68.アクセサリー
「ふふっ、クロネお姉様とのお出かけ……楽しみ!」
屋敷の玄関先でエリシアが嬉しそうな顔を見せる。その様子を私とクロネはにこやかに見守り、エリシアを守る騎士たちはとても心配そうに見つめている。
「エリシア様、くれぐれもクロネ様とは離れないでいてくださいね。我々も少し離れたところで警備しますが、くれぐれも!」
「分かっているわ。強い二人が傍にいてくれるんだもの、危ない事になんてならないわ」
隊長の言葉にエリシアは真剣な言葉を返す。お出かけの時間を作るために、騎士たちには私たちの強さを実戦形式で確認してもらった。その結果、私たち二人が傍にいて離れないという約束だったら、お出かけをしてもいいと言う事になった。
その隊長が私たちに向き直り、真剣な顔で訴えかけてくる。
「クロネ様、ユナ様……エリシア様の事、よろしくお願いします」
「大丈夫。必ず守る」
「絶対に手出しさせないよ」
心配している隊長を安心させるように伝えた。公務を頑張っているエリシアのための作った、クロネとの交流の時間。この時間で楽しい思いをして、寂しい思いを消すのが目的だ。
「さぁ、行くわよ!」
元気のいいエリシアの声が響いた。
◇
馬車から降りて石畳の道に出ると、朝の陽射しが町を黄金色に照らしていた。
「うわぁ……!」
思わず感嘆の声を漏らしたのはエリシアだ。彼女の目の前に広がるのは、賑やかな市の光景だった。通りの両側には出店が立ち並び、湯気の立ち昇る屋台や、色とりどりの布地を広げた露店が人々の注目を集めている。
「焼きたてのパイだよ! ベリーもたっぷり!」
「香辛料、香辛料! この地から遠い領から届いたばかりの逸品だよ!」
威勢のいい声があちこちから響き渡り、町中に活気を与えていた。パン屋の前では長い行列ができており、香ばしい匂いが風に乗って鼻をくすぐる。隣の果物屋では、異国の果物が山のように積まれ、小さな子どもたちが手を伸ばしていた。
エリシアは目を輝かせながら周囲を見渡し、嬉しそうにクロネの手をぎゅっと握る。
「今日はお祭りか何かなの?」
「いや、これが普通の朝の光景なんだ」
「これが毎朝ってこと!? こんなに賑やかだと疲れちゃわない?」
「いいや。毎日元気が貰える」
クロネの言葉にエリシアは首を傾げた。いつもいる皇宮と様子が違うから、良く分からないらしい。
「こんなに賑やかだとワクワクしない?」
「するわ! なんか、走り回りたい気分よ!」
「流石に走り回るのはダメだけど、色々見て回ろう。何か興味があるものはある?」
「えーっと、えーっと……あ、あそこなんてどう?」
エリシアが指差したのは、小さなテントの下で煌びやかな品々を並べているアクセサリー屋だった。
日差しを受けてカラフルな石のついた髪飾りや、繊細な細工のペンダントがきらきらと輝いている。木箱の上にはリングやイヤーカフが整然と並び、見るからに女の子心をくすぐるものばかりだった。
「ふふっ、エリシア様もあーいうのやっぱり気になるんだ」
「うんっ。いつも見ている物と違って、なんか可愛い!」
「じゃあ、あそこを見ようか」
エリシアはクロネの手を引っ張って、嬉しそうに店先へと駆け寄った。私も後ろからゆっくりとついていき、周囲に目を配る。露店の周囲は比較的すいていて、近くには警備の騎士の姿も見える。これなら大丈夫そうだ。
「いらっしゃい、お嬢さんたち。自由に見ていってね」
店番の女性は、獣人の耳をぴょこんと揺らしながら笑顔で迎えてくれた。この市は獣人が多くて、癒しがいっぱい……。はっ、いけない。しっかりしなくっちゃ!
