96.スウェンとの対峙
朝日が地平線を染め始める頃、私は路地を駆け抜けていた。目指すのは教会。この町を支配するスウェンを止めるためにだ。
「止めるって言っても、どうするつもりだ? 話し合いで何とかなるのか?」
「もしかしたら、話だけじゃ済まないかもしれない。だから……スウェンを捕まえる必要があると思うの」
「捕まえたところで、どうする? 誰に引き渡すつもりだ?」
「もちろん、この町の領主様だよ。町をこんなふうにした元凶なんだから、裁くのは領主様しかいない」
きっと、言葉だけでは通じない。となれば、実力行使でスウェンを捕えるしかない。
そして、その後は領主のもとへ差し出す。領主様だって、町がこんな状態になるのは本意じゃないはずだ。
……けれど、ここで一つの疑問が浮かぶ。どうして、これほどの事態になってもスウェン――そしてカリューネ教が野放しにされているのか。
考えられる理由は、ただ一つ。
「もしかしたら、領主様も……洗脳されている可能性があるね」
「なるほど……だから、スウェンが好き勝手できるってわけか」
「まずスウェンを捕まえて、それから領主様のもとに行って、洗脳を解かないと。とにかく今は、一刻も早く彼の愚行を止める必要がある」
町の事も気になるけれど、一番にやらなくちゃいけないのはスウェンの愚行を止めることだ。元凶を止めなければ、現状は良くならない。
路地を走り抜けた先、ようやく教会の姿が見えてきた。私たちはそのまま勢いよく路地を抜けて、表通りへと飛び出す。幸い、周囲に警備の姿はない。今なら――今しかない。
教会の大きな扉に近づき、そっと手をかけて開けようとする。けれど――
「……鍵がかかってる」
「どうする? 壊して入るか?」
「ううん、それじゃ騒ぎになる。ここは私に任せて」
私は指先に魔力を集中させ、それを静かに扉の隙間へ流し込む。鍵の構造をなぞるように魔力を絡ませ、丁寧にロックを解除していく。
――カチリ。手応えがあった。
扉をゆっくり押すと、きしむような音を立てて開いた。成功だ。
「すごいな、ユナ。そんな技まで使えるなんて」
「ふふっ、こんなときくらいしか出番ないけどね。でも、便利な魔力で本当に助かってる」
私たちは息をひそめ、静かに教会の中へと足を踏み入れた。
扉の向こうに広がっていたのは、静寂に包まれた広い礼拝堂だった。
高い天井が頭上に広がり、柱が等間隔に並んで奥へと続いている。色褪せたステンドグラスから朝の光が差し込み、淡い虹のような色彩が石床の上に静かに揺れていた。
ここだけ、まるで時間が止まっているかのようだった。不気味なほどに静まり返っている。
私は思わず、足音を忍ばせるように歩を進めた。コツリ、と靴の音が石の床に反響する。それすらも、場違いに思えてしまう。
誰もいない……。そう思って周りを見渡していると、祭壇付近に人の姿を発見した。その人たちはカリューネ神の像に祈りを捧げているようだった。
あの人に気づかれないように、スウェンのもとへ行かなきゃ。そう思って身を低くしながら進もうとしたとき、ふと、隣のクロネがじっと一点を見つめているのに気がついた。
「クロネ……?」
「この匂い、それにあの後ろ姿……間違いない。あそこにいるのがスウェンと――ランカだ」
スウェンと、ランカ……?
言われて目を凝らしてみると、確かに見覚えのある姿が二つ、祭壇の前で並んで祈りを捧げていた。
記憶の中にある姿と、何も変わっていない。威圧的な背中と冷たい雰囲気、あれがスウェン。そして、その隣で屈むランカ。
……今だ。今なら捕まえられる。
クロネと目を合わせ、静かに頷き合う。無言の合図で、私たちは息をひそめながら、祈り続ける二人に向かって、そっと歩み寄った。
そして――。
「スウェン!」
クロネが鋭く声を放つ。その声に反応するように、祈りを捧げていたスウェンがゆっくりとこちらを振り向いた。
その目は驚きに見開かれ、すぐに怪訝な色を帯びる。
「……お前たちか。おかしいな。確かに指示を出して、洗脳したはずだが」
まるで、私たちがここにいること自体が信じられないといった顔だった。だが、聞き捨てならない言葉があった。
「洗脳は解かせてもらったよ」
「な、なに……!? 洗脳が……解けただと……?」
スウェンの顔が見る間に強張り、目を見開いたまま絶句する。
まるで、決して破られるはずのない鎖を断ち切られたかのような、信じ難いという表情だった。
「全部わかってるわ。あなたが指示を出して、町の人たちを洗脳し、信仰を集めていたこと――!」
私の言葉に、スウェンの口元がわずかに歪んだ。
「……なるほど。どうやら、口の軽い者がいたようですね」
ゆっくりと立ち上がったスウェンは、もう微笑んでなどいなかった。冷たい光を宿した目で、私たちを真っすぐに見据える。その視線に、思わず背筋がぞくりとした。
「それで? もしそれが事実だったとして。あなたたちは、私にどうするおつもりですか?」
「もちろん、領主様に引き渡します」
「ふふ……ですが、その領主様は私にとても協力的ですよ?」
その言葉に、私はすかさず言い返す。
「協力的なのは、あなたが洗脳しているからよ。だから、その洗脳を解いて、あなたを突き出す。それだけよ」
言い切ると、スウェンの顔が明らかに曇った。面白くなさそうに唇を歪める。
「……領主様を正気に戻されては困りますね。今まで、私の言葉通りに動いてくださっていたのに」
「こいつ……! 領主を洗脳していたことを自分で認めた!」
「もう、あなたたちの前で隠す必要がなくなったんですよ」
「……どういうこと?」
あまりにもあっさりと核心を語るその態度が、逆に不気味だった。まるで、もう隠す必要がないと言わんばかりに。私は一層警戒を強める。
すると、スウェンがゆっくりと口元を歪め、不気味な笑みを浮かべた。
「あなたたちには、前の町でも随分とお世話になりましたからね。お礼をしなければ――」
その言葉と同時に、スウェンが両手を広げ、静かに詠唱を始める。私はすぐさま魔力を展開し、周囲に防御魔法を張った。
すると、スウェンの足元の床に黒い渦が出現する。
グォォ……と唸るような音と共に、渦の中から現れたのは――禍々しい気配をまとった、異形の猿の魔物だった。鋭い牙、赤黒い眼、そして狂気をはらんだ咆哮。
やっぱり……スウェンは魔物と通じていたんだ。
「ここで、お前たちを――消させてもらいます」
スウェンの声は冷たく、感情の一片もなかった。
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