61.リーネラ子爵領
「B、Bランクの冒険者のタグ、だとっ」
「ほ、本物か?」
門番に冒険者のタグを見せると、私たちの顔と冒険者タグを見比べてとても驚いているようだ。それもそうだ、十歳の子供がBランクの冒険者のタグを持っているんだから。
「……疑うなら、証明するか?」
「い、いや……すまんな。ちょっと、驚いただけだ」
「気を悪くしたら、すまん。問題ない、通ってもよし」
「……そう?」
どうやら、普通に町に入れるみたいだ。とにかく、何事もなくてよかった。私たちはそのまま門を潜り、町の中に入っていく。
町に入ると、賑やかな様子が目に入ってきた。
石畳の道の両側には店が並び、色とりどりの布を張った屋台が連なっている。焼きたてのパンの香ばしい匂い、スパイスの効いた煮込み料理の湯気が立ち上り、人々の活気とともに町全体が生きているように感じた。
「なんだか、ずいぶんにぎやかだね」
「……今日は市か何かか?」
クロネが鼻をひくひくさせながら、屋台を一つずつ見ている。普段クールな彼女が、ちょっとだけ楽しそうにしているのが目に見えて分かった。
果物を並べた露店では、赤く熟したリンゴや、異国風の紫色の果実が山のように積まれていた。道ばたの大道芸人が火の玉を操るたびに、子どもたちが歓声を上げている。
とても楽しい光景に心が躍る。こんな町は初めてで、色んな所に目移りしてしまう。そんな時に、露店の商店の前に獣人を見かけた。
身長は私たちより小さくて、獣タイプの獣人だ。
「ねえクロネ、あれ見て。あの獣タイプの猫の獣人がいる!」
「ほんとだ……。小さいからぬいぐるみかと思った」
「生きてるよ。しっぽ、ちゃんと動いてる」
帽子をかぶった猫は、どうやら商人のマスコットらしく、首元に値札を下げてちょこんと立っていた。その可愛らしい風貌に思わず近づいてしまう。
「ニャー、いらっしゃい!」
すると、満面の笑みで迎い入れてくれた。か、可愛い! 普通の猫が二本足で立って、喋っているだけなのに、どうしてこんなに可愛いの!
「おじさんのお店は冷たいアイスを売っているニャ! とっても、とっても美味しいんだニャ!」
精一杯紹介をするその様子も可愛くて……! 語尾にニャがつくのはデフォなの!? 獣タイプの獣人のデフォの属性なの!?
「味はミルクとフルーツがあるニャ。ミルクはまろやかな甘味があって美味しいし、フルーツはさわやかな感じで色んなフルーツが入っているからお得感があるニャ」
「買う! だから、手に触ってもいい?」
「ニャ? お客さん、獣人のもふもふが好きなのかニャ?」
「うん、好きー!」
「私ももふもふされるのが好きニャ! 買ってくれるなら、いくらでももふもふしてってにゃ!」
わー、いくらでももふもふ!? 差し出された手を恐る恐る掴むと、その毛の感触を楽しむ。撫でたり、押したり、やっぱり撫でたり。この毛の感触……堪らない!
その時、鋭い視線を感じた。
「……ユナはそういうのがいいのか?」
「はっ! いや、これは決して浮気じゃなくて!」
「ふーん、散々あたしをもふもふしていたのに……そっちの方が」
ジト目でクロネに見つめられると、心が痛い! だって、そこにもふもふがあるんだから、触りたくなるのが自然なんだよ!
「もう、触らないのかニャ?」
「ふーん」
目の前で可愛らしく首を傾げる子とジト目で見てくるクロネ。この状況……辛い! こういう時は――!
「おじさん! アイスを二本!」
◇
「わー、美味しそうなアイスだね」
「……なんか、ごまかされているような」
「き、気のせいだよ! さっ、食べてみよう」
近くにあったベンチに腰かけると、買ったばかりのアイスを食べる。
ミルク味のアイスは、濃厚だけどさっぱりしていて、口の中にやさしい甘さが広がっていく。クロネのほうはフルーツ味。いちごやオレンジの果肉が入っていて、見た目もカラフルでおいしそうだった。
「んー、やっぱりミルク味にして正解だったなぁ」
とろけるような甘さにうっとりしていると、隣から視線を感じた。やっぱり、まださっきの事を気にしている? そう思ってチラッと見ると、私のアイスを見ていた。
「……もしかして、食べたい?」
「いや……別に……」
いやいや、とても欲しそうに見てたでしょ。時々、素直にならないのは一体なぜなのか? ここは、私が一肌脱ぎますか!
「クロネのフルーツのアイス、美味しそうだね。そっちも食べたくなっちゃった。お互いに交換しない?」
「交換? ま、まぁ……それなら」
「やった! ありがとう!」
お互いのアイスを交換した。受け取ったアイスに齧りつくと、先ほどとはちがうさわやかな味が口いっぱいに広がる。
「こっちも美味しい! クロネはそっちのアイスはどう?」
「ん、美味しい」
そう言って、クロネはちょっとだけ顔をほころばせた。表情の起伏が弱い彼女が、こうして自然に笑ってくれると、なんだか胸がきゅんとする。
さっきまでジト目で怒ってたくせに、アイス一つで機嫌が直るなんて、ちょっと可愛いじゃないか……なんて思ってたら、今度はじっと私を見つめ返してきた。
「な、なに?」
「……ユナと食べると、何でもちょっと美味しく感じる。不思議だな」
「そ、そう?」
その言葉に心の奥がぽかぽかして、アイスの冷たさなんてすっかり忘れてしまいそうになる。
「私も、クロネと一緒だと楽しいよ。さっきは、ちょっと浮気っぽく見えたかもしれないけど、あれは違うからね?」
「ふっ……許す。今日だけ、特別に」
クロネはそう言って、小さくアイスを舐める。その仕草が妙に可愛らしくて、私は思わず笑ってしまった。
ベンチの横では、通り過ぎる人々の賑やかな声が響いている。空にはふわふわと雲が流れ、暖かい日差しが私たちを包み込む。
町の喧騒の中で、アイスを食べるたった二人の時間はとても楽しい。
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