74.万の大軍(1)
冒険者たちの仕分けを終え、私たちは魔物の大軍が押し寄せている門へと辿り着いた。集まった冒険者は五百人未満。その内、Bランクは私たちと話していた男女のパーティーだけだった。
戦力が心もとないけれど、これで戦わなければいけない。私は覚悟を決めて、Bランクの冒険者としてみんなの先頭に立つ。
「開門します! 開門したら、すぐに門の外へ!」
ゆっくりと開かれた門の外、私たちは一斉に視線を向けた。
結界の内側、光のヴェールが張られた町の境界線までは、まだわずかな余裕があった。けれど、その結界の外――地平線が見えないくらいにびっしりと、様々な色に染まった異形の群れが広がっていた。
数えきれないほどの魔物たちだった。牙をむいたオーク、地を這うトカゲ型のワーム、空を旋回する小型のガーゴイル、群れをなす無数のゴブリンやスケルトンたち。その全てが、私たちの方を向いていた。
異様な気配が肌を刺すように突き刺さる。空気すら腐りかけているかのように重く、熱く、濁っていた。
「何……あれ……」
「こ、こんなのって……」
「嘘だろ……」
誰かのか細い声が耳に入った。見える範囲だけでも数千はいるはずなのに、その後方にはさらに黒い波のように、地面を覆い隠すほどの魔物たちが押し寄せてきていた。
この大軍の圧に完全に呑まれてしまいそう。その時、クロネに手を握られた。その手が少し震えていたのを感じて、同じ気持ちだと知ると少しだけ自分の気持ちが落ち着いた。
誰だって、この大軍を目の前にすると怖気づいてしまう。だけど、ここで引き下がったら、この後に待ち受けるのは町に魔物が入り込む悲惨な現状。そんな現状は絶対に見たくない。
その思いが心を強くして、私は手を強く握りしめて前へ歩き出す。少し遅れてクロネも前に歩き出した。大丈夫、クロネが一緒にいてくれるから。
「前の人に続いて、門の外に出てください!」
私たちが動き出したことを良いことに、ギルド職員がはやしたてる。私たちの後ろからゆっくりとではあるが、冒険者たちが門の外に出てくる。
数十メートルの先が結界の境界。この境界を越えれば、万の魔物の大軍を戦うことになる。覚悟は決まっている。だから、あとは踏み出すだけだ。
「ユナ、準備はいい?」
「もちろん。いつでもいけるよ」
お互い手を離して、戦闘の準備する。クロネは双剣を握り、私は魔力を高めた。
「だったら、私が道を開ける。その後に続いてくれ」
「分かった」
「あと、その……」
クロネが少し言いよどむ。私は焦らせないように、その言葉を待った。
「あの時みたいに怖い顔になるかもだけど……大丈夫?」
あの時……ゴブリンたちと戦った時かな?
「もちろん、大丈夫。クロネが怖くなったって、嫌ったりしないよ」
「そうか……」
クロネは照れ臭そうにマントで顔を半分隠す。その様子に、最後に残った緊張も薄れていった。
「ふぅ……はぁ……」
クロネは深呼吸を吐いた。静かなその息が、風を切るような音にさえ聞こえた気がした。次の瞬間――彼女の気配が一変する。
空気が、震えた。確かな殺気が周囲に広がる。まるで目の前に猛獣が現れたかのように、背筋がぞわりと粟立つ。
クロネの髪がふわりと浮いた。風など吹いていないのに、彼女の周囲の空間だけが異様な圧で歪んでいるようだった。
双剣をゆっくりと、しかし無駄のない動きで構える。左足をわずかに引き、右足を斜め前へ。膝は深く沈み、身体は低く重く構えた。完全に獣の構え。一撃で獲物の喉笛を食いちぎる、そんな気迫。
その目が、変わった。鋭く研ぎ澄まされた刃へと変わる。細く、鋭く、残酷なまでに冷たい。恐怖や迷いなど、一片も残っていない。狩る者の目だった。
姿が一瞬でなくなった。ハッとして顔を上げると、クロネは結界の境界を飛び出していて、すでに双剣を振るい始める。
「あぁぁぁぁっ!!」
結界の近くまで押し寄せていた魔物を双剣の刃が切り裂く。双剣は目にも止まらぬ速さで振られ、あたりに血しぶきが散った。その勢いは時間が経つごとに激しくなる。
クロネの双剣が、まるで光そのもののように閃く。一振りごとに、魔物の肉が裂け、骨が砕け、血が地面を染めていく。
「グギャーッ!」
「グオォォッ!」
「キィィッ!」
魔物の断末魔が止まらない。素早く、そして重い一撃は魔物の体を切り裂いて、簡単に命を削る。クロネが双剣を振るった場所はすでに血の海が広がっていた。
「おぉぉおぉっ!」
鋭い目で魔物を睨み、八重歯がむき出しの口で咆哮する。その気迫は万の魔物の大軍に匹敵するほどの圧だった。
ほんの数分の出来事だったのに、魔物が押し寄せてきていた結界の前がぽっかりと穴が開いたみたいだ。クロネは道を開けると言っていた。飛び込むなら今だ。
私は空いた穴を目掛けて走った。クロネに比べれは遅い足だけど、確実にその場所へと向かっていく。
そして、結界から出た瞬間――溜まった魔力を放出した。まずは、私とクロネに防御魔法を付与。これで、クロネに魔法が当たっても耐えてくれるはず。
「行くよっ!」
準備は万端だ。放出した魔力を広範囲に広げると、魔力に自分の意思を乗せる。
「爆ぜろ!」
その瞬間、空気が悲鳴を上げた。
私の魔力が解き放たれ、視界が真白に塗り潰される。空間が軋み、空気が爆縮する音とともに、地面を這うように放たれた爆風が、嵐のごとく魔物の群れを呑み込んだ。
――ドオオォォン!!
轟音が大地を揺るがす。私の周囲、数十メートル四方が一斉に閃光と共に炸裂した。
光と熱。衝撃が奔流となって広がり、そこにいた魔物たちは抵抗する暇もなく、四肢を吹き飛ばされて塵のように宙へ舞った。
私の周りはあの日みた、クロネのような有様になっていた。
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