第1話 モブ令嬢、断罪の渦中へ
「クローディア・オットー侯爵令嬢!貴様によるメアリへの度重なる問題行動はもはや看過できない!───よって、この場をもって婚約を解消させてもらう!」
突如響き渡ったセラード・ウェルシュリア第一王子の声に、会場の空気が凍りついた。
彼の隣にはメアリ・ブランシェット男爵令嬢が佇んでおり、彼らの目の前には王子の婚約者であるクローディア・オットー侯爵令嬢が顔を真っ青にして立っている。
うわ、婚約破棄なんて本当にあるんだ………。
その一部始終を周囲の生徒達と同じように遠巻きに見つめ、私は他人事のように思った。
◇
一年の終わりを祝う学年別慰労パーティーにて。
貴族の子息子女が通う王立学園の恒例行事で、私は特に目立つこともなく数少ない友人達とともに会場の隅で談笑していた。
私──シャーロット・ベイルは、前世で法律を専攻していた元日本人であり、今はモブ伯爵令嬢である。
2年生に進級してからつい最近まで隣国の学園に留学し、戻ってきたばかりだった。
留学明けのパーティーとのことで友人の令嬢達に「あ、久しぶりだね〜」と呑気に挨拶していたところ、突如として騒動が始まったのである。
まさか、いきなりこんな修羅場に遭遇するとは思ってもみなかった。
会場の中央にはセラード王子。その隣には男爵令嬢メアリ・ブランシェット。
そして彼らの前には、セラード王子の婚約者であるはずのクローディアが、信じられないといった様子で立ち尽くしている。
「え?これって………?」
「シャーロットは2年の初めからつい最近まで留学していたもの。知らなくて当然だわ」
「ほら、あそこにいるブランシェット男爵家のメアリ嬢が2年の途中で編入してきてね。セラード王子と仲が良いものだから、婚約者のクローディア様に嫉妬されて酷いイジメを受けていたみたいなの」
他の生徒達と同じように彼らの騒動を眺めていると、心優しい友人達が丁寧に教えてくれた。
え、私が留学している間にそんなことがあったの?
詳細は分からないが、クローディアがそういったことをするのが意外だった。
彼女は目立つ令嬢のグループにいて話したことはないけれど、感情に振り回されるようなタイプには見えなかったからだ。
セラード王子が周囲を気にせず続ける。
「クローディア、お前はこれまでメアリに対し、数々の嫌がらせを行ってきた。誹謗中傷に私物の破壊。果ては魔術による呪いまで………!例え私の心がメアリに向かっていようとも、そうまでして彼女が憎いか!」
セラード王子の言葉を鑑みるに、魔術による呪いは流石にやりすぎだと思う。
とはいえ、セラード王子もクローディアがいながら「他の人を好きです」と公言してしまっているのもどうかと思うが………。
私を含め、遠巻きに見ている生徒達は真剣な空気に押されて言葉を飲み込んだ。
「…………ふざけないでくださいませ」
するとクローディアが口を開く。
彼女の声は震えていたが、怯えよりも怒りを帯びていた。美しい銀色の髪を揺らし、彼女は毅然と顔を上げる。
「私はそのような行為、一切しておりませんわ。それにそのような一方的な通告で婚約を解消なさるおつもり?この件は国王陛下のご承認を得ているのかしら?」
「陛下には後ほど説明する。きっと納得されるであろうし、お前のような卑劣な女を王妃にさせなかっただけでも褒美物だろう」
「……………正式な婚約を一方的に破棄すれば、貴方様に課される慰謝料は、ただの恋愛の清算では済まないはずですけれど」
「まさか俺を脅す気か?そうやってメアリにも圧力をかけてきたのだろう。この薄汚い女狐め」
全くもって他人事であるため、まるでドラマのワンシーンでも見ているような心地で観察する。
眩い金色の髪を持つ正統派王子ルックのセラード王子に、傍らに佇む小動物のようなメアリ男爵令嬢。
対するクローディア侯爵令嬢は、緩くウェーブした長い銀髪に真っ赤な瞳のクール系美人で。誰がどう見てもクローディアが『悪役令嬢』に見えてしまう。
騒然とする空気の中、私はごくりと唾を飲み込んだ。
その時だった。
「……───では、学園裁判を行いましょう」
黙り込んでいたクローディアが、はっきりとそう告げたのだ。
それにセラード王子が「学園裁判?」と眉をひそめる。
