シャーロット、この裁判から手を引かないか?最終判定者は病気やケガ、本人の申し立てがあれば辞められるんだろう」
「それは………本人の申し立てですが、代理の者を立てた上で原告と被告双方の承諾がなければ難しいのですが………」
「あー…俺がやるよ。………って言いたいとこだけど、セラード王子は良しとしてクローディア嬢は承諾しないか。じゃあ怪我しとく?なるべく痛くしないよう出来るけど」
「は?」
え、怖いんですけど………。
思わずカイルから身を引こうとすれば、彼は苦笑しながら首を振った。
「ごめん。焦った。ちょっと色々あって」
「はあ。え?何ですか急に」
訝しんで聞くと、カイルは渋々といった様子で打ち明ける。
「君も薄々分かっていると思うけど、今回のクローディア嬢からメアリ嬢への嫌がらせは、全て冤罪の可能性が高いだろう?」
「…………断定はできませんが、現時点での証拠を見るにその可能性はありますね」
「まあ、仮定としてでも良いから話を進めるよ。───で、だ。何故クローディア嬢を悪役に仕立て上げ、王子との婚約破棄にまで発展させたかというと、彼女の父──オットー侯爵を陥れるためらしい」
その言葉を聞いて、ふと「やっぱり」と思ってしまう。
カイルの言葉は判定者の公平性を揺るがすものであるが。
この裁判が学園外にまで及ぶ可能性があることから、悠長なことは言ってられないと判断したのだろう。
彼が貴族達の権力闘争が背景にあるのをどこで知ったのかは分からないが、私でも予想できたことだ。
要領の良さそうな彼ならちょっと調べれば分かることなのかもしれない。
「………ちなみに、それをどこで知ったんですか?」
「それは言えない。が、騎士科の生徒達の身内には貴族に仕える者が多い。そういった独自のルートがあるとだけは言っておくよ」
なるほど。確かに騎士科の就職先は王宮だけでなく、貴族の屋敷が多い。
変な雇い主に捕まらないよう、そういったものがあるのだろう。
「話を戻すが───都合の悪い改革案を提出したオットー侯爵の権力を削ぐために、保守派の貴族達はメアリ嬢の生家であるブランシェット男爵家を利用して、今回の騒動を引き起こした」
「………………」
「クローディア嬢が王子の婚約者候補から外れれば、監督不行き届きとしてオットー侯爵が責められる。オットー侯爵家は宰相の任を解かれる可能性だってあるからね」
その言葉が、私の胸に重くのしかかる。
単なる学園内の問題ではなく、王国の政治にまで影響を及ぼす問題に頭が痛くなった。
「セラード王子もクローディア嬢も、結局は利用されただけだよ。貴族達の権力闘争に。だけど、君が現れた。君が証拠とその裏付けを第一にしたから、保守派の貴族達は慌てふためいたはずだ」
その言葉が胸に刻まれる。
「もし君がクローディアの無罪を決めれば、保守派の貴族達は黙っていないだろうね。そして、君がこれ以上関わったら、君の家族──ベイル伯爵にも被害が及ぶかもしれない」
そしてカイルは目を細め、私を見つめた。
「今が引き時だよ」
その言葉に、私は一瞬迷ってしまう。
確かにこれ以上関わることが危険かもしれない。
だが、本当にそんなことをしても良いのだろうか。
私は深呼吸し、なるべく頭を整理してから口を開いた。
「…………聞きたいことがたくさんあるけれど、まず確認させてください。貴方は保守派の貴族の者ですか?彼らの差し金で、私に裁判を中止するよう訴えているのですか?」
その可能性だってあるのだ。
保守派の貴族、またはセラード王子の差し金によって裁判を中止にするよう脅しているのかもしれない。
先程言った「怪我をするか?」という言葉も遠回しにお前などいつでも殺せるぞという圧力かもしれないのだ。
おそらく応接間の扉向こうにヨゼフが待機してくれているだろうが、念のため身を引く。
するとカイルは一瞬、驚いたような表情を浮かべた後、静かに答えた。
「それは誓ってないよ」
「…………本当ですか?」
「ああ、もしそうだったらわざわざ君の屋敷に出向かない。二人きりの時に狙うからね」
まあ、それは確かに。
「じゃあ、どうしてこんなことを?」そう問い詰めれば、カイルは少し黙ってから答えた。
「君のことが心配なだけだよ。君のお父上とよく相談して、この裁判から手を引くように」
いつもの飄々とした態度とは違う、どこか優し気な表情に何でそんな顔をするんだろうと疑問に思う。
私とカイルはついこの間知り合ったばかりだ。
護衛騎士とはいえ、何故そこまで身を案じてくれるのだろう。
私が、騎士達の性質を理解していないだけで、そういうものなのだろうか。
そしてカイルは、そのまま屋敷を後にした。
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