86.スウェンの疑惑
突然のスウェンの登場に息を呑んだ。相変わらず顔はにこやかに取り繕っているが、視線は冷たい。まるで、人を人とも思っていないようだ。
「あなたたちもこの町に来たのですね。もしかして、カリューネ教に興味がおありなんじゃありませんか?」
「あたしたちはオルディア様を信仰している」
「それはカリューネ教を知らないからでしょう。カリューネ教を知ってもらえれば、きっと改宗したくなるでしょう。ぜひ、祈りに参加してみてはどうですか?」
まるで、何もなかったかのように話をするスウェン。あの黒い触手も、従えていた魔物も、前の町で沢山の魔物の匂いを付けていたことも、私たちは知っている。
クロネはスウェンを睨みつけ、確信に迫った。
「ユナが見ていた。ランカが黒い触手に連れ去れたところを」
「……ほう」
「そのランカがあんたの近くにいるって事は、あんたがランカを攫ったんだろう」
「なるほど……」
「それに、あんたからは嫌な魔物の匂いがする。カリューネ教の司教から匂っていいものじゃない」
クロネの言葉を素直に受け入れるスウェン。だけど、その様子は慌てた様子じゃなくて、とても落ち着いている。その様子がとても怖く感じた。
真剣に考える素振りを見せているが、何を考えているのか分からない。返答を待っていると、スウェンが口を開く。
「それのどこが悪いのですか?」
全く悪そびれる態度ではなく、当たり前のように言い放った。
「ランカはスラムに住んでいた孤児です。その孤児に神官見習いとしての素質を見出したからこそ、彼女を手元に置きました」
「ランカにはその素質があるようには見えなかった」
「私にはそう見えたんです。それに、あの時のランカは初めての獣化で我を忘れていた。だから、私が魔法でランカを捕縛したんですよ」
「最後にはランカは正気を取り戻していた。それを無理やり拉致するのはどうなんだ?」
「お互いに見知った関係ですから、拉致ではありませんよ」
クロネがどんどん追及していくが、スウェンはまるで自分が悪くないかのように言葉を続けていった。確かにそういう見方も出来るだろうけれど、それにしては手段が強引すぎる。
「本当にランカの意思はあったの?」
「そうですよ。ですよね、ランカ。ランカは自分の意思で私についてきたんですよね?」
「はい。自分の意思で付いてきました」
スウェンの問いにランカは同意した。だけど、そこにランカの意思は感じられない。だって、ランカは自分の事を自分とは言わない。だから、これはランカの意思に反することだ。
オルディア様が言っていた薬と魔法の影響があるのだろう。それをどうにかしないと、ランカを目覚めさせることは出来ない。
「魔物の匂いはどう説明するんだ」
「魔物は移動中に襲ってきたんですよ。だから、魔法で撃退しました。その時に付いた匂いでしょう」
「そうか? あたしには魔物と仲良くしているような印象を受けたけれど?」
「それは無理でしょう。だって、相手は魔物ですよ。私の意思なんか尊重してくれません」
魔物の匂いの説明もそう来たか。私たちが知っているのは、魔物の匂いが付いているという事だけ。それだけでは、スウェンを深くは追及できない。もっと、確かな証拠があればいいんだけれど……。
「話は終わりですか? これから信者に向けて説教をしないといけませんので、これで失礼しますね」
そういうと、スウェンはランカを連れて信者が待つ場所に向かっていった。
正直、このままランカを行かせたくはなかった。でも、ランカを正常に戻す手段が見つからないのに、無理に引き留めるとこちらが悪になってしまう。
そのことをクロネも分かっていたみたいだ。スウェンが去った方向を悔しそうに眺めている。
◇
何も出来なかった私たちは馬車の中に戻ってきた。馬車の中は重苦しい空気に包まれている。その空気を破るかのように、私は口を開いた。
「ランカが見つかったのに、取り戻す事が出来なかったね」
「……あたしたちの事を覚えていなかった。それが悔しい」
「実はね、その事で気づいたことがあるの。どうやら、ランカは薬と魔法の影響で意思を奪われているみたい」
「なんだって!? それじゃあ、さっきのはランカの意思じゃないってことか!?」
私の話にクロネはとても驚いた様子だ。それもそうだ、まさか薬と魔法の影響であんな風になったとは思わない。
「なおさら、助けないとダメじゃないか!」
「でも、どうしたらランカを元に戻せるか分からないの。薬と魔法の影響を無くす手段、これを考えない事にはランカを取り戻す事が出来ないよ」
「くそっ……どうしたらいいんだ」
ランカを取り戻すには薬と魔法の影響を無くさなければいけない。何をしたら、その影響がなくなるのか……。
私の魔力でどうにかなる? でも、どんな効力にすればいいのか分からない。一度、試してみない事には……。
そんなことを考えていると、馬車の扉が開いた。
「おや、先に戻っていたのですね。教会はどうでしたか?」
商会長が戻ってきた。私たちはすぐに取り繕って、口を開く。
「自分たちには合わない場所でした」
「そうでしたか、それは残念です。では、私の屋敷に参りましょう。そこで、今日のお礼をさせてください」
それだけを言うと、商会長は残念そうな顔をした。商会長が馬車に乗り込むと、馬車は進んでいった。
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