67.友達
「……クロネ、お姉様」
ベッドでクロネのしっぽを掴みながらエリシアが寝言を言う。その姿はとても可愛らしいもので、先ほどまで強気な態度は消えていた。
「エリシア様、寝ちゃったね」
「あぁ。あんなにはしゃいで疲れたんだろう」
楽しくお風呂を入り、部屋では沢山お喋りをして疲れたのだろう。それに昼間は皇女としての仕事もしていたから、小さな体にはきっと負担だったんに違いない。
「私たちよりも幼いのに、凄くしっかりした皇女様だったね」
「エリシアは凄い。こんなに小さいのに、あたしよりもしっかりしている。だからこそ、支えてあげないといけないんだ」
そう言って、クロネはエリシアの頭を撫でた。その手つきは優しくて、見下ろす横顔は微笑んでいる。本当にエリシアの事を大事に思っているお姉ちゃんの顔をしていた。
だけど、その表情が曇る。
「……でも、今は傍にいてあげられない」
「本当はクロネも傍に居たいんだね」
「……そうだな。だけど、あたしは……」
そして、辛い表情になる。エリシアを思う気持ちはあるけれど、それ以上に自分の目標を達成したい気持ちが強い証拠だ。
きっと、クロネの中で強い葛藤があるのだろう。その結果、自分の目標を選んでしまって、心苦しい気持ちになっている。
「大丈夫。エリシア様も分かっているよ。分かっているから、クロネにずっと傍にいてって言ってないでしょ?」
「……辛い思いをさせている」
「辛い思いだったら、クロネもしているでしょ? お互いに辛い思いをしているから、どっちが悪いってことじゃないよ。だから、そんな顔しないで」
しょぼくれた顔をして、耳がペッタンコになっている。そんなクロネを励まそうと頭を撫でてあげる。すると、クロネの表情が柔らかくなる――が。
「……子供じゃないんだから、頭を撫でるな」
ツンとしてそっぽを向いてしまった。だけどエリシアが握っているしっぽを見ると、しっぽの先が嬉しそうに振れていた。ふふっ、もう正直じゃないなぁ。
触り心地のいい頭から手を離すと、ちょっとだけクロネが残念そうな顔になる。しっぽも急に元気がなくなり、へたっていた。
「クロネって分かりにくいんだが、分かりやすいんだか……」
「それはどういう意味?」
「なんでもないよ。それにしても、今日はクロネの事を沢山知れてよかったよ。それなりに良いところの子なのかなって思っていたけれど、まさか公爵家の息女だとは思わなかった」
今日はとにかく色んな事があって大変だった。クロネの事情が色々見えてきて驚いたし、でも正直に喋ってくれたことが何よりも嬉しかった。
だけど、この話題を出すとクロネから悲しい雰囲気が漂ってきた。
「……驚いた?」
「まぁ、驚いたかな」
「……嫌になった?」
「嫌って、どうしてそんな事を思うの?」
その質問の方が驚いた。クロネが正直に話してくれて嬉しかったのに、クロネはそうじゃなかったってこと?
私の質問にクロネは難しい顔をした。あまり言いたくないような、そんな雰囲気だ。それでも、クロネは口を開いてくれる。
「ルクレシオン公爵家の息女って聞くと、みんな距離を取る。家の影響力が強いせいだろう……今まであたしは避けられてきた」
クロネの実家、ルクレシオン公爵家はこの国にとってとても影響力の強い家みたいだ。それもそうだ、皇帝と公爵が義兄弟だなんて中々ない関係性だ。
その家の息女ともなれば、人々から敬われるような対象になるだろう。だけど、それと同時に権力に恐れられる対象にもなるということ。
「あたしの家の事を知ると……ユナが傍にいてくれないんじゃないかって思って、言えなかった」
「その事を不安に思っていて言い出せなかったの?」
「だって……折角、仲良くなったのに……。仲のいい子は……全然いなかったから……」
俯いて、消え去りそうな声で呟いた。その姿は孤独におびえる、年相応のクロネの姿だ。
家にいた時のクロネの事は知らない。だけど、その様子でどんな状況だったのか想像が出来る。
公爵家の息女として、誰もが一歩引いた態度を取っていたのだろう。敬語を使われ、距離を置かれ、対等な立場で接してくれる人なんて、ほとんどいなかったんじゃないかな。
「……みんなあたしをルクレシオン家の娘として見てた。クロネとして見てくれた人なんて……いなかったんだ」
その言葉に、胸がきゅっと締めつけられた。今のクロネの表情は、いつもの鋭い眼差しも、強気な口調もない。ただの一人の寂しそうな女の子のものだった。
「だけど、何も知らないユナはちゃんとあたしを見てくれた。それが嬉しくて、言えなかった……」
切ないクロネの気持ちが伝わってきた。だから、その気持ちを良いものに変えたかった。
私はそっとクロネの手を取る。びくんと少し肩を震わせたけれど、拒むことはなかった。小さくて、でもどこか力強いその手を、私は両手で包み込むように握る。
「クロネがどんな家の出でも関係ないよ。それを知った今だって、気持ちは変わらないよ。私はクロネの事を友達だって思っている」
「とも、だち?」
「中々恥ずかしくて言えなかったんだけど……私はクロネと友達になりたいな。一緒に冒険して、話して、笑って、怒って……とにかく色んな事をクロネとしたいの! だから、友達になろう!」
握った手に力を込めて、笑顔で訴えた。クロネは目を丸くして驚いて、口を半開きにしている。やっぱり、突拍子もないことを言って困惑させちゃったかな?
そんな風に不安に思っていると――。
「――あたしも」
「ん?」
「あたしもユナと友達になりたい」
しっかりとした声でそう言った。震える手を私の手の中で強く握り返してくれる。
「……でも、怖かったんだ。せっかく出来た友達が、家の名前を知った途端に離れていくのが。今までも、そういうことばっかりだったから……」
言葉の最後はかすれていた。きっと、思い出したくない記憶ばかりなんだろう。でも、そんな過去があったからこそ、今のクロネはこんなにも慎重で優しくて、そして不器用なんだ。
私はもう一度、力強くうなずく。
「私は離れないよ。たとえクロネがどんな立場でも、どんな秘密を持っていても、私たちは友達。これからもずっと、だから安心して」
真っすぐクロネの目を見て訴えると――クロネは満面の笑みを浮かべた。
「うん、友達!」
初めて見たクロネの心からの笑顔は年相応の可愛らしい女の子だった。
「うん。これからも、よろしくね、クロネ!」
「よろしく、ユナ」
心が温かくなり、繋いだ手はお互いの事を離さないように強く繋がれた。
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