58.クロネの勝ちたい相手
扉が開く音が聞こえて、意識が浮上した。眠たい目を開けて扉の方を見て見ると、扉が閉じていた。誰かが入ってきた訳じゃなさそうだ。
じゃあ、誰かが部屋から出て行った? そう思って、隣のベッドを見て見ると、いるはずのクロネがいなかった。
もしかして、トイレに行ったとか? だったら、いずれ戻って来るだろう。私は気にせずに目を閉じて寝ようとした。
意識が遠のいていくのを感じながら、ふと思ってしまう。クロネが戻って来るのが遅い。トイレだったらすぐに戻ってくるはずだ。
重たい体を起こし、もう一度ベッドを見る。やはり、クロネはいない。その代わりにパジャマがベッドに置きっぱなしになっていて、双剣が消えている。
それに準備していた、朝に着る服が消えていた。もしかして、着替えてどこかに行った?
気になってベッドから這い出てみる。カーテンを開けて外を見て見ると、空が白み始めていた。
クロネはこんな早朝にどこに行ったんだろう? そう思って、窓を開けて外を見て見る。すると、クロネの姿を見つけることが出来た。
クロネは屋敷の外で双剣を振るっているみたいだ。こんな早朝に鍛錬? いつもはそんな事をしなかったのに、一体どういう風の吹き回しなんだろう。
クロネは真剣に双剣を振っていて、その動きは本当の戦闘をしているように激しい。時折、フッと姿を消して、本気の技を繰り出してきた。
その姿を見ていたら、なんだか目が覚めてしまった。このまま、寝ることは出来ないから、クロネに付き合うことにしよう。
私は服に着替えて、部屋を出て行った。
◇
屋敷の玄関から外に出てみると、クロネの荒い息遣いが聞こえてきた。
「はぁっ! やぁっ! ふっ!」
身軽な身のこなしで双剣を振るい、止まることなく動き続けている。その姿は鬼気迫るものがあって、見ているこっちが緊張してきた。
黙って見ていると、クロネと目が合う。すると、双剣の動きは止まった。
「はぁっ、ユナ? どうした?」
「クロネがいなくなったから、気になってきてみたの」
「起こして悪かった」
「ううん、いいんだよ。でも、急にどうしたの? 早朝に鍛錬だなんて」
「うっ……それは……」
気になったことを訪ねると、気まずそうに目を逸らした。しばらく無言が続くが、クロネが意を決して口を開く。
「ワイバーンの戦いの時に……全然役に立たなかっただろう? それが、悔しくて……」
そういえば、ワイバーンは全部私が倒しちゃった。クロネの活躍する場を奪っちゃったんだ。
「ご、ごめんね! 一人で全部倒しちゃって!」
「いや、ユナは悪くない。逆にあたしの力が足りなかったから、ユナにばかり苦労をさせた」
「全然苦労じゃないよ! 私こそ、クロネの修行の場を取っちゃったみたいで、ごめんなさい!」
「修行ならいつでも出来るから気にしなくてもいい」
「全然良くない!」
戦闘で得られる経験値は高いはず、それを私が根こそぎ奪ってしまった形になる。
苦戦する相手こそ、戦って倒して経験値を稼ぐ絶好の機会だ。そのクロネの機会を私が奪ってしまったのだ。考え無しに全てを倒して、とても悪い気がした。
頑なに自分が悪いと主張すると、クロネは驚いた後にフッと笑う。
「あたしのこと考えてくれてありがとう」
「今度から、ちゃんとクロネの出番を作るからね」
「それはそれで悔しいな。どっちかというと、ユナの出番をあたしが奪うようになるまで強くならなくちゃ」
「クロネなら私よりも強くなれるよ!」
「ユナは強いからなぁ……」
私なんてまだまだ強くないよ! そう思っているのだが、あんまり謙遜すると嫌味に聞こえてしまうから言わないでおく。
「クロネだったら目標の最強の強さを手に入れられるよ。そして、勝ちたい相手にも勝てる」
「ユナが言うとそう思えてきた」
「勝ちたい相手ってどれだけ強いの?」
「……この国で一番強かった父上を倒したくらいには強い」
「クロネのお父さんってこの国で一番強かったの!?」
「あぁ、強い。誰よりも強くて、どんな時でも冷静で、仲間を守ることを最優先にしていた。あんなに強いのに、威張ることなんて一度もなくて……。剣を握る手は厳しくても、いつもあたしには優しかった。そんな父上の背中が、あたしの中ではずっと憧れで、目標で、尊敬の象徴なんだ」
お父さんの事を語るクロネの目は年相応の輝きを見せていた。それだけ、お父さんの事を尊敬しているんだって感じた。
「もしかして、クロネの勝ちたい相手ってお父さんを負かせた人?」
「……良く気づいたな。そうだ、父上に勝った人に勝ちたいんだ。そして――」
何か言おうとすると、クロネが口ごもって俯いてしまう。
「いや、これは……」
「教えてくれないの?」
「……ごめん、あんまり話したくない」
クロネはまだ自分の事を話してくれない。それについてはショックなんだけど、でも今日は少し話してくれた。だから、それで十分だ。
「いいよ。気にしてない」
「……ありがとう」
「そうだ! 鍛錬の続きしよう? 次は私が協力するから」
「それは、嬉しい!」
私が鍛錬に参加することを伝えると、クロネの目が一気に輝き出した。うんうん、クロネはそんな風に元気なのが一番。
私たちは距離を取ると、鍛錬の続きをした。清々しい朝の空気に包まれて、クロネの声が響き渡った。
クロネのこと、知るのは先の事になると思っていた。だけど、思わぬ人の登場でクロネの事情を知ることになる。そして、国の事も……。
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