95.指名手配
「――。ユナ――。起き――」
遠くで誰かの声がする。続いて、体が軽く揺さぶられる。その振動にあわせて、意識が少しずつ浮かび上がってきた。
「ユナ、起きて。ユナ」
「ん……クロネ? どうしたの……?」
まぶたを擦りながら目を開けると、枕元にクロネがいた。その表情はどこか張りつめていて、普段の落ち着いた雰囲気とは違う。
「様子がおかしい」
「えっ?」
言われて窓の外に目をやると、ちょうど朝日が昇り始めたばかりだった。まだ空気は冷たく、町も静かな時間帯のはずなのに――。
「さっき、大勢の人がこの宿に入ってきた。足音と声で目が覚めたの」
「え……?」
私が戸惑っていると、クロネは静かに、しかし確信を持った口調で続けた。
「話し声を聞いた限りだと、誰かを探しているみたい。しかも、どうやら――私たちを」
「私たちを? どうして?」
急に冷たいものが背筋を這うような感覚がした。寝ぼけていた頭が、急速に現実へと引き戻されていく。
「ここにいたら危ない気がする。どこかに逃げよう」
「逃げるって……どこへ?」
「分からない。でも、とにかく――今来ている人たちには、捕まらない方がいい」
クロネの鬼気迫る表情と口調に、胸の奥がざわつく。なぜ私たちを探しているのか、理由は分からない。でも――きっと、まともな相手じゃない。
情報が欲しい。相手が誰なのか、どこまで迫っているのか。何も分からないまま逃げるのは、不安すぎる。
……相手の様子を、窺えないかな?
気配を探る、気配を隠す……いや、もっと踏み込んで――姿を消す、というのはどうだろう。
そうだ。魔力を変異させて、姿を消す力にできれば……。
「さあ、行こう!」
「ちょっと待って。ここにいて、相手の出方をうかがいたい」
「そんなの無理だ、捕まっちゃう!」
「大丈夫。荷物をまとめて、私たちも一緒に部屋の隅に寄ろう」
私は小声でそう言いながら、急いで荷物をひとまとめにした。クロネと一緒に部屋の角に移動し、そっと壁際に身を寄せる。
そして、静かに魔力を広げ、自分たちの周囲を包み込んだ。
集中して魔力の性質を変えていく。空気の揺らぎ、壁の色、光の反射……そのすべてに同調するように、魔力を景色と同化させる。
やがて、私たちの姿がゆっくりと風景に溶け込んでいく感覚が訪れた。
「よし、成功した」
「こ、これは!? 私たち、消えてる?」
「うん。これで、きっと私たちの姿は見えないはず。だから、ここからは喋らないで。声で気づかれちゃうから」
「……わかった」
姿を消した私たちは、互いの姿さえ見えない。けれど、そっと手を伸ばすと、クロネの指先に触れた。
手を繋ぎ合って、互いの存在を確かめる。それだけで、少しだけ心が落ち着く。
そして――静寂の中、外から足音が近づいてきた。重く響く複数の足音。ドタバタとした騒がしさが、すぐ目の前まで迫る。
ついに、その足音が部屋の前で止まり――扉が盛大に開いた。
「ユナとクロネ! 窃盗の容疑で逮捕する!」
先頭で入ってきた男性が声を張り上げて、部屋になだれ込んでくる。だけど、部屋に入ってきた彼らはベッドを見て驚愕した。
「隊長! 指名手配犯は見つかりませんでした!」
「くっ……気づかれて逃げられたか! 相手は商会の宝飾品を盗んだ犯罪者だ。しかも冒険者ランクBと聞く。手強い相手だが、絶対に捕まえて牢屋にぶち込め!」
彼らは部屋をくまなく確認したが、誰もいないことに気づくと、騒がしく部屋を後にした。
私たちは、足音が完全に遠ざかるまで、一切の物音を立てずに静かにその場に立っていた。
やがて、音が全く聞こえなくなると、私はそっと透明化の魔力を解除し、外に出た。
「どういうことだ……? 商会の宝飾品を盗んだなんて、あたしたち、そんなことしてないのに」
「事情を知っている私たちを捕まえるために、わざと冤罪をかけたんだ」
「なんて奴らだ! 教会と共謀している方が悪いのに!」
なるほど……急に大勢が押し寄せてきたのは、そういうことか。
商会は教会と結託し、町の人々の意思を奪い、操っている。それがバレてしまった以上、彼らは黙っていられない。何としてでも、事情を知る私たちを捕らえようとするだろう。
だから、捕まえる口実として宝飾品が盗まれたと嘘の供述をし、警備隊を動かして私たちを犯人に仕立て上げたんだ。このまま町にいれば、私たちは犯罪者として扱われてしまう。
どうにかして、この絶望的な状況を好転させなければ。自分たちの潔白を証明し、教会の魔の手から町を救う方法を見つけなければならない。
町の人々を救うには、オルディア様の力と私の魔力があればきっと大丈夫。けれど、教会を野放しにすれば、いくら救ってもまた洗脳されてしまう可能性がある。
「クロネ。ランカと一緒にこの町を救おう」
「賛成。ユナの力があれば、ランカも町の人達も元に戻せる。だけど、その前に諸悪の根源を立つ必要がある」
「スウェンだね……。よし、乗り込んでスウェンを止めよう」
ランカや町を救う前にやること。それは、この原因を作ったであろうスウェンを止めることだ。あの人を止めない限り、この町はスウェンの思い通りになってしまう。
私たちは荷物をまとめると、窓から飛び降りて、町の中に消えていった。
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