71.鐘の音の原因
「この鐘の音は!」
けたたましく鳴り響く鐘を音を聞いて初老の男性は驚いて立ち上がった。後ろに控えていた神官たちも戸惑っている様子だ。
だけど、こちら側は一体何が起こったか分からない。そこで、一番落ち着いた様子だったスウェンが声を掛けた。
「これは、一体どういう状況なのですか?」
「この鐘の音は魔物が町の中に入ったことを知らせる音です。でも、それにしては鐘の音が多い。他にも何か不測の事態が起こっているみたいです」
「ほう……魔物ですか」
初老の男性の言葉を受けてもスウェンは取り乱さなかった。その代わりに他のカリューネ教の神官たちが慌てふためいている。
どうして、このスウェンはこんなに落ち着いていられるの? 状況に似つかわしくない態度を見て、私の中で不信感が高まっていく。
その時、クロネがこっそりと耳打ちをしてきた。
「あのスウェンからも魔物の匂いがする」
「えっ……それはどういうこと?」
「以前嗅いだ猿の魔物の匂いじゃない。もっと他の……色んな種類の魔物の匂いだ」
猿の魔物だけじゃなくて、他の魔物の匂い? じゃあ、従えている魔物は他にもいるって事?
……それは危険だ。もし、この場に魔物を出されたら犠牲者が出る。それに皇女でもあるエリシアの身を危険に晒すことにもなる。それだけは、避けたい。
だったら、ここで下手に動かない方がいいかも。スウェンが変な事を考えてなければいいんだけど……。
「どうする? 何かする前にスウェンを拘束するか?」
「魔物の匂いがするだけで拘束するのは難しいと思う。もっと、確かな証拠があれば……」
「でも、こいつは猿の魔物を従えていた。それに、今回は違う魔物の匂いもする。絶対に危険な奴だ」
猿の魔物を従え、あの触手の魔法も使った。相手の強さは未知数だから、ここで手を出して他のみんなに危害が及んだら大変だ。それに、外に出た魔物も気になる。
状況に戸惑っていると、スウェンが落ち着いた様子で口を開く。
「こんな状況になってもオルディア様の加護があると? こんな状況になったのは、カリューネ様を信仰していないからではありませんか?」
「今、その事を言い争っている暇は……」
「いいえ、あります。今、ここでカリューネ神を信仰すれば、カリューネ様の加護で魔物がどこかに行くかもしれませんよ」
「そんな事があるわけが!」
こんな事態になってもなお、スウェンはカリューネ教に変えろと進言してきた。それには初老の男性は怒りを滲ませる。
話が平行線を辿ろうとした時――。
「うわっ!?」
オルディア教の神官が指を差して驚きの声を上げた。そちらの方を向くと、窓の外にワイバーンの姿が見える。それを見た瞬間、部屋の中は騒然となった。
「エリシア様! 後ろへ!」
「下がれ、下がれ!」
「ど、どうしてここに!?」
みんなが慌てて窓の反対側に逃げると、ワイバーンは大きく息を吸った。危ない!
「みんな伏せて!」
私は前に出ると、手を構えた。窓に向かって魔力を放つと、それを防御魔法に変換する。すると、ワイバーンが火を吹いてきた。
窓ガラスは割れたが、火は部屋の中には入ってこない。防御魔法が間に合ったようだ。それを見たワイバーンは声を上げて、他の窓に頭を突っ込んできた。
「ひぃぃっ!」
「ワイバーンの頭が!」
「エリシア様!」
部屋の中にワイバーンの頭が入り、部屋中はパニックに陥った。そのワイバーンはギョロッと目を動かすと、顔を初老の男性に向けた。そして、息を大きく吸い込む。
「させないから!」
今度は魔力を球にしてワイバーンの頭を包み込み。すると、ワイバーンが吐き出した炎は内に留まり、球の中に入っていたワイバーンの頭を燃やした。
「ギャァァッ!」
途端に暴れ始める。部屋がその振動で大きく揺れていると、そのワイバーンにクロネが飛び出していく。
「はぁっ!」
双剣を高く掲げ、力強く首に向かって振り下ろす。重い一撃はワイバーンの首に突き刺さり、その頭は切り落とされた。
「クロネ、ありがとう!」
「おう」
私の魔力を放っていたら、他に被害が及んでしまう可能性があった。だから、ここは一点集中で倒して欲しかったから助かった。
すると、初老の男性が声を上げた。
「今はこの部屋を離れましょう。きっと、礼拝堂に人々が避難しているはずです。そこへ」
そう言って、初老の男性は部屋を出て行き、私たちはその後を追った。長い廊下を進んだ後、扉を開けた。すると、そこは礼拝堂になっており、広間には沢山の人が詰めかけている所だった。
その人達がこちらに気づき、初老の男性を見ると一斉に詰めかけてきた。
「司祭様! 町の中に魔物が!」
「突然、空から現れたんです!」
「オルディア様の加護でどうかお守りください!」
「おぉ、信者たちよ落ち着きなさい。きっと、オルディア様は我々を守ってくださる」
切羽詰まった信者に落ち着くように声を掛けた。だけど、信者は恐怖からか落ち着くどころか恐怖で声を上げている。その様子を見て、初老の男性は思案顔をした。
そこへ、スウェンが前に出てきた。
「皆様、魔物が攻めてきたのはオルディア神の力が足りないからではありませんか? もし、オルディア神の加護があれば、こんな事態にはならなかったでしょう」
人の良さそうな顔をして、オルディア教を責めるような物言いだ。これには初老の男性も嫌悪を示して、スウェンを睨みつける。
「ですが、我がカリューネ教でしたらこんな事態にはならなかったでしょう」
「スウェン殿、このような事態に一体何を……」
「このような事態だからです。オルディア神はあなたたちを守ってくれましたか? 守ってくれない神を信仰しても無駄です。さぁ、皆様。カリューネ神にその信仰を捧げるのです。さすれば、皆様を守ってくれることでしょう」
スウェンはこの事態を利用して、オルディア神の信仰をカリューネ神の信仰に変えて貰おうとする魂胆らしい。スウェンの言葉に礼拝堂に集まった人たちは戸惑い、不安げな顔をする。
なんて、卑怯な人! 人の不安に漬け込んで、信仰を変えてもらおうとするなんて。
私は耐え切れずに前に出て、声を上げる。
「そんなことをしなくても、オルディア様は守ってくれるわ!」
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