84.ダランシェ子爵領の教会
異様な光景を目の当たりにして、思考が止まった。だけど、肩を揺すられてハッと我に返る。
肩を揺すったのは隣に座っていたクロネ。そのクロネは戸惑いに歪んだ顔をして、馬車の外を見ていた。
「なぁ、ユナ。おかしくないか?」
「う、うん……。なんか普通の人じゃないみたい」
「……あっ! でも、あの人は違う。あの人も!」
クロネが何かを見つけて、少し腰を浮かせて馬車の窓に張り付く。クロネが指した方向を見ると、大勢の人の流れに逆らう人達の姿もあった。
あの人たちからは普通の気配がする。良かった、全員があんな異様な雰囲気になっていないんだね。
よく見ると、おかしくない人もそれなりにいた。その人たちは教会に向かう人たちの事を気味悪がっているように見える。やっぱり、私たちの感覚はおかしくなかったんだ。
「みんな、お祈りに熱心ですよね」
そんな時、商会長がそんなことを言った。こんな異様な光景を見ても、平常心のままだ。その変わらない態度に少し気味が悪い。
「あの……なんとも思わないんですか?」
「あぁ、あの人達の事ですか? 初めは気味が悪かったんですが、他のところでも似たような状況なんですよ」
「他の所?」
「カリューネ教に変わった中央地方のことですね。これと同じような状況になってますよ」
この状況が……中央地方も?
「それは、本当か!?」
「えぇ、これがカリューネ教のやり方なんでしょうね。熱心な信者が多いです」
クロネがその話を聞いて身を乗り出す。この状況を熱心な信者が多いっていう言葉で終わらせるのは危険だと思う。
正直言って、この状況は普通じゃない。それは、他の人だって感じているのに、声を上げられない状況になっている。
「中央地方が……こんな状況に……」
クロネが苦虫を潰したような顔をした。本来ならクロネは中央地方を治める公爵家の一員。その自分がいた領土がおかしな様子になっていると聞き、危機感を覚えたようだ。
その悔しそうな顔を見て、胸が痛む。きっと、クロネは後悔しているだろう。自分が中央地方から離れていたせいで、おかしな状況になってしまったのだから。
でも、待って。初めに行ったリオストール子爵領の時はそんな事がなかった。こんな異様な熱心な信者はいなくて、教会の強硬な態度に嫌悪感を覚えていたように見える。
この差は何? 異様で熱心な信者がいる町と仕方なく祈りに来ている信者がいる町。全然様子が違うけれど、それはカリューネ教が浸透度が違うから?
考えれば考えるほど、謎が浮かんでくる。やっぱり、カリューネ教はおかしい。ランカを助けるためにスウェンを追ってきたけれど、まさかこんな異常な状況を目の当たりにするとは思わなかった。
「教会が見えてきましたね。私たちは荷物を教会に運びますが、その間どうしますか?」
「……少し教会を見てきていいですか?」
「もちろん、いいですよ。ごゆっくりしてください」
窓の外を見て見ると、大きな教会が見てきた。教会には信者たちが続々と入っているのが見える。ちょっと怖いけど、様子を見に行こう。
馬車は教会の前で止まり、従業員たちが荷物を次々と運んでいく。商会長も馬車から降りて、その荷物と共に教会の中に入っていった。
「私たちも行こう」
「おう」
私たちも馬車から降りると教会の中に入っていく。教会の扉が開けっ放しの状態になっており、出入りが自由になっている。
その内部に入ると、まず目に飛び込んできたのは大勢の信者たち。そして、違和感。こんなに人がいっぱいいるのに、ざわめきが聞こえてこないのだ。
普通なら雑談をする声とかが聞こえてくるはずなのに、それがない。
「なんか、異様に静かだよね」
「……だな。空気がおかしい。それに、人々の感情が読み取れない」
鼻をヒクヒク動かして、人の匂いを嗅ぐクロネ。感情が読み取れないのは、やっぱり異常だ。この状況だったら、何かしら感情が漏れてもいいのに。
そんな中で聞こえてきた声がある。
「心からの祈りを籠めるのです。カリューネ神に信仰を。信仰こそが救いなのです」
神官が声を張り上げ、両手を天に掲げる。まるで演説のような祈りの言葉だ。だが、その口調には慈愛よりも強制の色が濃く滲んでいた。
「信じなさい、疑念を捨てなさい。カリューネ神の導きに逆らうことは、すなわち罪。魂の堕落なのです」
信者たちは、一糸乱れぬ動きで跪き、揃って両手を組み、頭を垂れる。その動きがあまりにも機械的で、生きた人間の自然な行為とは思えなかった。
「……これ、ほんとにお祈りなの?」
私は思わず呟く。そこに神を慈しむ心はなく、愛も感じられない。ただ神への絶対的な服従を感じる。
「ここは異常だ。おかしすぎる」
クロネが低い声で囁いた。口元は引きつっている。
目を凝らすと、信者たちの顔はどれも無表情。いや、もっと正確に言えば――感情を押し殺したような、不自然な空白の表情だった。
どうしてこんなことになっているのか……。背筋が凍るような恐怖を感じていると、クロネの顔が勢いよく横に向いた。
「クロネ、どうしたの?」
「この匂い……。ユナ、あそこだ!」
「えっ?」
クロネにグッと手を掴まれて引っ張られる。人の波をかきわけて進んでいった。
一体、この先に何が? そう思っていると、人の波からようやく抜け出た。顔を上げて正面を見て見ると、私は息を呑んだ。
そこにいたのは――灰色の法衣に身を包んだランカの姿だった。
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