90.危機からの脱出(2)
「目がっ、目がぁっ!」
床の上で転げ回る男。どうやら私を洗脳しようとしていたらしいけれど、見た感じ、強そうにはまったく見えない。もしかして、あの鈴に何か特別な力があるのかもしれない。
こういうときは、あの人に聞くのが一番だ。
オルディア様、先ほどは助けてくださってありがとうございます。
『ユナが無事で本当によかったです。まさか、仕事をサボって覗き見していたら、あんなことになっているなんて……焦りましたよ』
また仕事サボってたんですか……。
『し、仕事はちゃんとしてますよ! ただ、その合間に、ほんの少しだけ休憩を……』
いや、今、堂々と覗き見していたって言いましたよね? ツッコミたい気持ちはあるけど、今はそれより大事なことがある。
オルディア様、あの鈴……何か洗脳的な力でも宿っているんでしょうか?
『ええ。どうやら、あの鈴が術の発動器みたいですね。持ち主の男には、魔力も呪術の才能もほとんどありませんから、鈴に頼っていたんでしょう』
なるほど……。つまり、彼自身には力がない、と。
『その通りです。だから、煮るなり焼くなり、ユナの好きにしていいですよ!』
いやいや、さすがにそんな物騒なことはしませんって。私が欲しいのは、情報です。
まずはこの男を、魔力で編んだ縄で縛り上げた。体が動かせなくなったところで、騒ぎの原因だった目を魔力で癒してやる。
「あれ……目が……。なっ、お前は!」
「気づいてくれて良かった。これで、普通に話すことが出来るね」
「そんな洗脳は……!」
「残念だけど、失敗したみたいだよ」
男は歯を食いしばり、悔しそうに顔を歪めた。
「俺を捕らえて、何をする気だ! な、何も吐かんぞ!」
「……そう。なら、こうなっても文句はないよね」
私は視線をベッドへ向け、手を伸ばす。魔力を集中させると、淡い光の粒がベッドの上に集まり、腐食の魔力へと変化していく。それをベッドにかけると、すぐにシーツが黒ずみ、軋むような音を立てながら、木の骨組みごとどろどろと溶け出した。
「ひっ、ひいいっ!?」
「何も喋らないって、そう言ったよね?」
私の声は静かだった。でも、その静けさが逆に男の恐怖をあおる。
「この部屋のものを溶かしていこうかな。あなたを含めて」
満面の笑みを浮かべながら、もう一度魔力をゆっくりと練り上げる。男の顔から血の気が引き、全身が震え出した。
「や、やめてくれ! 話す、話すから!」
「最初からそうしてくれれば良かったのに。それで、あなたは私を洗脳しようとしたって事でいいのね?」
「そ、そうだ。商会長から町民のように洗脳してくれって言われたから……。ウチで取り扱っている薬を盛って、その上で魔法の力で洗脳しようとしたんだ」
やっぱり……。町の住人たちが妙に揃ったような態度を取っていたのは、薬と魔法で意識を操られていたからだったんだ。
となると、この件にはカリューネ教が深く関わっているのは間違いない。どこへ行っても、あの宗教からは碌な噂を聞かない。
カリューネ教と商会が手を組んで、洗脳された町民を作り出していた……。目的は、おそらく信仰を集めるため。
人の心を踏みにじってまで崇拝を求めるなんて……そんなのただの独善だ。宗教の皮をかぶった支配じゃない。
「それは、カリューネ教の指示なの?」
「そ、そうだ……。あそこに従えば、色々と優遇されるし、報酬だって悪くないんだ」
やっぱり、これもカリューネ教の仕業だった。薬と魔法を使って人々の心を操り、信仰をねじ込む――この町の異様な空気も、全て仕組まれたものだったんだ。
ここまでくればもう明白だ。カリューネ教は悪だ。意志を奪い、自由を奪い、信仰を強いるなんて、そんなやり方が許されていいはずがない。
彼らが何を企んでいるのかはまだ見えてこない。でも――絶対に、放っておいちゃいけない。
「じゃあ、次の質問。クロネはどこにいるの?」
「クロネ? さ、さぁ……俺はお前を洗脳してこいって言われただけで、他に同じ子がいるなんて話は聞いてない」
「……じゃあ、私と同じように、クロネも――」
「……多分、そうだと思う」
胸が締めつけられる。クロネにも同じような命令が出されているなんて――そんなの、絶対に許せない。
どうにかして、早く救出しないと。今はカリューネ教の事よりも、クロネの事を優先するべきだ。
男性をその辺に転がせておくと、私は部屋を出て行く。でも、どこに行けばいいのか分からない。クロネを早く救出しないといけないのに!
『あの……お手伝いしましょうか?』
えっ……オルディア様? まだいてくださったんですか?
『い、今の話、気になっただけです! べ、別に仕事をサボる言い訳が欲しかったわけじゃありませんからね!? 本当に!』
ふふっ……分かりました。ありがとうございます。私のために、嬉しいです。
『ふすーっ、当然ですとも! さあ、さっそくお友達を助けに行きましょう!』
……でも、クロネがどこにいるか分からないんです。
『こういう時は……女神レーダーの出番ですね! ムムムムム……ハッ! 右の方から、強い気配がします!』
右ですね、分かりました!
私は勢いよく走り出した。鼓動が早くなるのがわかる。足がもつれそうになるほど焦っている。だけど、止まってなんかいられない。
お願い、クロネ。どうか無事でいて――!
今、すぐに助けに行くから! 絶対に……絶対に、助けるから!
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