83.ダランシェ子爵領に到着
大きな門を抜け、町の中に入っていく。整った石作りの道を進むと、左右に広がるのは背の高い建物と、色とりどりの看板。様々な人が行き交い、賑わいを見せている。
「この町も賑やかだな」
「そうだね、露店も沢山並んでいるよ」
馬車の窓から覗く、町の風景に心がワクワクとする。やっぱり、新しい町に入るのは良い。何か新しい発見がないか、期待に満ちる。
すると、商会長が話に入って来る。
「この町も賑やかですが、中央はもっと賑やかですよ」
「中央?」
「王都周辺の地域の事を中央地方と言います。その北側は北方地方、南側は南方地方。東西にも、東方地方と西方地方があります。この国は大まかに五つの地方に分かれているんです」
へー、そんな感じに分かれていたんだ。
「中央には人が集まっていて、とても賑やかなんですよ。きっと、驚くと思います」
「クロネは知っている?」
「知っている。あたしは中央地方の生まれだから。地方に比べたら、人の数が全然違う」
そんなに人がいるんだ。確か、元の王国よりもここの帝国の方が人口は多かったよね。どれだけ人がいるんだろう? いつか、行ける日が来るかな?
「そうそう。町に着いて早々に申し訳ないんですが、荷物を届けに行かなくてはいけないのです。少し、寄っていってもいいですか?」
「もちろん、大丈夫です」
「助かります。では、教会に寄らせていただきますね」
教会、その言葉に少しドキッとした。教会には色んな形で関わってきたけど、まさかここでも初っ端から関わるとは思ってもみなかった。
これは、少し探りを入れてもいいだろうか? クロネを見ると、真剣な顔で頷いてくれた。……よし。
「教会に荷物を届けるんですね」
「えぇ。中央地方からの届けものなんですよ。とても大事な物だったので、お二人に助けて頂いて本当に助かりました」
「ちなみにダランシェ子爵領の教会はどの神様を崇拝しているのですか?」
「それはもちろん、国教になっているカリューネ教ですよ」
その言葉に私たちは顔を見合わせた。
「町によってオルディア教だったりしますよね」
「あー、まだ変えていない町は沢山ありますよ。中央地方は殆どがカリューネ教に変わりましたが、地方ではまだオルディア教を信仰している所は沢山あります」
そうか、中央地方は殆どがカリューネ教に変わって、他の地方はオルディア教がまだ残っている状況なんだ。
「やはり、地方の公爵家の力が強いからでしょう。昔からオルディア教を信仰していたので、それを貫き通す姿勢らしいですよ」
「地方の公爵家とは?」
「あぁ、一つの地方には必ず一つの公爵家があります。その公爵家は地方の代表として、権威を持つ大きな貴族の事です」
この帝国はそんな風になっていたんだ。じゃあ、クロネの家は中央地方の代表っていう事になるのかな?
「政変で教皇と騎士団長が変わったのは知っていますか? その二人が支持している皇帝の弟の権威が高まっているみたいですね。だけど、地方の公爵家は現皇帝を支持しているので、政局は緊張しているんですよ」
「じゃあ、カリューネ教に変わった町は皇帝の弟を支持している事になるんですか?」
「いえ、必ずしもそうとは限りませんね。教皇にも独自の権威はありますから、その権威に屈してか、それとも心変わりがあったのか……。様々な要因でカリューネ教に変える町が増えてきています」
カリューネ教が広まっているのは、皇帝の弟を支持しているからではないみたいだ。やはり、国教に変わったことが大きな影響を生んでいるのだろう。
あんな宗教が国教だなんて、とても危うく感じる。そのせいで、エリシアは大変な目に合っているし。何か力になる事が出来たならいいんだけど……。
でも、具体的に何すればいいのか分からない。もし、魔物を従える司教の行動がカリューネ教の指示によるものだったら、そこを明らかにすればカリューネ教の求心力は落ちる。そこを突けないかな?
求心力を落とさせて、現皇帝の権威を強める。それから、国教をオルディア教に戻せば……。だけど、そんな事がただの冒険者の私に出来るとは思えない。
誰か……そう、権力を持つ人の手助けが必要になる。カリューネ教の脅威を伝えて、カリューネ教が広まるのを阻止して、求心力を落として……。
そんな事を考えている時、鐘の音が響いた。とても大きな鐘の音で、町全体に響き渡るような感じだ。
「凄く大きな鐘の音ですね。何かを知らせるものですか?」
「はい、この鐘は礼拝の時間を知らせるものなんですよ。ほら、道に人が溢れてきたでしょう? この人たちはみんな、教会に行ってお祈りをするんです」
言われて、馬車の外を覗いた私は、最初は穏やかな気持ちでその光景を見ていた。通りには人がどんどん溢れ、家々から続々と人々が姿を現し、教会のある方角へと向かっていく。
けれど、それはすぐに奇妙な印象に変わった。
出てくる人の数が、明らかに異様だった。さっきまでまばらだった通りが、あっという間に人で埋まり、馬車の進行を阻むほどになる。まるで、水が堰を切ったかのように、人の流れが止まらない。
しかも、人々の顔はみな無表情だった。ただ教会に向かって歩く。それだけを目的に動いているような、どこか機械的な動き。
誰もが下を向き、誰とも話さず、まるで言葉を持たない人形のようだ。
胸の奥に、じわりと冷たいものが広がる。
信仰に熱心なのかもしれない。けれど、これは……本当にそうなのだろうか?
どこかおかしい。おかしいのに、誰もそれに気づいていない。そんな違和感が、背筋をひやりと撫でた。
ふと、一人の老女がこちらを見た。だが、目が合った瞬間、彼女はすぐに視線を戻し、無言のまま列に戻っていった。
私は息を呑んだ。瞳に光がなかった。まるで……感情というものが、すっかり抜け落ちているようだった。
鐘の音は、まだ鳴り続けている。重く、鈍く、空気を押し潰すような音が、頭の奥にまで響いてくる。
この音に、人々は呼び寄せられているのか? それとも、操られているのか……。
ただの礼拝、そう思っていたはずなのに。いつの間にか、私の心にはっきりとした恐怖が根を下ろし始めていた。
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