表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化決定】転生したら魔法が使えない無能と捨てられたけど、魔力が規格外に万能でした  作者: 鳥助
第三章 司教スウェン

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/141

94.状況把握と後悔と

 商会長の屋敷を抜け出した私たちは、人目を避けて静かな宿屋に身を潜めた。ようやく辿り着いた部屋の扉を閉めると、ホッと息をつく。


「ここなら……少しは落ち着けそうだな」


 クロネの声も、どこか安堵に満ちている。私たちは並んでベッドの端に腰を下ろし、重くなった肩の力をそっと抜いた。


 そして、考えるのは今までの事。この町では、何かがおかしい――そう確信するだけの材料は、すでに揃っていた。


 まず、町の人たちがみんな、まるで心を縛られたようにカリューネ教を崇拝していた。まるで自分の意思が存在していないみたいに、どこか虚ろで、感情の起伏がない。


 ランカの態度も、不自然だった。私たちとあんなに話していたのに知らないだなんて、ぜったいにおかしい。だけど、その原因は薬と魔法だと言っていた。


 これらの状況を作ったのが誰かは、もはや疑う余地もない。スウェン――あの男は、きっと深く関わっている。


「聞いた話だと、この町は薬と魔法で町の人たちを操っているみたいなの。それでカリューネ教の信仰を集めているみたい」

「じゃあ……町の人たちはランカみたいに?」

「多分、そうだと思う。それを教会が主導しているみたい」

「くそっ! カリューネ教め! 好き勝手にして!」


 これまでの話を整理すると、カリューネ教は信仰を集めるために、薬と魔法を使って町の人々を操っているらしい。そして、その裏で動いているのがスウェンである可能性が高い。


 さらに厄介なことに商会までもが、そのカリューネ教の悪事に加担していた。これはとても大きくて、根深い問題に感じる。


「もしかして……他の町でも同じことが起きてるの?」

「じゃあ、カリューネ教に変わった町って……あたしが住んでた中央地方も!?」

「……その可能性は高い。商会長の話だと、中央地方はすでにカリューネ教に改宗されたって言ってた。だから、この町と同じように、薬と魔法で人々を操っているかもしれない」

「そんな……領民たちが……!」


 他の町でも同じ状況が広がっているかもしれない。そう伝えると、クロネは明らかに動揺していた。


 中央地方でも、信仰を集めるために薬と魔法が蔓延している可能性がある。しかも、その地方を治めているのは、教皇と手を組んでいるとされる騎士団長。もしそうなら、中央地方全体がすでにカリューネ教の支配下にあると見て間違いない。


 クロネは悔しそうに手を握りしめた。今まで守ってきた国が、カリューネ教の影響によって人々の生活を脅かされていると知り、黙ってはいられなくなったのだろう。


「とにかく、今はこの町をどうにかすることを考えようよ。この町を放っておくことはできない。クロネを元に戻したみたいに、この町の人たちも、きっと元に戻せるはずだから」

「……あぁ」


 その言葉にクロネは頷いたものの、どこか目に見えて沈んだような反応を見せた。


「中央地方のことが気になる?」

「それもあるけど……ユナに、迷惑をかけたことを思い出して」


 耳をぺたりと伏せ、傷ついたように視線を落とす。


「操られている間も……自分の意思は少しだけ残ってた。でも、体が思うように動かなくて……まるで夢の中みたいだった。頭のどこかでは止めたかったのに……」


 そこでクロネは唇を噛みしめ、小さく震えながら言葉を続けた。


「もしあのまま……ユナを傷つけていたらって思うと、怖くてたまらないんだ。自分が、自分じゃなくなるのに、それを止められなかった。そんな自分がすごく怖かった」


「……クロネ」


 クロネの言葉、痛いくらいに分かる。もし、自分が同じ立場ならきっと胸が張り裂けていただろう。


 私はそっとクロネの手を取った。彼女の手は小さくて細いのに、かすかに震えている。


「わかるよ、クロネ。全部じゃないかもしれないけど、その気持ち、すごくよく分かる」


 私の言葉に、クロネはゆっくりと顔を上げる。目元が赤くなっていて、でも涙はこぼれていなかった。


「自分が自分じゃなくなるのって、怖いよね。頭では分かってても、体が言うことを聞いてくれないって……まるで夢の中で叫んでるみたいな感覚。きっと、すごく辛かったよね」


 私はそう言って、ぎゅっと手を握る力を強めた。


 クロネは、言葉を失ったようにじっと私を見つめていた。長い睫毛が震え、ようやくぽつりとつぶやいた。


「……あたし、怖かったんだ。本当のあたしは、ただの道具になってしまうのかって。誰かに勝手に動かされて、大切な人を傷つけて……そのくせ、止められない。そんなの、あたしじゃないのに」


 その震える声に、私の胸も締め付けられた。


「それでも、ちゃんと戻ってこれたじゃん。クロネはクロネのまま戻ってきた。もう、それで十分だよ」


 クロネを安心させるように、そっとその体を優しく抱きしめた。ビクリと小さく震えたけれど、戸惑いながらも、ゆっくりと私に身を預けてくれる。


 やがて、怯えるように伸ばされた腕が、ためらいがちに私の背へと回される。


「本当に……良かった……。ユナを傷つけずにすんで。本当に、良かった……!」


 震える声とともに、クロネの腕にぎゅっと力が入った。その強くしがみつくような抱擁から、クロネの想いが痛いほど伝わってくる。


「うん……私も。クロネが無事で本当に良かったよ」


 私はそっと背中に手を添え、クロネのぬくもりごと、その想いを感じ取る。重なった心臓の鼓動が、ゆっくりと静かに整っていく。


 やがて、名残惜しさを残しながらも、そっと体を離す。目が合うと、自然と笑みがこぼれた。ただそれだけで、不安や痛みが、まるで溶けていくようだった。

お読みいただきありがとうございます!

面白い!続きが気になる!応援したい!と少しでも思われましたら

ブックマークと評価★★★★★をぜひよろしくお願いします!

読者さまのその反応が作者の糧になって、執筆&更新意欲に繋がります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ほっと出来たところで取り敢えず 商会長の家爆散させよう!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