「ええ、学園内で起きたトラブルを裁判を通して解決する制度です。双方が中立と認めた『判定者』を選出し、事実に基づいた判断を仰ぐ。───私にも裁判を求める権利はございますわ」
その言葉に、周囲が騒つく。
『学園裁判制度』
クローディアの言った通り、学園内で起きたトラブルを公開審理形式で明らかにする制度のことだ。
教育プログラムの一環であるため教師の介入は最低限であり、基本的に生徒主導で行われる。
けれど貴族が多く通うこの学園では階級や家柄がものを言い、下位の者が上位に逆らうのは社会的自殺と同義。
裁判を起こすこと自体が『無礼』であり、結果がどうであれ社会的に潰されるリスクが高いので、何十年も誰も利用する人はいなかったらしい。
「貴様が裁判を?王族に向かって、よくもそんなことを………!」
「でしたら王子自らが裁判を起こされたらよろしいでしょう?裁判で私の無実が証明できるのなら、私はどんな立場であっても構いません」
「良いだろう。それならば学園裁判でクローディア・オットーを訴える。メアリ・ブランシェット男爵令嬢に犯してきた数々の罪を認めてもらおうか!」
おお。
その言葉に周囲の生徒達は騒めく。
私も「何だかすごいことになったぞ」と友人達と目配せする。
しかしその時、クローディアの口からとんでもない言葉が飛び出してきた。
「では、判事役となる『最終判定者』にシャーロット・ベイル伯爵令嬢を指名いたします」
「へ?」
間抜けな声が喉の奥から漏れた。
気がつけば、私の周囲から人がするすると後退している。
心優しい友人達も「やだ。どうしてシャーロットが?」と心配気な顔をしながらも、確実に私から離れていく。
(え、ちょっと待って!?他の生徒はともかく友達まで遠巻きにならないで!距離を置かないで!)
ぐるりと距離ができて、まるで私だけが舞台の真ん中に立たされたようだった。
「シャーロット・ベイル?誰だそれは。まさか貴様の味方ではあるまいな?」
セラード王子がまるで蛆虫を見るかのような目で私を一瞥する。
そんな彼の疑念に、クローディアはすかさず答えた。
「彼女の父君は、この国の最高判事であるアダム・ベイル伯。彼女自身も法学について深い造詣を持っています。そして最近まで隣国に留学していたため、この件についての予断もない。中立的な立場で判断してくださるでしょう」
確かに今世の父──アダム・ベイル伯爵家当主は国の最高判事であり、私も父からそれなりにこの国の法律や裁判制度について学んできた。
しかし、嫌だ。というか絶対に無理だ。
私ごときが王族と名門貴族オットー侯爵家の娘のごたごたに首を突っ込んで良いはずがない。
「ふむ、それならば適任か」
「いや、あの、私、まだ状況もよく分かっていないもので………いったん考えてから………」
納得しかけているセラード王子に慌てて声をかける。
前世日本人らしく玉虫色の返事を返しながら、それとなく断ろうとすれば、セラード王子はびしりと私に指差した。
「命じる。シャーロット・ベイルよ、貴様を学園裁判の『最終判定者』とする」
セラード王子の有無を言わせぬ言葉が、そのまま私に突き刺さる。
(…………え、これってどうなるの?断ったら、王族の、しかも王位継承権第一位の王子の命令を断ったら、私どうなるの?家ごと潰されるの?)
しかしこのままだと、本当にまずい。
最終的に判決を下すのは私なのだ。どちらが有罪になっても大変なことになる。
「お、恐れながら、私は隣国から帰って来て直ぐの身。事情の知らぬ第三者が恐れ多くも高貴なるセラード殿下やクローディア様に判決を下すのは、いささか過分な、」
「ええい!くどいぞ!裁判をやって白黒付けると言っておるのだ!それ以上喚くと、私から父上に進言してお前の家を取り潰すぞ!!」
(ええええーーーー!?)
めちゃくちゃなことを言うセラード王子は諦め、クローディアを見る。
しかし彼女は縋るように私を見つめるだけだった。
誰一人言葉を漏らさず、私の返事を待つこの状況で。
セラード王子の言葉に空気を読まず断ることもできず、私は「は、はあい………」と何とも情けない声で了承するのだった。
読んでいただき、ありがとうございました!
もし良ければブクマや評価をつけていただけると、とても励みになります。