76.万の大軍(3)
「道を開けろっ!」
クロネの怒号が響くと同時に、その身は風となって魔物の群れへと飛び込んだ。
魔物の喉元に、一閃。魔物の脳天に、一振り。止まることなく流れる双剣は一撃で魔物の命を刈り取っていく。
止まらない。次々と襲いかかる牙と爪を、紙一重の回避と刹那の斬撃で打ち払う。赤黒い血が弧を描き、地面を染めていく。
魔物の群れの中に一つの道が出来ていく。その道を私は走る。クロネが斬り伏せた魔物を踏み越えて、魔物の中心に向かう。
そして、行き止まりに辿り着いた。そこはすでにクロネが暴れた後。円形状に魔物が斬り伏せられ、僅かに空間が出来ていた。
その空間に飛び込み、すぐに魔力を高める。限界まで引き上げられた魔力を周囲に広げると、そこに自分の意思を乗せる。
周囲の空気が軋み、温度が急激に落ちていく。吐息すら白くなるほどの冷気が渦を巻き、私を中心に広がっていく。
冷気は見る間に霧となり、さらに霧は鋭い氷晶へと変わる。
「凍れ!」
意志を乗せた瞬間、爆発的に放たれた冷気が魔物たちを包み込んだ。唸り声が凍結音に変わり、体表が霜に覆われ、次の瞬間には――全ての動きが止まった。
凍りついた魔物たちは、まるで氷像のように静止する。突然、静かな世界が舞い降りた。
だが、それも束の間――。
「砕けろ!」
手を高く掲げ、魔力を周囲に放つ。魔力は風の刃に変化し、凍てついた空気を走った。
凍りついた魔物たちの身体が粉々に砕け散る。音もなく崩れ落ちた破片は、風に乗って舞い上がり、白い粉塵のように空を舞った。
また、世界が静かになった。周囲に蔓延っていた魔物は氷となって崩れ落ち、物言わぬ破片に変わり果てた。
これで、この周辺の魔物を一掃できた。周囲を見渡すと、まだ魔物は残っているがその数は激減しているように見える。
何度もこの方法で魔物を退治してきたお陰だろう。一回で数百の魔物を退治でき、それを十回もやってきたのだ。
そのせいで魔力を沢山使ってきた。残りの魔力が少ないような気がする。まだ、魔物が残っているのにこれはまずい。何か回復する方法はないだろうか?
「魔力の回復……。確か、魔力を回復するポーションがあるって聞いたことがある」
それが手持ちにあればいいんだけど、それが手持ちにない。……もしかして、魔力があれば作れるんじゃない?
だって、私の魔力は性質を変える力がある。だったら、魔力を回復するポーションだって作れるはずだ。
「やってみよう」
手を器の形にして、意識を集中する。手に魔力を溜めて、具体的に魔力を回復するポーションを思い浮かべる。
瓶の中に入っていて、中に液体が入っている。その液体には魔力を回復される効果があって、飲めばたちまち魔力が回復する。それに飲みやすくて美味しい。
そこまで、しっかりとイメージすると魔力を変異させる。すると、魔力の形が変わっていく。瓶の形に変化し、その中に液体が出現する。私の手には一本の液体入りの瓶が出来上がっていた。
「どれどれ……」
瓶の蓋を開けて中身を嗅ぐ。とても爽やかな匂いがする、これは美味しそうだ。そして、意を決して瓶をあおって中身を飲む。
ほんのり甘くて飲み心地はいい。ゴクゴクと飲み干して、瓶から口を離した。その途端、私の体の中にあった魔力が膨れ上がってきた。
「きた、きた! 本当に魔力が回復している!」
凄い! 自分の魔力で作ったポーションで、自分を回復出来るなんて! これは、少しでも魔力があればすぐに魔力が回復できる。永久機関の完成だ!
「……何をしているんだ?」
「聞いて! 自分の魔力で魔力を回復出来たの!」
「魔力で魔力を? どういうこと?」
クロネが不思議そうな首を傾げている。そうだ、クロネも双剣を振りすぎて疲れたんじゃないかな? ここは体力を回復するポーションを作成してみよう。
手に魔力を集めると、意識を集中する。今度は体力が回復するポーションが出来ますように。そう願っていると、魔力が変異して一本の瓶が出来上がった。
「クロネ、これを飲んでみて。体力が回復するよ」
「これを? 分かった」
クロネはその瓶を受け取ると、瓶をあおって飲んだ。すぐに飲み干すと、なんでもない顔をしたクロネの表情が驚きに変わる。
「こ、これは!」
「ねぇ、どう?」
「疲労がなくなっていく!」
「本当!? やった、成功だね」
「ユナの魔力でこんなものも作れるなんて、凄いな。助かった、双剣を振りすぎて疲労が溜まっていたところなんだ」
えへへ、良かった役に立って。これで、まだまだ戦えるね。
「じゃあ、次はどの辺りを――」
そう言った時、クロネの表情が引き締まる。ある方向を向いて、耳をピクピクと動かす。
「冒険者たちの悲鳴が聞こえる」
「えっ……。一体、どうして?」
「どうやら、強敵が出現したらしい。普通の魔物の退治はやめて、そちらの援軍に行こう」
「うん、分かった」
魔物の大軍だけじゃなくて、強敵も出現するなんて……。一体、どんな魔物だろうか?
私とクロネはその悲鳴が聞こえる場所へと急いだ。
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