66.楽しいお風呂?
「ふふっ、クロネお姉様とのお食事……楽しいわ」
「そうだな」
エリシアとクロネが隣同士に座って、笑顔で食事を取っている。久しぶりの一緒の食事に二人とも楽しい気持ちが溢れていた。
「エリシアの所作は完璧だな。流石は皇女様」
「そういうクロネお姉様は少し所作が緩くなっているわ。家にいないからって、怠けていたらダメよ」
「……参ったな」
姉を窘める妹の図に一緒に食事をしていた子爵夫婦やその子供たちが笑う。こう見ると、本当の姉妹のように見えるから不思議だ。きっとお互いに大事に思っているから、そう見えるのだろう。
その後も楽しい会話と共に美味しい食事を堪能した。きっと、この後も楽しい時間を過ごすんだろうな――と思っていたら。
「さぁ、クロネお姉様! お風呂に入るわよ!」
「エ、エリシアとお風呂……?」
クロネの前で仁王立ちしたエリシアはとても気合が入っており、有無を言わさない様子だ。それにはクロネもタジタジで、顔が引きつっている。
「クロネお姉様はお風呂を好まないのは知っているけれど、ちゃんと洗わないと汚いよ」
「いや、今は……その、ユナの魔法で綺麗にしているから別に汚くない」
「魔法で綺麗に? それはそれ、これはこれ! さぁ、お風呂に入って綺麗にするわよ!」
エリシアは力強くクロネの手を握って引っ張った。その力に抗えないクロネは私に手を伸ばし、手を掴んでくる。
「た、助け……」
「お風呂なんていつも入っているでしょ? 大丈夫だよ」
「ち、違っ……エリシアは強引なんだ。だから、ユナ助けて」
「助けてって……。どうすればいいの?」
「一緒に入ってくれ」
えっ、私も?
◇
「……」
「さぁ、クロネお姉様! 綺麗にするわよ!」
「うぅ……」
先に体を洗って湯舟に浸かった私。その私の前で仁王立ちのエリシアがクロネの前に立っている。クロネは体を縮こませていて、とても怯えているように見える。
一体、どんなことになるのか……。不安半分、期待半分で待っていると――。
「それ!」
「ニャーーーッ!」
シャワーを出力を最大にしていきなりクロネの体にぶっかけた。その拍子にクロネは高くジャンプして、そのシャワーから逃れる。
「いきなり冷水をかけるのはやめろ!」
「だって、言ったらクロネお姉様は逃げちゃうじゃない! こういうのはガーッとやった方が良いのよ!」
「無理やりは――ブッ!」
エリシアは容赦なく喋っているクロネの顔面にシャワーを噴射した。クロネが言った通り、ちょっとやり方が強引だ。でも、そうでもしないとクロネは逃げてしまうから、気持ちも分からんでもない。
「勢いよくかけてくるのはやめてくれ!」
「クロネお姉様が逃げるのが悪いのよ!」
「に、逃げない……逃げないから!」
シャワーから逃げようとするクロネとシャワーを当てようとする。この調子だと、いつまで経ってもお風呂から出られない気がする。ここは助け舟を出しますか。
「エリシア様、それだとクロネが逃げちゃうよ」
「でも、こうでもしないとクロネお姉様は逃げちゃうし……」
「クロネも優しくしてくれれば逃げないよね?」
「そ、それは……」
「逃げないよね?」
「……はい」
にっこりと笑ってもう一度訊ねると、クロネは観念したように頷いた。耳がペッタンコになって、しっぽが項垂れている。その姿にきゅんとしながら、まずはクロネを大人しく椅子に座らせた。
「ほら、これだと洗えるよ」
「嘘、クロネお姉様が大人しく……。あなた、どんな魔法を使ったの?」
「ちゃんとすれば大丈夫だってこと。だから、出来るだけ優しくしてね」
椅子に座りながら、覚悟を決めてしょぼくれているクロネ。この様子だったら、大人しく洗われてくれるだろう。
「クロネお姉様、洗うわよ」
クロネが大人しくなった様子を見て、エリシアも落ち着くことが出来たみたい。手にシャンプーを付けると、クロネの髪を洗い始めた。
「ふふっ、クロネお姉様がこんなに大人しくしてくれるのは助かるわ。今日は隅々まで綺麗にしてあげるわ!」
「そ、そこまでしなくても……。普通でいい」
そう言いながらも、クロネは抵抗もせず、椅子に座ったままエリシアに身を任せている。その姿に思わず、私はくすりと笑ってしまった。
「な、何がおかしい?」
「ううん、なんだか可愛いなって思って」
「……可愛いは余計」
クロネの耳がぴくりと動いた。恥ずかしそうに視線を逸らしながら言い返してきた。
「こんなに大人しくなるクロネお姉様はとっても可愛らしいわ。一緒にお風呂に入る時は戦争だったから、新鮮だわ」
「そんなにクロネは激しかったんだ」
「みんなが強引に洗いに来るんだ。だから、逃げたくもなる」
なんとなく想像がついて、笑ってしまう。洗われるクロネも大変だけど、洗う方も大変だ。
「でも、どうして今はこんなに大人しく出来るのかしら? もしかして、少しは慣れたの?」
「……まぁ、それもある」
「クロネお姉様がお風呂に慣れた!? 一体、何があったの!?」
嬉しそうにクロネの頭を洗っていたエリシアがその言葉に驚いた。すると、クロネがチラッとこちらを見る。
「ユナが……」
「えっ、私?」
「優しくしてくれたから。だから、少し……慣れた」
その言葉に自然と胸の奥が温かくなった。お風呂嫌いのクロネを嫌な思いをさせないように、と出来るだけ優しくした。そのお陰で慣れたと聞けば、嬉しくもなる。
「えへへ、そっかー。私のお陰かー」
私のお陰で苦手を克服されつつあると聞いて、顔がにやけて仕方がない。なんか、冷たい猫が懐いたような感覚に堪らない気持ちになる。
もしかしたら、楽しくお風呂に入れる日も遠くないかも? その日がとても待ち遠しい。
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