「わぁ、どれも見たことない! とっても可愛い!」
「皇宮では売られていないものだからな。市井に合うように作られているんだ」
「クロネお姉様、そんな事も知っているの? ふふっ、以前は鍛錬の事ばかりだったのに」
「家から離れて、色々と見て回ることが出来たからな。それが結構楽しかった」
「へー、クロネお姉様も変わったのね」
以前はそんな感じだったんだ。でも、なんとなく想像がつく。
「うー、どれにしよう。悩むなぁ……」
「手伝おうか?」
「ううん! 自分で気に入った物を選びたいの!」
それからエリシアは真剣にアクセサリーを選び始めた。その間、周囲に危険がないか確認する。近くにいた警備の騎士と目が合うと、大丈夫だと頷いてくれた。
なら、アクセサリー選びに集中しよう。せっかくの機会だし、私も何か気に入ったものを――そう思った瞬間、ふと視線の端に留まった一つの小さなアクセサリーがあった。
それはネクタイピンのような形をした、控えめな金具。中央には夜明けの空のような、深い青の石がはめ込まれていた。澄んだ色なのに、どこか静かな力強さを感じさせるその青に、私は思わず手を伸ばしていた。
手のひらに乗せて光に当てると青い石はほんのわずかに輝き、まるで本物の空を封じ込めたみたいだった。
(……これ、クロネに似合うかも)
ふと、そんな考えが胸に浮かんだ。あの人のマントに、きっとこの青はよく映える。戦う姿のクロネはいつも凛としていて、美しくて――でもどこか寂しげな横顔に、この小さな光を添えたら、ほんの少しだけ柔らかく見えるかもしれない。
気づけば、私はクロネの方へと近づいていた。無意識のまま、手の中のアクセサリーをそっと持ち上げて、クロネの胸元にかざしてみる。
やっぱり、ぴったりだ。静かな青が重なり合って、まるで最初から彼女のために作られたみたい。これは、絶対に買いだよね。心から、そう思った。
「決まったわ、これにする!」
「じゃあ、あたしはこれ」
「私も!」
それぞれが欲しい物を決めると、それを店主の女性に渡した。それからクロネが精算を済ませると、エリシアはすぐに自分の髪にアクセサリーを付けた。
「どう、似合う?」
「似合っている」
「うん、可愛いよ」
「本当!? 騎士たちにも見て貰うわ!」
可愛い動物の形をしたアクセサリーを付けてエリシアは嬉しそうに騎士たちに近寄っていった。あんなに無邪気になって可愛いなぁ。
その後姿を微笑ましく見ていると、肩を叩かれた。振り返ると、クロネが先ほどのアクセサリーを差し出している。
「えっ?」
「これ……ユナに似合うと思って」
そう言って差し出してきたのは、白く輝くパールの髪飾りだった。淡い光を放つ小粒の真珠が、花のように円を描いて並び、中央には小さな銀色の葉が添えられている。可憐で、でもどこか芯の強さも感じさせる、そんなデザインだった。
「わっ、可愛い! クロネが選んでくれたの?」
「……うん」
「なら、私も! これ、クロネのマントに付けたら似合うと思って」
「あたしに?」
そう言って、先ほどのピンを差し出す。お互いにアクセサリーを交換すると、それぞれに付けてみる。私は髪に、クロネはマントに。
そのお互いの姿を見て、私たちは笑い合った。
「クロネ、似合ってるよ!」
「そういうユナこそ。……なんか、こういうの友達みたいだな」
「何言っているの。もう友達でしょ!」
私がそう言うと、クロネはほんの一瞬、目を見開いた。けれど、すぐにふっと視線を落とし、マントに付けたアクセサリーを指先でそっとなぞるように触れた。
そして――
「……あぁ!」
その顔を上げたクロネは、これまでに見たことがないほど柔らかな表情をしていた。どこか子どものような、でも心から嬉しそうな――そんな、満面の笑みだった。
まるで心の奥から湧き上がってきたものが、そのまま顔に現れたみたい。飾り気のない、自然な笑顔。
その笑顔に私の胸が温かくなって、私も自然と笑っていた。
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