77.ミノタウロス
悲鳴が聞こえた場所に行くと、そこには一体の巨大な魔物がいた。
身の丈は四メートルを超え、隆々とした筋肉に覆われた身体は岩のように硬そうだった。牛の頭を持ち、額からは二本の巨大な角が突き出ている。目は血走り、理性のない憎悪だけが宿っている。
口にはどんなものも噛み砕くような強靭な歯が並び、鼻息は空気を震わせるほど荒い。巨大な斧を握り、その斧には血の跡がべったりとへばりついていた。
全身は毛むくじゃら。ひづめのような足が地面を踏み砕いている。その一歩ごとにズシンと音が鳴り、周囲の空気が揺れる。
「あれは……ミノタウロス。Aランクの魔物だ」
この大軍に潜んでいた、圧倒的な戦力。そのミノタウロスは巨大な斧を振り回し、次々と冒険者たちを屠っていた。この中にAランクのミノタウロスと対等に渡り合える冒険者はいない。
Bランクである自分たちがどうにかしないといけない。大丈夫、私はAランクの魔物を倒したことがある。それに、クロネだってAランクの魔物と戦える実力はある。
「よし、クロネ。やろう」
「あぁ。ちょうど、体が疼いていたところ」
クロネは静かに双剣を構える。その瞳が鋭く光ると、地を蹴った彼女の姿が風と共にかき消えた。
一瞬の静寂が降りた。――が。
「《迅雷双刃》!」
次の瞬間、雷鳴のごとき素早さでクロネはミノタウロスの背後に現れ、両手の双剣が稲妻のような衝撃が奔った。
「ブモォォッ!」
ミノタウロスの分厚い背に深々と斬撃が刻まれ、鮮血が高く噴き上がる。巨体がぐらりと揺れ、前のめりに傾いた――が。
地面を砕くような音と共にミノタウロスは片膝をつく寸前、強靭な脚で地を踏み鳴らした。
「ブモッ!」
反撃は一瞬だった。巨躯をひねり、振り抜かれた斧が唸りを上げてクロネに迫る。
「……ぐっ!」
クロネは双剣を交差させて受け止めた。だが、凄まじい衝撃にクロネの体は宙を舞う。空中で身体をひねり、受け身を取りながら地に着地する。
「さすが……伊達にデカいだけじゃない、か」
クロネの必殺技を受けても、平然と反撃出来る強靭さがミノタウロスにはある。これは生半可な攻撃は効かないっていうことか。
「ユナ! あたしが引き付ける、その間に魔法で弱らせて!」
「分かった!」
クロネがミノタウロスの前に立ち塞がると、勇敢にも立ち向かっていく。クロネがミノタウロスを引き付けてくれるから、私は十分に魔力を練る事が出来る。
クロネの勇気を無駄にしないために、すぐに魔力を高めた。放出した魔力を次々と火の矢に変える。私の頭上には二十本もの火の矢が生成出来た。
「クロネ、避けて!」
声を張り上げた。すると、クロネの姿が消えた――これならいける。火の矢に風の力を付与して、突風如き速さでミノタウロスに放つ。
狙いは定めた、あとは当てるだけ。――そう、思っていた。
「ブモォォォッ!」
突然、ミノタウロスがいきり立ち、向かってくる火の矢に向けて斧を縦横無尽に振り回す。豪風が吹き荒れ、斧は火の矢を爆発と共に打ち消していく。
二十本も放ったのに、全てを叩き落とされてしまった。……このAランクの魔物は強い。
――だけど、勝てない相手じゃない。
「クロネ! 引きつけるのはもういい! 全力で叩き込んで! 私が隙を作る!」
「了解ッ!」
即答と同時に、クロネは地を蹴ってミノタウロスへ突進する。その刃に宿る殺気が風を裂き、獣を挑発するように何度も斬撃を浴びせた。
私はその背中を見送りながら、静かに目を閉じた。
――集中。限界まで魔力を高める。
呼吸と鼓動を魔力の流れに重ね、体内の力を一気に開放する。先ほどの火の矢を凌駕するほどの力を籠めて、火の矢を頭上に生成した。
何者も貫く強靭な風の力を付与すると、それらをミノタウロス目掛けて解き放つ。先ほどよりも速く、強靭な火の矢がミノタウロスに向かっていった。
そのミノタウロスが火の矢に気づく。
「ブモォォォッ!」
ミノタウロスが唸り声を上げながら、構えた戦斧を振り上げる。狙いは火の矢――叩き落とす気だ。剛腕が風を裂き、火の矢に迫るその瞬間――。
「今だ!」
私は即座に魔力を込め、転移の魔法を発動させた。
火の矢が突如としてその場から消える。振り抜かれた斧は空を裂き、衝撃波が地面をえぐる。ミノタウロスの小さな目が驚愕に見開かれた。
「ブモッ!?」
「残念! その火の矢――もう自由なの!」
私は勝ち誇った笑みを浮かべ、掌をひらりと返す。そしてその瞬間――。
ズンッ――ドガァァン!!
ミノタウロスの背後、まさに死角に転移させた火の矢が出現し、爆音と共に直撃する。
「ブモォォォッ!!」
雄叫びを上げるミノタウロスの巨体がのけ反る。だがそれは序章に過ぎなかった。
「次、次ッ!」
私は連続して転移の魔法を行使。周囲の空間が歪み、火の矢が次々と現れる。それらはミノタウロスの腕、脚、腹、首元――逃げ場のない密着距離に次々と。
ドォンッ! ドォンッ! ドォンッ! ドォンッ!
火の矢が炸裂するたび、閃光が夜のような空間を照らし、爆炎がミノタウロスの体を呑み込む。爆風に吹き飛ばされる肉片、裂け飛ぶ鎧、黒煙が天に立ち昇る。
その黒煙が消え、ミノタウロスの体が露になる。体中に受けた爆発の衝撃、防げないその力に体中が抉れていた。焼け焦げた肌と抉れたところから血が滴り落ちる。
先ほどの威勢は消え、ミノタウロスはフラフラになりながらもなんとか立っていた。ここが好機だ!
「クロネ!」
私の叫びと共に、クロネの姿が風のようにかき消えた。
「《月影舞・殺陣》!」
それは――斬撃の残像。闇に紛れ、月光のように美しく、鋭く、儚く。それが次の瞬間、ミノタウロスの全身を包囲するように走った。
視認できないほどの速度で放たれる斬撃の数々が、鉄壁の肉体をまるで紙のように切り裂いていく。肩を、胸を、腹を、脚を――無慈悲に、的確に、致命的に。
ミノタウロスは反応する間もなく、血飛沫を撒き散らしながら、ただ立ち尽くすしかなかった。
「ブ……モ……」
声にならない呻きが漏れた時には、すでにクロネは背後に立っていた。双剣を構えたその姿は、まるで処刑を終えた影の女神のようだった。
そして、ミノタウロスの巨体が、ドサリ、と音を立てて崩れ落ちる。
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